ファッションやファッション業界に関する学びの場を提供しているFashionStudiesのオンラインセミナー「SOuDAN オンライン」。2021年12月に配信された第6回では、三越伊勢丹が運営する仮想都市空間「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」が題材となった。最近になって各社がメタバース分野に相次いで参入を表明しているなか、REV WORLDSではそこで重要な鍵となる仮想空間プラットフォームをすでに構築している。
全国に百貨店を展開する三越伊勢丹、その本業からかけ離れているようにも感じる独自の仮想空間だが、開発した背景には何があったのか。また、仮想空間のアバターが身に付けるファッションが今後どのような意味をもっていくのか。
REV WORLDSを生み出した三越伊勢丹の仲田朝彦氏と、大伸社コミュニケーションデザインの3D CGディレクター/クリエイターである堀江雅也氏、そしてApparel Play Office代表取締役の大橋めぐみ氏の3人が登壇し、仮想空間におけるファッションの可能性を探った。モデレーターはFasionStudiesの篠崎友亮氏が務めた。
三越伊勢丹が2021年3月から提供を開始したのが、REV WORLDSというスマートフォン向けのサービス。アプリを起動すると3D CGによる仮想都市に降り立ち、アバターを操って街の中を歩き回れる。仮想空間内には「仮想伊勢丹新宿店」などの店舗が存在し、店内で陳列されているさまざまな商品をチェックしたり、そこからECサイトへジャンプして実際に買い物したりできる。
他のユーザーと一緒に仮想空間に入り、テキストチャットやアバターのモーションなどでコミュニケーションを取ることも可能。アバターのカスタマイズ機能も充実しており、顔や髪型を変えられるのはもちろん、豊富に用意された洋服やアクセサリーを使って着せ替えることもできる。犬や猫をペットとして連れ歩けるのも面白いところだ。
このREV WORLDSを三越伊勢丹の新規事業として立ち上げたのが、同社の仲田氏。スマートフォンが登場し、インターネットを通じて手のひらの上で地図が見られるようになったことから、インターネット上に仮想の百貨店を建てることもできるはず。同氏はそう考え、以来14年間、バーチャル百貨店のオープンを構想してきたという。CG制作を独学で学ぶなど地道な努力を続け、2018年度にスタートした社内起業制度に応募し、ついに2021年、他の有志メンバーとともにその夢を叶えるに至った。
昨今話題のメタバース的な文脈、かつ実店舗で高付加価値な商品販売をしてきた大手百貨店の取り組みということで、事業立ち上げの背景にはビジネス的な要素が色濃くあるようにも思える。ところが仲田氏は、「バーチャルファッションをやりたい」というのがプロジェクトの元々の発端だったと話す。
同氏が学生時代、「女性でも(着られる)メンズスーツのようなデザインの服を作りたい」と目標を語るファッションデザイナーの卵と出会ったのがそのきっかけだ。自分の作りたいものを作り、その製品が多くの人に愛されることは、デザイナー冥利に尽きるもの。しかしながら、実際の市場原理としては「より売れるデザイン」の服が優先されるため、ほとんどのアパレル企業では最初から自由にものづくりをすることはかなわない。在庫を抱えるリスクがある実製品であることを考えれば、仕方のないところだろう。
ただ、仮想空間で身に付けられるファッションであれば、実体はデータのみのため在庫リスクなしに無限に販売でき、実製品では必要になる流通コストなどもかからない。売れ筋のデザインではない「チャレンジングなファッションアイデアを実現しやすい」のもポイントだ。そうした仮想空間を、若手デザイナーが自分の力を試せる場としても活用できるのではないか、と仲田氏は考えた。
そのうえで仲田氏自身、ネットで簡単に買い物できてしまう昨今、「想い出に残るようなEC体験」が得られていないことにも課題があると感じていた。「スマホ画面を見ながら、無言で孤独に買い物をするのが、最後に到達すべき買い物体験なのか」という疑問。そして、日本国内における一般消費者向け市場のEC化率は徐々に拡大しているものの、いまだにEC以外が90%以上(2019年時点)を占めるという事実。
「現在のECにはない体験や豊かさを求める商品が90%以上存在している」のだとすれば、実店舗により近い仮想空間のような環境での買い物に、ECの新たな可能性を見つけることができるかもしれない。すでにゲームの世界では、アバターの姿形をカスタマイズするのは当たり前になっており、有料追加コンテンツのアバター用衣装で膨大な売上を記録したケースがあることも知られている。ファッション分野においてさまざまな面から貢献できうるという点で、仮想空間には大きな期待がもてる。
2021年3月にREV WORLDSをオープンして以来、仮想伊勢丹新宿店では立て続けにバーチャルイベントを開催している。実店舗と連動し、実在のスタイリストがアバターで登場するバーチャルコスメ催事「ISETAN MAKE UP PARTY」や、バイヤーが選りすぐりのワインを紹介するバーチャルワイン催事「世界を旅するワイン展」などを実施。婦人服ブランド「ReStyle」のバーチャルショップもユニークなボックス型のデザインで常設し、他にオンラインRPG「ファイナルファンタジーXIV」とのコラボも実現した。
ユーザーの男女比率は半々程度。男性のアーリーアダプター向けに響きそうな、バーチャル世界を舞台にしたゲーム的な内容であることを考えると、女性ユーザー率はかなり高い。これについて仲田氏は、ゲームらしい操作方法は電車内などでは恥ずかしいという女性の声もあったことから、縦置きで気軽に使えることにこだわった点、さらに買い物コンテンツを豊富に用意したことが理由ではないか、とした。
年齢層は20~50代がメインで、中でも30代が多いが、3~5歳の小さな子どもも積極的に使っているそう。60歳以上の高齢層にも利用されており、幅広い年代にとっつきやすい仕組みになっているようだ。「本当は10代をターゲットにしていた」という仲田氏の読みは外れてしまった格好だが、親子、あるいは祖父母と孫が仮想空間内で一緒に入店し、子どもや孫が欲しいものをおねだりして買い与えることができる、といったような、同氏の理想とする買い物の形を実現する素地を作ることはできた。
単なるECサイト上の買い物だと、1人で購入して送付するだけの一方的なやりとりになってしまう。しかし仮想空間の場合、バーチャルとはいえ一緒に買い物するという体験を経ることで、10年、15年と時間がたってから、「あのとき親や祖父母に買ってもらった」というかけがえのない「想い出として残っていくもの」になる。そこにはリアルでしか得られなかったものと全く同じ経験が詰まっていると言っていいだろう。
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