メタバースへの注目は過去最大に高まっている。さまざまな企業がメタバース、そしてVRのビジネスへの活用進めているだけでなく、個人の楽しみ方もこれまで以上に広がった。しかし、現在注目されているメタバースやVRの活用の大半は、健常者に向けたものと感じられる。
没入感の高いVRは、脳に働きかけて体験者の行動を変えることも可能だ。障がい者のアクセシビリティ(利用しやすさ)を考える際、移動やモノを扱うときに物理的な障壁が生じることは多くの人が想像できるだろう。その一方、気づかれにくいのがデジタル世界へのアクセシビリティである。イギリスでは、障がい者以外の人々のインターネット利用率が75%であるのに対し、障がい者コミュニティでは41%にとどまるとされている。
リモートでの働き方やオンラインイベントなど、テクノロジーの発展は、我々の生活に選択肢を増やし続けているが、VRは身体障がいを持つ方の生活にどのように活用されるだろうか?そこで今回は、筆者自身も肢体不自由の身体障がい者へのVR活用方法のリサーチに関わった経験から、「障がい者×VR」について触れていく。
VRをはじめとしたテクノロジーの発展によって、我々の生活はより便利になった。近年はダイバーシティやインクルーシブといったことも注目を浴びており、身体に不自由のある方の抱える課題も、技術によって解決されてきているだろう。
しかし、意外とデジタル世界に対するインクルーシブデザインやアクセシビリティは忘れられがちである。脚を失った人が義足を使って歩いたりすることは容易に想像つくだろうが、指を思うように動かせない人が、スマートフォンやリモコン、エレベーターのボタンを押すことに苦労することまでは、なかなか想像がつかない。結果として、障がい者コミュニティはすでにインターネット時代に取り残されている。
もちろん、障がい者コミュニティが無視されているわけではない。目の動きだけでPCを動かすことができる視線入力装置(アイトラッカー)の性能は向上しているほか、スマートフォンでもアプリの起動やテキストの編集などを音声だけできる機能も搭載されている。
メタバースでは、障がいを持っているユーザーは少なくない。VRやメタバースでよく遊んでいる障がい者の筆者の知人は、VRを使えば障がいを持っていることがバレないから差別が発生しないし、声が出せなくても手を動かすことができるなら、手話でのコミュニケーションもできると語っていた。また、吹き出しで文字を表示して会話することで、現実での日常会話よりも楽にコミュニケーションを図ることもできる。
一方で、課題として考えられることとして、デジタル世界のインターフェースが変化していくことにある。これまでは画面を使ったコンピューターとのやりとりが主流となっているものの、いまやテック業界は、VRやARといった「空間」でコンピューターとやりとりするインターフェイスへと歩みを進めている。
VRでは、物理的移動が困難な方でも、バーチャル空間であれば五体満足の状態のように自由に動くことができるのでは、と短絡的に考えてしまいがちだ。しかし、ジェスチャーのような「空間」をインターフェースとしたやり取りにおいて、腕や指を自由に動かせない人にとっては、かえって障壁となってしまう。さらに、VRヘッドセットは視覚優位の技術であるため、目が不自由な方はまず使いこなすことが厳しいものとなっている。
以前筆者が投稿した記事「メタバース教育は学習の常識を変えるのか~教育におけるVR活用の可能性と未来」でVRに求められるアクセシビリティについて触れているが、VRには性別による差があり、男性に比べて女性の方がVR利用の障壁が高いことが明らかになっている。一見、あらゆる可能性を広げているように見えるメタバースやVRだが、その恩恵を受けている人は一部の人たちという認識を忘れてはいけない。
そういった点から、筆者自身も「VRは障がい者にどう活用できるのか」という疑問を持っていた。そのため今回、VRヘッドセットを活用して肢体不自由の方に新たな娯楽を提案することが出来るのではないか、という仮説を持っていた情報経営イノベーション専門職大学の学生である秋山悠さんと筆者の齊藤大将は、「肢体不自由の身体障がい者のための娯楽に関するVR活用方法の模索」を進めた。
当リサーチでは、まず肢体不自由の方がVRヘッドセットを活用する際に適した「姿勢」と「コンテンツ」の二つの観点から、肢体不自由の対象者がVRヘッドセットを使用してVRのコンテンツを楽しむ補助と、その観察を行った。
寝たきりの方にご協力いただき、(1)体育座りに近い姿勢で抱きかかえられた状態、(2)車椅子に座った状態、(3)仰向けになった状態の3パターンで、肢体不自由の方にVRを体験していただいた。
まず「姿勢」について触れると、肢体不自由の方による車椅子や仰向けの状態でのVRヘッドセットの使用は、首が固定されてしまうので、補助者が対象者の首を動かしてあげることができない。観察の結果、当リサーチの肢体不自由の対象者がVRヘッドセットを使用する際に適した姿勢は画像のように、「体育座りに近い姿勢で抱きかかえられた状態」と考えられる。
次に適した「コンテンツ」についてだが、「コンテンツを作る側から想定されている遊び方ができるかどうか」が、重要になると考えた。その場合、これは「風景・観光系」のコンテンツが、適していると考えられる。アクション系だと、視線の高さや向き、動くスピードに対応できないため、十分に楽しむことが難しい。また、コミュニケーション系だと、今回対象の対象者が話すことができないためで、判断ができなかった。
対象者の課題のみならず、補助者の課題も浮き彫りになった。たとえば、VRヘッドセットが対象の障がい者にとって重くないか、酔ってしまっていないだろうか、などの前提が測れていないため、そこも注目していく必要がある。声を発することができれば、補助者も気がつきやすいが、そうでない場合、VRヘッドセットで顔が隠れてしまい、対象者の表情での判断がしにくい。さらに、身体に障がいがあるなかで生活をしている場合、首の筋力が劣っていることもあるため、長時間VRヘッドセットを支えることがストレスになりうる。
当リサーチを通して「姿勢」と「コンテンツ」以外にも、肢体不自由の方がVRヘッドセットを使用する際に直面する問題が浮き彫りになったため、今後はVRヘッドセット使用者の酔いの測定方法や、アイトラッキングでの操作の実装、既存のVRヘッドセットの問題点等の詳細なリサーチを行っていくことを考えている。
今後、ジェスチャーやアイトラッキング、表情などのを認識するための技術に、広く人工知能(AI)が使われていくことだろう。AIは大量のデータを読み込み、そのなかのパターンを見つけ出す「機械学習」という手法によって性能を向上させていく場合が多い。しかし、そのデータの多くは、障がい者は対象でないことがほとんどだと思われる。AIには大規模なデータセットが必要だが、そこで見つけられるパターンや特徴量は、障がいの少ない人々に偏ったデータセットになることが考えられる。
障がい者がもつ障がいの程度は一人ひとり異なっている。例えば視覚障害者と一概に言っても、視界が限られている人や、全盲の人、全盲でも光は感知できる人など多岐にわたる。それゆえ、各個人に合わせた認識システムを作っていくことは難しいというのも、現実としてある。
VRが障がい者の医療・リハビリや、自閉症の方に役立っていることは喜ばしいことだ。このような技術や知見の発展によって、これまで解決が難しいとされていた課題に光が差し込んだり、課題が一般的にも知られるようになってきた。しかし、それに伴って新たな課題が浮上していることも事実である。現在のVRはインターフェースとして、まだまだ障がい者には向いてないように思える。多種多様な人々が共生している時代だからこそ、相互理解が不可欠であり、そこから技術の使い方ももっと考えていく必要があるのではないだろうか。
齊藤大将
Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/】
エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。
Twitter @T_I_SHOW
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