2.タグを巡る二つの政策課題と「響プロジェクト」
--政策的なねらいはよく分かったのですが、実際にどのような政策的な取り組みが行われているのでしょうか?
標準化にむけての取り組み
新原: 現在、経済産業省では企業間取引におけるコード体系とエアインタフェースの標準化ともう一つ、タグの価格低減という政策課題に取り組んでいます。これらの政策ニーズは、タグのリユースを前提とせず、企業間を転々流通する、ということを前提にすると初めて浮上するのです。リユースしない場合はせいぜい5円。それ以上だと話にならないですね、多量に流通するなら、コードとエア・インターフェイスは共通化しないといけないですね、ということです。
実際問題、既に我々は海外に大量に様々な製品を輸出しています。例えばウォルマートが取引先上位100社から300社にタグの採用対象が拡大された場合、日本の家電メーカーなどはほとんど含まれることになります。ソニー、日立、東芝、シャープ、サンヨーあたりは確実に入りますね。そうなると輸出向け製品にタグを貼り付けていかなければならないわけで、海外に輸出するときに国内と規格が違う、その逆で輸入品が入ってきた場合に読めないと困るので、だからそこだけは国際標準にしましょうと。この辺も誤解される所なんですが、「アメリカとか国際標準を採用するとノウハウが流出して、国内企業の利益が削がれるじゃないか」と言う人がいます。これもまったくの嘘で、我々が言っているのは、そういったノウハウとか、カネが取れるところは標準化する必要がないということなんです。商品コードの入れ方なんて、カネが取れるところではないですよね。管理費とかは取れるかもしれませんが。無線の通信プロトコルにしても、商品コードにしても、様式、ビデオのサイズのようなもので、それが固まった上で、その上のレイヤで競争が起こる。逆にそれが出来なければ、全体のマーケットがなくなってしまうことになります。
商品コードの標準化については、現在日本がISOに提案をしていて、本来今年の夏に標準化されるはずだったんですが、ちょっとISOの事務手続きで遅れが生じているのですが、来年春には標準化されます。中身については日米欧で合意しているので、変更はないと思います。具体的なコード体系は、「企業コード」、「品目番号」、「シリアル番号」といった順序で、例えば、トヨタ・プリウス・車台番号… というように、上位概念から下に降りていくようになっています。下にいくつでも付加情報は添付できるのですが、あまり煩雑にならないように、少なくともバーコードの商品コード体系からは大きく逸脱しないようにしています。簡単に言うと、最初の発番コードをルール化するのです。これは市外局番みたいなものですが、例えばバーコードに関する世界標準であるJANと日本情報処理開発センターと電子商取引推進センターが定める国内の標準企業コードであるCIIが違ったコード体系ならば、それぞれが何のコードかわかるように、JANなら「45とか49」、CIIなら「LA」と表示すれば、既存のバーコード体系をそのまま利用できます。コードの問題はこのような形で問題解決が図られているところです。
通信プロトコルの方は、もうちょっと複雑で、エア・インターフェイスについても最低限の標準化を進めようという趣旨でやっているんですが、ご存じのように現在、ISOとEPCグローバル(※注3)協会とアメリカの流通コード機関であるUCCが共同で設立したもので、EPC(Electronic Product Code)の管理と運営を行っている団体。RFIDについても、Auto-IDセンターの開発成果を受け継ぐ形で標準化作業を進めている。)がそれぞれ標準化作業を進めていますが、それぞれの中で規格が複数あるという状況です。EPCグローバルにおいては、UHF帯EPC標準を巡ってエイリアン・テクノロジを中心としたグループとマトリックスを中心としたグループの2つが提起されていて互換性がない。また、ISOでもタイプAとタイプBというものがあって、これも相互互換性がない。これらについて一本化しようよというのが、私たちが動いてきたことで、報道で言われるところの「経済省の規格統一への動き」というやつです。具体的には、小さいので動きが早いEPCの方で案を作り、それをISOに提案し、規格化するという方針で根回しをしました。そしてEPCグローバルにおいては、6月28日に「シカゴ・プロトコル」という基本合意が出来て、これが先頃、ISOの提案手続きが行われました。ここで注意して頂きたいのは、この規格案(タイプC)には「企業間取引用」と位置づけられるわけです。なんでも標準化する訳じゃない。企業間取引だけを国際標準にしようと。
遅くとも、今年度内くらいには、ISOを通るでしょうが、実際にはISOの人もEPCグローバルに入ってもらって作業を進めてもらっているので、事実上、このシカゴ・プロトコルがデファクトになるでしょう。このプロトコルの詳細は間もなく公開されるはずです。ちなみに、海外では既にウォルマートが有名ですが、ドイツのメトロ等、大きな小売りチェーンが上位取引先にタグ貼付を納入の条件としたいとしていますが、そこで言っているタグとは、このタイプCになります。これ以外のタグ規格の採用を決めている小売りチェーンはないという状況です。
響プロジェクト
もう一つの課題である「タグの値段を下げる」ですが、さっきも言ったように、企業間取引に使うタグは使い切りなので、国際標準に準拠したタグを一つ3〜5円で作ろうと。これが「響プロジェクト」です。それで2年後に実際に5円以下で販売できなければ、私が逆立ちして霞ヶ関中を回る、というのがコミットメントになっているわけです。村井純さんは「裸でやる」とか脚色してますが、そこまではやりませんよ。(笑)とりあえず業界の中には、何らかの形でその目標は達成されるだろう、と見ている人が多いですね。
それで研究開発のためのお金を18億円ほど用意したわけですが、いままでこういう話だと、業界がわーっと数十社集まってコンソーシアムを作る、いわゆるナショナル・プロジェクト方式となるのですが、僕はあのやり方が、とても嫌いです。なぜかというと、そういう連合だと、誰が責任を取るのかが不明確だから。うまくいかなかったときに、誰の責任なの?と言うときに、きまって「あの会社が悪かったんだ」とか責任のなすりつけあいが始まって、結局「みんな悪かった」という頭の悪いガバナンスを露呈してしまう。だから僕はとても嫌い。
この目標、とても厳しいんですよ。MITも「5セントタグ」を標榜していまだに成功してないわけですから…。MITのトップと話をした時には、一言「グッドラック」と言われましたよ(苦笑)。そういうチャレンジなので、こちらとしても要求仕様をかなりハードルを高くしました。つまり、2年間開発したら、3ヶ月以内に「実際に5円で販売しろ」という条件を付けたのです。これは契約の条件です。このハードルを越えられる人に責任を持ってやってもらうことにしました。(※注4)
例えばアメリカのベンチャー企業は、EPCの立ち上げなどについては大きな貢献があったかもしれないけど、これからは量産の時代にはいるわけで、どんな業態でもそうですが、最初にイノベートする時と、それを展開する段階ではアクターが違うわけです。それを両方持っている会社は、僕が思うにフィリップスぐらいだと思いますが、この状況はちょっとまずいと思っています。やはり一社独占になると分野は全然違いますが、マイクロソフトのような状況にもなりかねないでしょう。
日本企業の人に話を聞くと私たちはソリューションに集中したい。タグは外から買ってきます、新原さん紹介してください、と日本企業はほとんどそう言ってくる。彼らはソリューションに特化しているのは自分たちだけだろう、と思ってるんですが、実は全社そういう戦略なんです。それで、最初にアメリカのベンチャーの所に行くのですが彼らはウハウハですよね。必ず彼らはタグを買うのですから。ハードがなけりゃソリューションできないんだから当然ですが、それで今度はフィリップス社にいく。こういうのは、とてもまずいと思っていて、それを解決するためには、量産できる力を持つ会社に開発をやってもらわないといけない、ということで、量産も含めた研究開発契約にしたのです。このような問題意識は欧米のユーザ企業も持っていて、彼らは日本製のタグを「買う」と言ってます。実際に調達交渉にトップが来日する事もありますよ。1社独占だと、競争がないので交渉が出来ません。だから、彼らも日本で量産されるタグに関心があるわけです。この局面に関する限り、日立とかNECとかは価格低減の技術、量産能力ともに十分持っていると思っています。ですから、タグは日本が「輸出」出来る商品だと思うのです。
こういう形で「響プロジェクト」として公募したところ、日立製作所が手を挙げてくれて、さっき紹介した「2年で開発完了、3ヶ月以内で5円で売る」ことをコミットメントしました。また開発をサポートする協力会社として、NEC、大日本印刷、凸版印刷が決まりました。責任は日立が負うので、協力会社との関係も日立が整理することになります。
響プロジェクトの技術的な課題としては、印刷と実装技術、チップの低価格化と極小化技術等になります。ユーザ側も、今年度の実証実験に参加しているユーザ7業界(出版、家電、アパレル、建設機器、医薬品、運送、CD/DVDレンタル)が協力しています。他のメーカーも、松下、三菱電機とかは、できあがったものを使っていくと言っています。あと、フレンド響ということで、関心のある企業には進捗状況などを報告したり、情報交換をする場を作ることにしています。
響プロジェクトに係る知的財産権についてですが、響では日立に対して、強い制限をかけていて、バイドール条項で日立の所有となるIPについて、RANDライセンス(※注5)で提供しろと書いてあります。しかも、根っこの技術についても響の基礎である限りRANDで公開しろと書いてあります。これはかなり厳しい条件で、よくある根っこの技術を離さないので結局ライセンス料を払わないと使えない、という状況を回避するためです。これらの条件を日立は受け入れた上で引き受けたわけですが、これはバーコードにおけるIBMがそうであったように、公開することでマーケットシェアを取っていくという戦略を明確に打ち出したという点が重要だと思っています。
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