ビジネスSNSの「Wantedly」が10周年を迎えた。2017年のIPOを経て、ユーザー数は300万人、利用企業は4万社を超え、直近2年でマザーズ上場企業の約半数が、採用活動においてWantedlyを活用しているという。運営を行うウォンテッドリー代表取締役の仲暁子氏に、この10年の振り返りと今後の展望について聞いた。
マンションの一室でWantedlyを立ち上げたときは、20代だったという仲氏。その時から、10年間歩み続けた今も、変わらないスタンスがあるという。「ユーザーファーストであること」だ。
「仕事というもの自体を、すごく辛いけれど頑張るみたいなものでなく、面白いからのめり込めるもの、夢中になれるものとして捉え直し、その結果としてよりポジティブになれて、経済力や社会的影響力も増えてくる、そんなユーザー体験を提供したい、世の中を変えていくと信じてやってきました」(仲氏)。
この10年間を振り返ると、ウォンテッドリーの業績は右肩上がりだった。現在も120%前後をキープで成長中で、投資家や社外取締役からも「すごく安定して成長してきた」と高評価だという。
「でも、ウルトラCがあったわけではないんですよね」と、仲氏。次々と生まれては消えゆく競合サービスに意識をとらわれず、また業績のトレンド推移も度外視で、あえて高い目標を掲げ続けた結果だという。
「とはいえ、売上が上がればなんでもいいというスタンスではなくて。『Wantedlyの利用を通じて仕事というものの概念がポジティブになっていく方を増やす』ということを大前提に、売上やユーザー獲得数の目標は、かなりストレッチの効いた数値を設定していました。例えば3倍目指そうとか。あり得ないゴールを設定するので、結果として3倍いかなくて自分達としては満足できていないのだけど、客観的には好調に伸びたと評価いただけているかなと思います」(仲氏)。
2017年のマザーズ上場も、それ自体がゴールだったというより、「ガバナンスの効いた運営ができるようになった」と経営の安定の1つとして捉える。「上場した今でも、ユーザーに向き合っていれば長期的に成長はついてくるという考えを、理解した方にご支援、ご指導いただけたと思います」(仲氏)。
ウォンテッドリーの事業のなかで、最も大きなビジネスは「人と企業のマッチング」だが、追い風になったのは、世の中の変化だ。この10年間で、企業と個人の働き方は大きく変わり、労働力の流動化も進んだ。仲氏は、「思っていた以上に早く変わった」と話す。
「グローバル競争の中で、日本企業が昔みたいには勝てなくなってきて、経済界からも、終身雇用や年功序列は維持できないという声が上がりました。また、従来の賃金システムや新卒一括採用などが、なくなっていく流れも一部で出始めています。変化はとても早いです。一方でこれらは、日本においてある意味、誰も取りこぼさないような社会安定性の一翼を担っていました。企業が終身雇用を守れなくなる次の10年は、社会をどう安定させていくかという別の問題も浮上してくると感じています」(仲氏)。
対して、個人の価値観の変化も目覚ましいという。ジョブチェンジを、隠してコソコソするものではなくオープンかつ前向きに捉え、「自分のキャリアは自分で作ってかなきゃいけない」と考える20代、30代が急速に増えた。仲氏は、「Wantedlyは、そうした若者の受け皿になれたのではないか」と分析する。
さらにコロナ禍では、ユーザーの行動変容も、非常に身近に感じられたという。飲食や観光など影響が大きかった産業からエンジニアに転向しようと、プログラミングスクールに通いながらWantedlyで会社を探す、そんな動きが数多く見られたのだ。仲氏は、「学び直しをして、IT系にシフトしていく人は、今後も増えるだろう」と話す。
このように激変する社会の中で、Wantedlyはどんな役割を果たせたのだろうか。仲氏は、「成長産業への人材の移動促進」を挙げる。
「衰退産業から成長産業へ、人材が移動していく流動性があることによって、より成長していく企業が増え、雇用も生まれて、国の豊かさが増していきます。直近2年に上場した企業の約半数が、Wantedlyを使って採用活動していることを考えると、成長企業へ優秀な人材へのアクセスという部分での貢献は、大きかったのではないかと思います」(仲氏)。
今後のトレンドとして、短期的には「デジタル化」がキーワードになるという。コロナ禍で進んだ脱ハンコ・ペーパーレス化に見られるように、セキュリティを担保し、コストも抑えつつ、業務の効率化を図るという動きは、企業や行政においても加速中で、IT関連業務を担える人材のニーズは高い。
また長期的には、労働集約的な業界も含めて「自動化」が進むという。「機械学習」「ロボティクス」などの技術活用は、成長産業のみならずメーカーや銀行などの重厚長大な産業においても促進されており、ITやデジタル分野の内製化や社内でのテック人材採用も、いま以上に増えていく見込みだ。
「これまでは“IT業界”として閉じていたものが、インターネットですべてがつながることにより、全産業がIT業界化してきました。ローコード・ノーコードといった、ITのハードルを下げるようなトレンドもありますが、IT人材の需要は確実に高まり続けるので、そこでの企業と個人のマッチングでは引き続き貢献していきたいです」(仲氏)。
続けて仲氏は、これからの日本は人口と市場がシュリンクする、という大前提にも言及した。その一方で、世界の人口は現在の約1.3倍である100億人まで伸びると予測されている。仲氏は、「今後、日本から世界に打って出られる成長産業は、製造業ではないか」と話した。
「機械学習にしても、ロボティクスにしても、それはあくまでもテクノロジー。大事なのは、開発したアルゴリズムなどを、最終的にどのような形でエンドユーザーへ価値を届けるのか。誰のどんな課題を解決するのか、という“出口”が非常に重要なのです。そこに着目すると、例えば工場生産最適化や自動運転車開発などの“出口”を持っていて、グローバルシェアも高いのは日本企業です。最近では、製造業の企業がスタートアップに投資して、ハードとソフトの融合を図る動きが活発化していますね。日本の強みであるハードウェアをうまくデジタル化していければ、日本にもチャンスがあるのではないかと思っています」(仲氏)。
こうした流れの中で、いま仲氏の眼差しは、「採用した後にその従業員が活躍すること」に向けられている。Wantedlyは2020年以降、企業向けの新たなプロダクトを矢継ぎ早にリリースしてきた。オンライン社内報プラットフォームや、組織サーベイ、チームマネジメントツール、新しいライフスタイルにフィットした福利厚生などだ。
「いま20代や30代の人は、生まれたときからインフラや環境が整っていて、エンタメもサブスクで安く享受できたりするので、お金のためだけに頑張れるかというと、そうではないと思います。お金プラスアルファの心理報酬というか、『何のためにこの仕事をやっているのか』という意義が、とても重要です」(仲氏)。
ある研究結果では、年収が一定水準に達すると、それ以上稼いでも個人の幸福度は上がり辛くなるというデータもあるという。逆にいうと、そのレンジまでは最低限必要だが、それ以上はモチベーションアップにはつながりにくいというわけだ。
同時に、もはや企業が一生面倒を見てはくれない時代であり、個人は自分の学歴や職歴などをきちんとプロファイルして、発信しアピールしていくことが重要になる。仲氏は、「個人向けにも、学び直しやコーチングなど、キャリアをサポートする新プラン『Premium Career』を提供開始した」と話した。
しかし世の中、自律的にキャリアを構築していける人ばかりではない。仲氏は、個人主義、実力主義のアメリカで、格差社会が広がっている現状を挙げて、「第3の道」を模索する重要性についても言及した。
「世界的な成長企業が堆積するサンフランシスコの街に溢れるホームレスの方々は、ただやる気がないからそうなっているのではなく、メンタルの問題や依存症など、いろいろな問題を複合的に抱えていると聞きます。日本企業がセーフティネットの役割を果たせなくなるいま、うまく第3の道を見つけられるとよいなと思っています」(仲氏)。
仲氏は、企業と個人が対等になる世の中の「光と影」を、このように冷静に見つめつつ、「Wantedlyは、変わりつつある日本の働き方や、働くシーンのインフラになって、働く方々と企業の支援をしていきたい」と今後の展望を語った。
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