仮想現実(VR)用のヘッドセットを装着して仮想世界に入っていくと、奇妙なことが起こる。孤独を感じるのだ。どんな仮想空間に転がり込んでも、繰り返し同じ現象が起こることには気づいていた。無限のつながり方があるといううたい文句にもかかわらず、断絶を感じるという皮肉を筆者ももれなく感じている。
だが、それも最近になって変わった。
「AltspaceVR」で作られた、何もない仮想の部屋。その中に、他の2人の演者と、そしてJeff Wirth氏と一緒に立ちながら、筆者は高揚を感じていた。Wirth氏は、観客参加型の演技を専門とするInteractive PlayLabのディレクターであり、筆者のVRコーチでもある。われわれは寄り添って立ち、アバターの視線が動くタイミングに意識を向けていた。視線はオートで動く。Microsoftが作り上げた仮想世界の中で、アイトラッキングを用いずにアイコンタクトができるよう生み出された動作だ。われわれは、頭を動かし、この目の動作を引き起こすこと、そして、もっと意図的に存在感を作り出すことを学んだ。Wirth氏から、話をするときには両手を動かした方がいい、という指導も受けた。もっと生き生きと両手を動かした方が、アバターの表情が豊かになるのだ。ある意味では、自分自身をもっと人間らしく表現するための演技を習得したというところだ。
こうして短い時間つながっているだけでも、メタバースの未来に希望が見えてくる。われわれが滞在し、金銭を消費し、デジタルライフを送ることになるとテクノロジー大手各社が賭けている仮想世界の1つの層、それがメタバースだ。メタバースは、ソーシャルな遊び場となり、人と出会い、友人を作る、魔法のような出入口になるとうたわれている。しかしそれが実現した場合、メタバースアプリは、コミュニティーと疎外のどちらも生み出し得る。いつ、そのどちらになるかは、ほとんどの場合、不透明だ。かなりのVR体験を積んできた筆者にさえ、メタバースが快適なときもあれば、そうでないときもある。
仮想空間と現実の空間の2つの世界の間に存在する社会を、もっと深い形で築こうとするなら、これらのツールをよりうまく制御し、こうした仮想空間における規範を理解しなければならない。AppleやGoogleのような企業がメタバースに参入すればこれらは実現するだろうが、メタバースの覇権が始まっても、大きな疑問は残る。マンガのようなアバターが使われることの多いこうした仮想空間は、実社会の延長なのだろうか、それとも独自の空間なのだろうか。
この問いに答え、そうした仮想世界での適切なふるまいを見つけ出すことは、極めて重要だ。VRにおけるハラスメントや有害な行動は既に現実の問題となっているし、仮想世界のアプリで子どもが不特定多数の大人と交流するのを防ぐ適切な安全対策の欠如も課題になっている。
VRは、立ち上がりこそ遅かったものの、これほど多くの企業がメタバースに投資している以上、今後は勢いがつきそうだ。Metaは、ヘッドセット「Meta Quest 2」を既に1000万台前後販売していると推定され、ブラウザー、スマートフォン、PC、および家庭用ゲーム機に対応したメタバースは、受け入れ先をさらに増やそうとしている。こうしたプラットフォームが大量に採用されるということは、ソーシャルメディアがいまだに解決できないでいる課題に取り組むことを意味する。しかも、仮想空間で加わる広がりを考えれば、サブツイート(@を付けずに特定の人物について言及するツイート)やコメントよりもはるかに大きく影響が及ぶだろう。
筆者は、VR演技指導クラスのおかげで今後の展開に信頼を置いている。筆者の考えは以下の通りだ。テキストや絵文字を使った妙な仲介を経ずにもっとつながることができれば、その方が望ましい。ある意味、電話と同じようなもので、ソーシャルメディアのフィードよりもVRでのやり取りの方がリアルに感じられる。ただしそれは、全員が意識を合わせてお互いを信頼できればという条件付きだ。人に対する信頼が今まで以上に薄れているように思える世界では、口で言うほどやさしいことではない。
未来のことに楽観的な人物は、少なくとももう1人はいる。
「もっとつながりを感じられるようになれば、お互いがより良い接し方をするようになる」。Wirth氏はそう話している。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」