3.ソフトウェア産業の抱える3つの課題
---そこで、私の個人的な関心になるんですが、ソフトウェア産業の空洞化みたいな状況も起きているという話を耳にします。つまり、中国やインドといった海外の下請けメーカーへの発注と言うことですが、こういった状況への対応はどうしているのでしょうか。
村上: ソフトウェア産業については、オフショアアウトソースによる空洞化よりも、そもそも国内に無駄が多いということの方が問題だと捉えています。かつてソフトウエアクライシスを叫んで人の量が足りないと言ったのは誰だと言われると、忸怩たるものもあるんですが、やっぱりソフトウェア工学的なアプローチの不足とか、要求仕様書を決める時点の作業に、決定的な問題が多すぎる。そっちをもっとがんばって、効率的な開発形態がもし実現するのであれば、オフショア以前の問題として、今の3分の1の人数でも十分市場ニーズに応えられるのではないか、とすら思っています。そこを、大量に質の悪いサービスで補い、ちょっとでもレントが発生すると新規参入(人員の拡大)があるという構図でやっているから、業界全体としては伸びているのに、営業利益率が高い、強い体質の企業が出てこないマーケットになっている、という構造になっているわけです。
---EAとかスキル標準という取り組みは長期的で見ると、そういう業界構造の問題に繋がるような施策として推進しているということなのでしょうか。
村上: 本当は短期的にも業界に影響を与えるようにやっているつもりなんですが、思うに、我が国のソフトサービス産業の抱える課題というのは、以下の3点に集約されていると考えています。
課題1.ユーザにより質の高いIT投資管理(発注仕様の管理含む)をお願いする
シンボリカルにはEA。
課題2.ソフトウェア工学をきちんと導入して、ソフトウエア開発の現場に分業と協業体制を確立する。
ソフトを作るときに1F〜6FまでA社、6F〜10FまでB社、10F以上はC社…といった「大工の棟梁方式」はやめましょうということです。最初からコンサル、アーキテクト、PM、スペシャリスト、オペレーションプロ、カスタマーサービス、エデュケーションプロといった、きちんとした役割分担に基づく工程管理をしろというか、せめて建築業並みの分業と協業体制にはなろうよ、ということです。
課題3.ソフトウェア工学に裏付けられた人材投資(ITスキル標準)により、高度な人材のマーケットを掘り起こす。
2.の分業体制がきちんと確立すると、人材投資のフレームも出来てくる。ただ、ITスキル標準について常に誤解されていることですけど、ITスキル標準の目的はITコンサルタントとかPMとかの人材像を提示するのではなくて、ソフトウェア工学に裏打ちされたスキルを整理することです。社内の人材投資戦略として「我が社はレベル4までコンサルとPMを兼業した自称『プレミアムPM』を育てます」というのは大いに結構なんですよ。例えば「PMとデータベーススペシャリストを兼ねられる人材を育成してそれを市価よりも安いプライスでクオリティを高く提供することが、我が社の戦略です」ということをやってもらいたくてITスキル標準は作ったので、あれ自体が絶対的なカリキュラムだと思われると、ちょっと違うと。
僕自身は、実は、ソフトウェア産業の問題というのは、この3つの論点のどれかに落ちてくる来るような気がしています。もう一つあげるとファイナンスがありますけど。なので、この3つについてしっかりと網を張っていれば、いろんな政策的課題がこの網の中にぽとりぽとりと落ちてくるかなと。例えば「デスマーチ」なんてのはつとに有名ですが、要するにまともな工程マネジメントが出来ていないことの裏返しです。出来る人ほど緊急オペレーションでいろんなプロジェクトに駆り出されて行くとか、本当のエースは最初と最後だけコミットして真ん中は病気になっちゃうとか…。この業界が抱える問題は大きいですよ。
ただし、これらの課題が達成されたとしても、アジアとの競争にどれだけ勝てるかと言うことを考えると、もっと上位レベルでの課題も浮上してくると思います。
IT投資が目的とするビジョン・ミッションをどう管理するかというマネジメントサイクルの経験と熟練度をどう上げていくか、結局のところ私たちの産業は最後には寄生虫ですから、顧客がいないと成立しない。その顧客との関係で自分の事業価値を上げていくために必要なナレッジがあって、それを効率よく管理していくためのスキルを提供するのが、これからのIT業界の仕事だと思うんですよね。
J2EEとかEJBとかそういう技術的なフレームワークは手段でしかなくて、どういうBPRをきちんとしてあげるか、マネジメントサイクルをきちんと踏んでいるか、どういう知識管理をしているか?という部分の競争力の勝負だと思うんです。
今後は、そこに競争力のないIT企業は、どこに行っても競争力はないでしょう。しかし、日本の大手のベンダは下流でお金が儲かる構造をなまじ持ってしまっているので、なかなか変わりきれない。その結果として、BPRされるべき現行の業務にばかり詳しくて、BPRした後の姿に対する知見もたまらない。本来注目すべきは、BPRした後のパフォーマンスの効果とその普及定着だと思うのですが、これではBPRされる前の業務プロセスに詳しくなっているだけで、BPR自体に貢献しているとは言えないのです。大手ベンダの人たちは、BPRをした後の業務のプロセスのビジョンについてしっかりと共通言語を整備していく必要があるでしょうね。また、そこで不用意に各社毎にベースとなる方法論を囲い込みすぎると、相互参照性が無くなって、お客さん自体が隘路にはまることになる。なかなか、難しいです。
※注1:統計分類上は、情報処理サービス、受注ソフトウェア開発、ソフトウェア(業務用パッケージソフトとゲームソフト、コンピュータ等基本ソフトに3分割)、システム等管理運営受託、データベース・サービス(インターネットによるものとそれ以外に分割)、各種調査、その他に分類している
※注2:「バンチ」。バローズ、ユニバック、NCR,CDC,ハネウェルのIBM非互換機メーカーを総称。頭文字を取ってBUNCHと呼ばれる
※注3:e-Japanで整備された法制度についてはhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/hourei/link.htmlを参照)
※注4:経済産業省が平成15年度税制改正のテーマに盛り込んだのが、(IT投資促進税制)である。これは、企業のIT投資に対して10%の税額控除に加え、従来よりも償却率を大幅に上積みし50%の特別償却を認めたもので、リースにまで対象を広げるなど、画期的な内容であった。この制度はかなりの投資促進効果をもたらしたことが報告されている。
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