企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、伊藤忠テクノソリューションズ(略称:CTC)の三塚明さんとの対談の様子をお届けします。
後編では、地域系の社会課題を解決するにあたって避けて通れない自治体向けビジネスの難しさについて、自らの経験談を踏まえてお話しいただきました。
角氏:お話しいただいた地方型MaaS事業のストーリーの中で、最初にどうやって想定人数を決めているかが気になりますね。
三塚氏:詳しくは言えませんが、基本的には統計情報をベースに、住民へのアンケートを組み合わせて算出しています。
角氏:なるほど。事業の入り口としては、最初から自治体自身が移動に対して困っていて、そこの解決のためにCTCさん一緒に取り組みましょうという意識があって、すんなり話が進んでいくという流れですか?
三塚氏:温度差はありますね。自治体職員がよく見るウェブサイトにコンテンツを載せていて、「こんなシミュレーションができます」と紹介すると、結構引き合いが来るんです。「こういうデータを頂ければ分析します。そこまではただでやります」と。その中で納得する結果として受け取ってくれれば、次のステップに進みます。われわれ側からあまり強くプッシュはしていなくて、割といまはいい循環になっています。
角氏:自治体職員は、プッシュ型の営業をされた時にどうしたらいいかわからなくなるんですよね。でもプル型で情報を載せておくと、問い合わせしてみたら?と上司が言ってくれたりする。
三塚氏:それは確かにあります。同じ県内からやたら問い合わせが来るので理由を尋ねたら、「県から聞いた」と。
角氏:自治体営業のコツは、誰かに言わせること。すると、問い合わせをする理由ができるんです。特定企業の利益になるという構造に自分が加担しているように思ってしまうので、理由がないと動けないんですね。それでいまはいい形になっていると。
三塚氏:自治体向けサイトから川崎市の事例を載せたメルマガを出したら、かなりの数の引き合いが来ました。仰る通り、自治体にはなかなか話を聞いてもらえないんですよね。営業経由でいったり、CTCのトップや地元の議員から話を持ち掛けたりもしましたが、なかなかうまくいかない。それで自治体系を中心としたマッチングイベントを企画したり、ワークショップに参加したりと色々試してみたなかで、いまの形に行き着きました。
角氏:失敗を重ねたというか、成功するまでの試行錯誤の1つが当たったということですね。
三塚氏:もともと製品主管をやっていたという話をしましたが、その時にマーケティング活動を色々やっていて鍛えらました。
角氏:海外から持ってきた製品をローカライズして売る時には、海外で通用した手法が日本でうまくいくとは限らないので、どんな売り方をしようかと考えますよね。MaaSのプラットフォームを日本の自治体に販売するにあたっても、日本にこんなユーザーはいないというケースもありますよね?
三塚氏:ええ。日本の場合、地方といっても、駅までの距離1つを取っても海外とは遠さの規模が全く違いますし、考え方も全く異なります。ただ住民としては便利になることを望んでいて、その中でわれわれは全体最適を目指していくということになります。
角氏:その中で自治体の要望とはどのようなものでしょうか?
三塚氏:3つほどあって、最も多いのは、「コミュニティバスを走らせるより安くなりますよね」というものです。
角氏:そうでしょうね(笑)
三塚氏:2つめが、バスの運転手不足への対応です。バス会社としても、ドライバーを配置するのであれば、赤字補填でトントンになる路線バスよりも黒字になる観光バスや高速バスに行きたい訳です。なので、赤字を補填するといってもドライバーがいないと言われてしまうから、何とかしたいと。3つめは、純粋に利便性を上げたいというものです。そうしないと人口の流出が止まらない。ここが最もわれわれに近い考えです。
そのため地域でオンデマンド交通をやろうとしても、中身は変わってきます。そこでわれわれとしては、まずは経験値が必要になるし、やってみることで得られるものもあるので、自治体の意見を汲みつつ、ある程度こちらも主張をした積み上げの結果、ビジネスの形が出来上がりつつある状況です。
角氏:行政にはお金がないですからね。だからといって、それを理由に値切るという発想のままではうまくいかなくなる。本来の趣旨は、便利になって住民に快適に過ごしてもらうことで、人口を増やしていくことですから。
三塚氏:その観点で、収益化できる事業モデルは何かをいま色々と考えているんです。いままでわれわれのスマートタウンチームでは、住民の利便性を上げ、不便を解決しようとする動きをしていますが、それを実現するためにはどうしても自治体に「お金を使って下さい」という形になってしまいます。そこで財源はどうするのか。単純に収益を上げる事業はなかなかできない中で、何とか自治体の財源になるような、あるいはお金を出しやすいようなモデルを考えているところです。
角氏:冒頭で、MaaSは移動体験が全てという話がありましたが、移動体験が増えればお金を出す機会も増えて、地域経済が回りやすくなる筈です。それをセットで考えて、街全体を巻き込んで経済圏を作っていく形だと説明しやすいと思います。
三塚氏:理想は、あくまで不の解消です。ただ地域を抱える課題を解決するにあたって、事業として継続性を考えるとある程度ボリュームがないと難しい。ボリュームを上げるためには、お金を取ってくる方法も考えなければなりません。そこは、過去の失敗体験に関連しているんです。
角氏:どのような体験だったのか、ぜひ伺いたいですね。
三塚氏:私はMaaSに取り組む以前、ITを活用した介護領域向けの新規事業に挑戦していたんです。訪問介護業は小規模事業者が多くて、現場でケアをするヘルパーさんの多くは1件いくらという契約形態で動いています。移動が多いために1日4件しか回れず、人不足の状況が続いていたのですが、調べてみたらエリア内を行ったり来たりしていたんですね。そこでAIを使い、被介護者ごとの介護・医療行為に求められる条件等を踏まえて人員を配置し、移動を最適化することで1日の訪問を4件から5件に増やせる仕組みを開発しました。
角氏:三塚さんご自身が開発された?
三塚氏:そうです。その結果、拘束時間は一緒でもヘルパーさんの給料も上がるし、いままで介護を受けたくても受けられなかった人から見ても、介護従事者が増える形になる。それで実証実験もやって、ある程度うまくいったんです。でも、お金がどうしても合わない。1700の自治体や小規模な事業者に話をするための営業費用が賄えないため、事業として成り立たなかったんです。結局、介護保険の金額は決まっていて、事業者はその中の何%かしか払えないわけです。仕方がないのですが、それだとわれわれがペイできない。社会課題を解決するだけでなく、売るためにどうするかという問題を解決しないことには、継続的にサービスは提供できないということを実感させられました。
角氏:いまの話はとても考えさせられますね。デジタルを活用することによって、人手がかからなくなり時間がカットできる。でもそれを評価する仕組みがいまのところない。社会課題を解決でき、ヘルパーさんの回転率や収入をアップさせられる事業モデルを作れたのに、営業活動のコストが合わないので売れないという。だいぶ無念でしょう。
三塚氏:ただ完全に諦めているのではなくて、一旦棚上げしている状態です。いまはMaaSの他にメタバース領域でも自治体とのパスができてきたので、われわれが考えていることを伝えやすくなりつつあります。介護をはじめとする社会的な課題は、国が方針を考えて民間が課題解決をしようとしますが、やはり基礎自治体が足腰となります。足腰である自治体に対して、困りごとである地域課題を一緒に解決できる取り組みをこれからも続けていきたいですね。
角氏:内部的には、それをSI企業としてどう事業化していくかという問題もあるんじゃないですか?大企業の一員として、社内でうまく流れるためのストーリー作りも必要かと。
三塚氏:良くも悪くもそれだけに邁進していればいいベンチャーとは違って、「これをやることでSIにもつながりました」などと、既存事業への循環も考えながらやっていかなければならないですね。ここは多分、大企業の中で新規事業創出をしている人たちは同じような悩みがあると思います。やりやすい面とやりにくい面があって、そのやりにくい面を解決すると、逆にブレークスルーになるのだと前向きに考えて取り組んでいます。
角氏:三塚さんは民間の方とは思えないくらい社会福祉系に取り組まれていて、珍しい存在ですね。
三塚氏:なので、もっと儲ける仕組みを考えろと言われます(笑)。でも介護の仕組みは、実はMaaSにつながっていて、オンデマンド交通のルート最適化に流用できるんですよ。今後、例えば女性が乗っている時には女性しか乗り合いさせないなどの条件設定を入れていく際にも役立ちますし。基本的に延長線上にあるのです。
角氏:障碍者支援、ホームヘルパーの派遣も、三塚さんのAIエンジンが役立ちそうな領域だと思います。
三塚氏:なるほど。福祉系からは少し遠ざかっていますが、MaaSを成功させて再挑戦する折にはぜひご一緒して下さい!
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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