2.e-Japan時代の情報(産業)政策とはどのようなものか
■政策のスタンス
---今の減税の話もそうですが、業界へのアメとムチ、即ち技術開発や製品開発への指導、介入と補助金の投入という形で理解されてきた産業政策が、こと情報産業の分野では最近はより柔軟な形に変わりつつあるように見えます。つまり、政府はあまりお金を出したりしないのですが、インセンティブを促進させるような仕組みを用意してあげて、民間が自発的にそれに乗っかってくると。これを新しい形の産業政策だと言ってしまうのはやや語弊があると思うのですが、このようなスタイルに徐々にシフトしているように思うのですが。
村上: 簡単に言い切るのは難しいのですが、少なくとも「バラマキ」については強烈に減らしていることは事実です。
昔、VAN戦争という時代に通産省と郵政省がつばぜり合いを繰り返していたときの構造というのは、通信の自由化が進んでいく中で、マーケットは相変わらず営業力・信用力の世界で縦割り競争をやっている。限界的なところでは、旧通産省の電子政策課もかなり調整に活躍したわけですが、それが新たな市場の開拓につながっていった部分では、通産省が地域ソフトウェアセンターを作れば郵政省はテレワークセンター、通産省がニューメディア・コミュニティ構想と打てば、総務省はテレトピア構想がそれぞれ出てきて、しのぎを削ったわけです。両方から受注してホクホクしている人から「両省から引っ張られてけしからん」って言われることもあったわけですが(苦笑)、1980年代後半からの「高度○×」という政策群は、どちらも、その成果を生み出すのに大変苦労をしたわけであります。
この原因を簡単に言えば、マーケットニーズが見えないところで、役人がいかに思いこみで構想をぶちあげても、その資金注入が終わったら、その事業は終わってしまうということなんですよね。極端なことを言えば、官僚は本当に腰を据えてやるなら10年でも15年でも覚悟を決めて金を流せば良い。そうすれば、なにがしかの物は出てくるはずです。でも最悪なことに、官僚は中途半端に止めちゃうでしょう。そうなると、物にならない使い古されたサーバか何かが残るだけで、それも急激に陳腐化してしまいサヨウナラとなってしまう。やること自体が良くないということよりも、むしろ、その中途半端さの方に問題が残っていると思います。例えば、IT関連のODA制度になると、そうした中途半端さが制度に染みついてしまっているものですから、その制度改革について検討を行っているところです。
そういう反省を基に、私たちはこういう路線を急激に捨てつつあります。正直、政府のIT予算も、以前は総務省(旧郵政省)さんと額を張り合うようなこと止めてしまいました。そこまでお金は使いませんと。その結果、今度は、「貧乏なくせに口うるさい」とかって、怒られるようになりましたけど(笑)。そして、政策の主軸を「ばらまき」から実業路線にシフトしていったんです。例えばソフトウェア工学の研究拠点を作って、その研究拠点に民間の人に来てもらってそこで開発をやってもらう。IPAのセキュリティセンターもそこからお金をばら撒くのではなくて、そこにプロに集めて行政官もプロになって脆弱性の分析を行うとか、ウイルス被害届出制度を整備したり、ISO15408の導入推進をやったりとか、ISMS適合性評価制度とか、とにかく実業にコミットしていくことにしたのです。人材育成にしても、誰かにカリキュラムに作らせて、そのカリキュラムを採用したら2分の1補助しますみたいなことはやめて、経済省でITスキル標準を自ら作りました。これは役人がプロと連携して自分で作って、自分でスキルのKPIを設定して、民間に使っていただいくと。また、スキル標準のフレームを活用しつつ自治体や大学と企業の連携をやっている事例を作りに行くとか、スキル標準を一つのビジネスとして捉える人達がITスキル標準ユーザ協会を作ってくれれば、その活動に協力をするとか、必要だと思えばどんどん実業の拡大にも自ら入っていく。その代わり、もしそれが使ってもらえないような代物なのであれば、自らのビジネス失敗だから撤退いたしますと。そういう方向に政策を切り替えていったんですね。
そういうスタイルだからこそ、今までの役人にはない資質が求められるようになりました。だいたい、ITスキル標準の活用なんて実際に経営をしているようなものですから、事業管理能力、資金管理能力、コミュニティ維持能力等が政策の企画立案にとどまらない様々な能力が問われるようになってきたわけです。これを身につけない限り、スキル標準準拠のカリキュラムを支援する、みたいなことだけでは、結局中途半端なバラマキマネーになってしまう。その先に見えるのは補助金悪徳エージェントみたいな人達で、その人達に国の予算がいいように使われて、あらお金が消えちゃった、ということになってしまうわけです。したがって、実業能力とか政策執行能力が無いのであれば、役人は何も言わない方がいいと思います(断言)。
逆に、利益を上げるというミッションのない役人が政策的観点から実業にコミットしようとするからこそ、政策評価もこれまで以上に重要になるんだと思います。能力もないのに、金だけ出してあーだこーだと口を出すのは、無責任だと思います。
---村上さんが代表例だと思いますが、経済省の情報ユニットの人たちは、人事面でも2年で他局に行くこともなく、このフロアの中で異動している例が多いですよね。そういう「業界のプロ」を育てる方向に本省の官房の方も理解してくれていると言うことでしょうか。
村上: そうですね。結果としては、そのような方向になっています。かつてであれば業界との癒着を心配する声もあったかもしれません。しかし、実業志向を取った以上、最後は世の中を動かすのは理屈ではなくて人間関係と信頼関係ですから、やっぱり2年か3年で理屈の政策だけ作っておいて、実行は担当者が変わりました、では動きません。
■情報産業とマーケットにおける「合成の誤謬」問題
---そうなると、土地勘を維持するというか、実業にコミットするリスクも当然発生する中で、業界の状況をしっかり分析していく能力も必要になってくるわけですね。
村上: 一度このオフィスでしばらく働いてみると、いいとおもいますよ(笑)。役所の中からは、産業構造がよく見えますね。ここに入ってくる情報量はやはりバカにしたものではないです。元々、人材的にもIT業界が好きな連中を揃えているということもありますけど、企業の人もよく来ますし。もちろんビジネス上の秘密で喋れないこともたくさんあるでしょうけど、それでも情報を集めれば、相当業界の中の構図が見えてきます。
ただ、業界の方は、どうしても短期的な売上げと自分の専門技術の領域に視野が限られがちという問題があります。商売である以上仕方がないことです。その人が長いスパンで業界を見る戦略性、即ち自分の企業の持っているコンピテンシーをしっかり位置づけられる能力を持っているなら、経済省の(幹部と言うよりむしろ)担当者と話すというのはすごく役に立つと思うんですが、そのような人が少ないのがまた悩み所です。
色々な企業の方と話す機会があるんですが、その度に思うのは、本来マーケットに流れるべき、個々の企業の強みとかの情報が流れてないということなんですね。だから、業界全体としてこうすれば凄い提携が出来るのに、「あの役員が嫌い」とか、ちょっとした思い違いで至極簡単な情報が横に流れておらず、具体的な動きに繋がっていかないこともあります。「合成の誤謬」とでも言うんでしょうか。現実には、そこを少し補うようなこともしています。ただ、こうした動きが出来ているのは、今いる職員個人の資質の側面(これは、良い面と悪い面の両面があります)も強いんですけどね。
また、業界調整のようなことがどこまで役人のミッションなのかという難しい問題はありますが、例えばハードウェア産業にしたって、国内であれだけ過当競争状態になっている中で、誰も何もしないでいた場合、過去に国内の大手ベンダが独自規格の競争に走ったあげく、ウインドウズにレントを持って行かれたのと同じようなことが家電の業界でも起きるのではないか。そういった数年単位での情報産業の動向を考えて経営判断できる人を業界にもっと増やさないといけないと思います。裏を返せば、みんなが企業の内側に籠もってしまうので、市場を効率的に運営するために必要な情報が市場に十分に提供されていないんです。ま、そんなことは、業界からすれば、余計なお世話だと思うんですけれど。(苦笑)
市場の競争は激しくなっていますから、下位企業とかは技術を持って安い製造費を求めて海外に打って出ることになります。すると重要な要素技術が、一部だとしてもそういう企業を通じて流出してしまう。それはマーケットメカニズムの結果なんだから良いじゃないかとも言えますが、そうなると安い労働力人口を抱えたアジアの国々に家電市場でのレントがどんどん移転してしまう。
このような状況を放置すれば、日本企業がボロボロ負けていくことだってあるでしょう。でも、市場の競争の結果だからいいじゃん、で本当に良いんですか?という疑問が我々には常にあります。だって(企業群を)を結べるキャピタりストやインベスターが今の日本には居ないじゃないですか。そういう情報は役所にいると相当に見えるわけですが、民間にもこういう役割を持った人がもっとたくさん出てこないと、IT産業全体が危険な状況に陥ると思います。こういう話はIT業界に限った話ではないと思うのですが、ITの業界は進化がものすごく速く、例えばPCなどは、国境を越えた競争という「黒船」がたまたま早く襲来し、勝海舟と西郷隆盛が談判している間に江戸を乗っ取られてしまったのだと思います。
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