電子書籍ビジネスの真相

電子書籍のスキャンダル--経産省「緊デジゲート」がはじけたようです - (page 2)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年10月05日 15時25分

複雑な事業スキーム、わかりにくいメリット

 ともあれ、2012年の初頭から、「緊デジ」は動き始めました。図表1は、当時の配布資料です。


 これを見るとよくわかるように、この事業は、形式的な実施主体はJPO(日本出版インフラセンター)であるものの、「出版デジタル機構」が、一つの核となって取り組んだプロジェクトでした。出版デジタル機構とは、「電子書籍の共通プラットフォーム創設」を掲げて政府系ファンド「産業革新機構」と出版界が出資して設立した株式会社です。

 なお、産業革新機構について「官民ファンド」という奇妙な呼称が流布していますが、政府が95%以上の株を所有しており、原資のほとんどは税金なので、民間が国と対等の立場で参画している印象を与える呼称は不適当であり、政府系ファンド、国策ファンドと呼ぶべきでしょう。要するに、本質的には、90年代に大きな問題となった、特殊法人の変種です。

 出版デジタル機構の設立は2012年4月、緊デジの募集開始は同年5月。できたばかりの出版デジタル機構が初めて取り組んだプロジェクト、いやむしろ、出版デジタル機構の設立意義を確立するために企画されたプロジェクトだったフシがあります。

 冒頭に掲げた画像は、現在もUstream上に保存されている、当時の事業説明会の映像からキャプチャしたものです。筆者は、この説明会や、その後の制作業者向けの説明会に複数回出席しましたが、印象的だったのは、事業のスキームが複雑なこと、そして、実施側の「上から目線」な姿勢でした。

 事業のスキームについては、図表2を見ると、その複雑さがわかると思います。

 出版社は、出版デジタル機構を通じて電子化を依頼することも、出版デジタル機構を通さないで電子化を依頼することも、できました。まず、ここが複雑。

 通常に申請すると、電子化費用の半額から3分の2が補助されるのに対し、出版デジタル機構を通じて申請すると、消費税を除く全額が補助されるので、無料で電子化できる仕組みだったのです。しかし、その反面、電子化されたファイルは、そのコンテンツの収益によって電子化費用が回収されるまで、出版デジタル機構が保有する、という説明がされました。

 一見、出版社にとってはいい話に思えますが、コンテンツ(商品)はともかく、支払い・精算業務(商流)は複雑化することが想定されます。月に数百万円も売れる本ならよいですが、月に数百円の売り上げ本に関して、長年にわたって複雑な会計処理(これは、隠れたコストになります)を強いられるのであれば、電子化費用半額を自腹で払った方が結局割安です。いや、そもそも緊デジに参加せずに製作会社に自分で発注した方が簡単です。

 次にわかりにくかったのが、申請できる出版社の範囲。「(1)日本の国内企業であること。中小企業であること。(2)特定の出版団体の会員、(社)日本出版取次協会へ加盟の会員と取引があること、又は(株)地方・小出版流通センターと取引があること」などが条件でした。

 しかし、日本の出版社は、常時出版活動をしている会社に限っても約3000社、不定期に活動している企業も含めるともっとあり(紀伊國屋書店の高井昌史社長が講演で明らかにしたところによると、同社は6791の出版社と直接取引しているとのこと=業界紙「新文化」の記事)、ここに挙げられているような中央の団体などに加盟していない出版社も少なくないことが想定できました。

 たとえば、日本書籍出版協会(書協)に加盟している出版社は428社と、全体のごく一部です。地方にあって、取次を通さない「直販」でビジネスをしているような出版社は、申請できないことになります(実際、後述するように、この点が障害となった例が出ました)。

 さらに、申請できる「本」の範囲も、よくわかりませんでした。JPOは申請された本をすべて電子化するのではなく、「選定」があるとのことでした。

 「対象書籍選定の優先順位」として、「東北関連のもの(例:著者が東北に関係する、物語の主要な舞台や研究のテーマ等が東北6県である、震災復興に関連する地震災害原子力関連である)」「審査委員会メンバーの推薦」のあった本が優先される、という方針が表明されました。

 しかし、「関係する」とか「テーマが関連している」といった基準で、誰もが納得する形で選ぶのは、かなりの制度的担保(審査委員会を頻繁に開いて、一点一点討議するなど)がないと、難しいのではないでしょうか? 事業の趣旨に合わない本が公金で電子化されることは、この時点で決定的だったといえるでしょう。

 さらに事態の見通しを暗いものに感じさせたのは、事業主体側の姿勢でした。

「我々は、国の委託を受けてやっているんだ。文句があるなら、申請しなくったって結構だ!」

 2012年5月8日に開催された、出版社向けの「緊デジ」事業説明会での発言。発言者は、事業主体であるJPO事務局長の永井祥一氏です。緊デジのスキームでは、入稿してから実際にファイルができあがるまでのスケジュールが明確でなく、プロモーションがやりにくい、もっと明確な基準を打ち出してもらえないか――という、会場からの、ごく穏当な質問に対する「答え」でした。

 国家プロジェクトなのだから、文句をいわずに従え、という本音が、そのまま出てしまった印象です。仕組みは複雑、条件は曖昧、その上「上から目線」ときては、出版社側の意欲が、高まろうはずもありません。

 その後、「緊デジ」は、電子化申請受付、制作会社の公募と選定、電子化の実際の作業へと進んでいきますが、根本的な問題として、「申請数が少ない」ということが常についてまわりました。この点が、後に述べる「水増し」へとつながる伏線となりました。

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