大企業のなかで新規事業の創出やイノベーションに挑む「社内起業家(イントレプレナー)」たち。彼らの多くに共通しているのは、社内だけでなく社外でもアクティブに活動し、社内の横のつながりや幅広い人脈、あるいは課題を見つける観察眼やその解決につなげられる柔軟な発想力を持っていることだ。
この連載では、そんな大企業内で活躍するイントレプレナーにインタビューするとともに、その人が尊敬する他社のイントレプレナーを紹介してもらい、リレー形式で話を聞いていく。
第5回はパーソルグループのなかで、企業のイノベーション活動を支援するプラットフォーム「AUBA(アウバ)」などを運営している、eiicon company代表の中村亜由子氏。3人の子どもを持つ母でありながら、企業同士の最適なマッチングを目指す事業にもフルコミットしているバイタリティ溢れる人物だ。
——初めに自己紹介をお願いできますでしょうか。
HR支援会社としてアジア最大のパーソルグループの中のイノベーション中核子会社で、企業のオープンイノベーション実践の支援、新規事業の創出支援を行うeiicon company(エイコン カンパニー)の代表をしています。私自身は、2008年にインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社後、転職求人サイトDODAの編集部に所属し2010年からは人材紹介の部署でIT系企業の求人採用の企業側窓口を担当し、2011年からはマネージャー職についていました。
2015年に産休に入った後、その産休・育休中に今のeiiconの事業アイデアを起案し、2016年4月に復職してからはeiicon事業の責任者として立ち上げに携わりました。2019年からは、パーソルイノベーション株式会社という新設子会社へ転籍しeiiconを経営しています。
——育休中にeiiconの事業を起案されたとのことですが、なぜそのタイミングだったのでしょう。
身近に社外のパートナーと共に連携することで、新たな事業を創ろうとしている経営者がいたことがきっかけです。そこで提携先を探すのにアナログなやり方しかない事実を目の当たりにしました。具体的に言うと、知人のつてをたどるとか、地銀から紹介していただくとかですね。
それを見て、もっとこの時代に合ったマッチングの方法があるのではないかと考えました。自社の得意な分野を活かして、互いにリソースを持ち寄って事業を創るというのは、非常に前向きな手法ですし、理にもかなっている。だからこそ、事業創造を検討する企業同士が出会える場所はあってしかるべきだと思ったものの、当時そのようなサービスを探しても見つけることができなかった。だったら自分で作ろうと。
どうやって事業化しようか、起業するか迷っていたときに、同僚から「会社からも資金調達できる仕組みがあるよ」と言われて、それがパーソルグループの新規事業開発プログラム(現在の「Drit」(ドリット)。その前身となったプログラム)でした。パーソルホールディングスとしての第1回の募集タイミングがちょうど育休中だったので、そこに応募を決意し、とんとんと採択されたという感じです。
——eiiconがどういう事業を展開しているのか、改めて教えてください。
「AUBA(アウバ)」という、企業と企業が出会える、オープンイノベーションに特化したウェブ上のマッチングプラットフォームがベースです。さらに今は「TOMORUBA(トモルバ)」という起業家、事業を活性化する人に向けたメディアを運営し、ハンズオンコンサルティングの部隊と、イベント支援の部隊も別で抱えています。これら4つの軸で事業を展開し、複合的にオープンイノベーション実践をサポートしています。
——ちなみにeiiconというカンパニー名の由来は?
もともとは英語で「どんぐり」を意味する「Acorn」から取っています。「Great oaks from little acorns grow」(大きな樫の木も初めは小さなドングリから)という英語のことわざがあり、それをイノベーションに例えました。イノベーションは突飛な発想やテッキーなものからしか生まれないなんてことはなくて、脈々と培ってきた会社の技術やビジネスのノウハウがイノベーションという立派な木に育つんだ、といったような思いを込めています。
字面については「Ecosystem Innovation Inspire Contact」の頭文字を取って「eiicon」としています。Iが2つ並んでいるところが人で、その間に人同士が出会うと木が生えるようなロゴにしているんです。個人的にはすごく満足して、肝入りでリリースしたんですけど、そもそも読めない、意味がわからないという声が多くて(笑)。2020年にリニューアルしているのですが、その際にサービス名もeiiconの反省を活かし変更しました。
今後の海外展開も見据え日本語の語感を残して、プラットフォームは『企業同士が会える場』である「AUBA」に、メディアは『事業が灯る場』として「TOMORUBA」に改定しました。
——現在、eiiconのサービスはどれくらいの数の企業に利用されているのでしょうか。
2021年の3月現在、AUBAの登録は1万9000社を超えています。2020年度だけで5000社以上の新規登録があり、アクセラレータープログラムは年間16件を支援しています。最近、企業同士の共創件数も1000件を超えました。
事業の立ち上げ直後から調子は良くて、当初の事業計画では、2017年2月のローンチ時に少なくとも200社以上という目標を掲げていましたが、実際には600社集まり、リリース後1週間で1000社を突破しました。開始2年目で単月黒字を目指していたところも1年半で達成できましたし、スタートアップとして見れば、このタイミングでマネタイズにこぎ着けられたのは、いい方ではないかなと思います。
——リリース1週間で1000社突破はすごいですね。そうすると新規事業として、立ち上げ時から順風満帆だったと。
もちろん苦労もしていると思います(笑)。2016年4月に復職しましたが、採択された同年2月のタイミングでは私はまだ産休・育休中で、会社の予算会議には出席できていませんでした。なので、復職したタイミングで「予算はない」と告げられたときは「えっ?」という感じで。3カ月半後にようやくパーソルグループの臨時予算会議を開いてもらえましたが、最初は「プラットフォームビジネスへの投資は難しい」ということで非承認のジャッジをされたり……。
——いろいろな壁を乗り越えてのスタートだったのですね。それから5年ほどたちますが、その間にオープンイノベーションを取り巻く市場環境や社内での見られ方も含めて変化は感じますか。
2017年のローンチ当初はオープンイノベーション「ごっこ」と揶揄されることもありました。オープンイノベーションといえば、大企業がスタートアップを搾取する、みたいな構図があると言われていましたし、その言葉自体、日本ではバズワードみたいな捉えられ方で、「つまり、何なの?」と言われることも多かった。オープンイノベーションは社外と連携してイノベーション創出していく座組ですけれど、イノベーションとオープンイノベーションの区別がつかない方もいました。
ただ、今はオープンイノベーションという言葉について多くの方が理解し始めていて、いかに社会実装させるか、実りのあるイノベーションにするためにどう取り組んでいくべきなのか、といった本質的な議論がされるようになってきている実感はあります。言葉自体が市民権を得て、手法が浸透してきていると思いますね。
——共創の実績は1000件を超えたというお話でした。共創をうまく進めるのは難しいという話も少なくない中で、なぜeiiconではそれだけのマッチングに成功しているのでしょうか。
たとえばAUBAについては、共創目的や方向性を明確にできるところが特徴だと思っています。どのような企業で、どういう共創を求めているのかをタグ化していて、そのタグにひもづく形で検索できます。自社が求めている「ニーズタグ」と、自社を表す「シーズタグ」があり、ニーズタグとシーズタグのところでレコメンドエンジンを導入しているので、「何のために何をやるのか」「自分たちは何者であるのか」をより明確にして、マッチ度の高い企業の出会いを生むようにしているのがポイントですね。
あとは、それをフォローするためのオンラインコンサルタントと、リアルなハンズオンコンサルタントも配備しています。そこで企業の面談状況の可視化や、視座の引き上げみたいなところをフォローしています。
——マッチングや共創を支援するオープンイノベーションプラットフォームは他にもいくつかありますが、AUBAならではの強みはどこになりますか。
システムに投資をしていることと、そこで活動する企業がちゃんと“アクティブ”であることですね。半年に一度クリーニングさせていただいていて、ログインしていないユーザーは非公開になる仕様にしています。ですので、基本的にはアクティブに活動している企業が共創パートナーを探している、というところで一定の信頼が担保されています。システム的に機能している部分が多く、コンサルティングスタッフの手でマッチングさせるようなプラットフォームに比べるとハードルは低く、利用しやすいのではないかと思っています。
——具体的な共創の事例としてはどのようなものがありますか。
たとえば、葬儀などのセレモニー事業を行っている大阪のCSCサービスさんと、介護用の杖、車いすなどを製造している名古屋のインターリンクスさんという中小企業同士の事例があります。CSCサービスさんは、ご遺体の腐敗臭をなるべく抑えたいという課題があり、一方で介護用品を作っているインターリンクスさんでは加齢臭を抑える薬剤を開発しています。
そういった背景から、ご遺体に塗ると腐敗臭が軽減される薬剤を開発した、というのが1つ。会社の規模にとらわれず、オープンイノベーションを自社のイノベーション活動にきちんと組み入れているいい事例かなと思います。オープンイノベーションでは大手とスタートアップの掛け合わせがフォーカスされがちですが、本来は中小×中小ですとか、3社以上の複数プレイヤーによるイノベーションみたいなのがもっと出てきてほしいなと思っています。
大手×スタートアップですと、冷凍ケーキのECサイトを運営しているCake.jpさんとベビー用品のコンビさんの事例ですね。これからお母さんになる方にベビーシャワーケーキを届けるプロジェクトを発足させ、共同でケーキを開発し、新しいお祝いシーンを創出したというものです。
コンビさんは、赤ちゃんが生まれた後の領域だけをカバーしていたのが、生まれる前の領域にも参入できた。Cake.jpさんも、ケーキの需要は誕生日のような限られたタイミングしかなかったのが、そこにベビーシャワーという、バレンタインデーやホワイトデーのような新たなムーブメントへとつなげられたわけです。
——中小企業や、あまりテクノロジーのイメージがない企業も御社のプラットフォームを活用されていると。
そうですね。もちろんテクノロジー系企業の事例もあります。たとえば通信会社として鉄塔を持つNTTコミュニケーションズさんと、ドローンで風況を予測する技術をもつ京都大学発ベンチャーのメトロウェザーさんの間では、鉄塔にセンサーを設置してより高精度で安全なドローン運航ができるような空の道を創るプロジェクトが進んでいます。
また、宮崎県のカツオ漁業の会社とAI技術をもつベンチャー企業が手を組んでいたりもします。カツオ漁業は1本釣りで、漁師の勘に頼るところが多いんですね。ところが、高齢化によって経験豊富な漁師が船を降りることになると、カツオの漁獲高が大きく減ってしまう。そこで、ベンチャー企業が過去の航海日誌をAIに読み込ませることで、漁師の勘を再現しようとしています。船にたくさんセンサーを装着して、「カモメが左舷にとまって、右から風が吹いたら、あそこにカツオがいる」というようなことがシステム的にわかるようになるそうです。
——企業のみなさんはどのようにして御社のサービスにたどり着くことが多いのでしょうか。
最近はサーチエンジンから「eiicon」や「AUBA」といった直接的なワードで流入してくることが多いですね。自治体さん含め、われわれのことをプレゼン資料などに入れて紹介してくれたり、他の方に勧めてくれたりするケースが増えていて、経路がたどれない流入も増えている印象はあります。
——2020年度は、新型コロナウイルスの影響を受けましたか。
どちらかというとこの状況は追い風で、オンラインでのマッチング成功は増えています。年間登録社数が5000社増えたのは初めてのことで、前年度実績は3500社程度でした。オンラインのコラボレーションだけで共創実現につながる事例もいくつか出てきています。以前はオンラインでマッチングしても、その後はリアルで進めましょうというパターンが多かったのが、最近はマッチングから共創実現まで、すべてオンラインだけで完結してしまうことも珍しくありません。
このコロナ禍は、各企業がイノベーションの目的を明確化するための期間に使えたんじゃないか、とも思っています。ご相談いただく案件やオーダーが、最初から「骨格があるもの」が増えた感覚があって、2021年以降はより本質的なアイデアが増えてくるんじゃないかと思っています。
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