「AIについて、どう思う?」――これは、筆者がテクノロジー分野のジャーナリストだとわかるやいなや、パブで必ず聞かれる質問だ。この漠然とした、答えにくい質問のせいで、せっかくのほろ酔い気分が一気に醒めてしまう。からっぽの胃袋にスパイシーマルガリータを2杯半流し込み、いい気分になっていても、誰かが「ChatGPT」やElon Musk氏の話題を持ち出したとたん、冷水を浴びせられたかのような気分になる。
もちろん、AIの発展に関心がないわけではない。筆者なりの意見もある。エージェンティックAIの可能性には大いに期待しているし、責任あるAI開発がなされていない現状にも強い懸念を抱いている。それでもときにはAIのことを忘れ、脳を休ませたい。AI業界は今、新しいツール、新しい機能、新しいノイズであふれている。筆者のメールアドレスには、実際にリリースされるかどうかもわからないAI製品の発表が毎日のように届く。本当に価値ある情報を読者に届けようと情報の山と格闘する毎日だ。
「AI疲れ」を感じているのは筆者だけではあるまい。スーパーボウルのCM、ニュース番組、屋外広告、ポップカルチャーなど、あらゆる場所がAIを打ち出すメッセージでいっぱいだ。巷にはAI生成コンテンツがあふれ、自らAIのすばらしさを喧伝している。Apple、Google、Meta、NVIDIA、OpenAI、サムスンといった大手テクノロジー企業はもちろん、AIスタートアップの新勢力も参戦して、この新しい市場での覇権を争っている。このカオスの中で、誇大広告と真実を見分けることは難しい。
企業はデバイス、特にスマートフォンにはAIが不可欠だと消費者に訴えているが、率直なところ、多くの人はそう思っていない。ChatGPTや「DeepSeek」といったAIアプリは絶大な人気を誇り、世間の関心の高さを示しているが、だからといって人々がAIサービス、ましてや複数のAIサービスを高い料金を払ってまで使いたいと望んでいるわけではない。
2024年9月に米CNETが発表した調査では、回答者の45%がAI機能の有料サブスクリプションに関心がないと回答し、25%はAI機能が役に立つとはまったく思わないと答えた。スマートフォンを買い換える理由として、多くの人があげた答えの上位3項目は、バッテリー駆動時間、ストレージ容量、カメラの性能であり、AIをあげた人はわずか18%だった。
「Apple Intelligence」を「iPhone 16」シリーズの売り文句の1つにしているAppleを含め、一部のスマートフォンメーカーはAIを差別化のカギと位置づけ、アップグレードの推進材料とするなど、AIは製品だけでなく、ブランドそのものにも影響を及ぼしている。その一方で、AI偏重のメッセージは各社が実際に何を目指し、何を達成しようとしているのかを分かりにくくしている。
2025年3月に開催された「Mobile World Congress(MWC)」の基調講演で、栄耀(Honor)はAIへの大規模投資を発表した。その際に同社が披露した、未来のビジョンを示すAI生成ビデオは、温かみや人間味にかけるがゆえに、ほとんどディストピアの様相を呈していた。AIについて、壮大だが具体性のない夢のようなことを語っている企業はHonorだけではない。この、とにかくAIを投入して、あたればラッキーという姿勢は、テクノロジー業界全体に広がっている問題だ。ブランド戦略に詳しいEugene Healey氏は、AIサービスの宣伝に共通する、このとらえどころのなさをTikTok動画で指摘している。
この動画の中で、Healey氏は「AIマーケティングの世界は不毛だ。誰も自分たちが何をしているのかを明言しない」と指摘している。「ブランドは、からっぽの器であってはならない。業界他社があいまいな言葉を繰り返している状況では、具体的な何かで知られていることは強力な武器になる」
このことを理解している少数の賢明なテクノロジー企業は、あえてAIを語らないという戦略をとっている。筆者はMWCで英国のスマートフォンメーカー、Nothingの共同創業者であるAkis Evangelides氏に取材した。同氏によれば、Nothingの最高経営責任者(CEO)のCarl Pei氏は社内で「AI」という言葉の使用を禁じたいと考えていたという。「私も賛成だ」とEvangelides氏は言う。「市場は混乱しすぎていると思う」
競合がひしめくスマートフォン市場において、比較的新参者のNothingは、テクノロジー業界の枠にとどまらない、大きなトレンドを取り入れたブランディングによって競合他社との差別化を図っている。もちろん、NothingがAIに投資していないわけではない。それどころか、積極的に取り組んでいるが、AIによって自社のブランディングを不必要に変えたり、意味のないギミックを取り入れたりする罠を巧みに避けている。
この点で、Nothingは他のテクノロジーブランドがまだ受け入れられていない本質的な真実を理解しているように思える。それは、消費者にとってAIはそれほど魅力的ではないという事実だ。製品の広告にAIが出てきても、人々の購買意欲に火は付かない。むしろ、逆効果であることさえある。
2024年6月にワシントン州立大学が発表した研究によると、製品やサービスの説明に「人工知能」という言葉が含まれていると、消費者の「購買意欲が低下する」ことが明らかになった。
研究チームによれば、その要因の1つは、企業が製品のAI機能を実際よりも誇張して伝える「AIウォッシング」だという。研究チームの一員で、ワシントン州立大学准教授のMesut Cicek氏はメールの中で、「企業は、ちょっとしたインテリジェント機能しかない製品を、さもAIを駆使した製品のようにアピールする傾向があるため、消費者は企業の主張を疑ってかかるようになっている」と指摘した。
企業がAIをユートピア的に描き、AIはおしなべて善良で、役に立つ資産であるかのように宣伝していることも、AIに対する人々の実感とかけ離れているように見える。Cicek氏によれば、人々はAIに恐れや不信感を抱いており、AIが雇用や社会に与える影響、個人情報が悪用される可能性に不安を抱いている。こうした不安はAIに対する人々の受容度を左右する。
テクノロジー企業で働いている人々がみな、AIが社会でどう受け止められているかを理解していないわけではないが、人々の不安にどう対応するかについて、社内の足並みがそろっているとは限らない。AIを積極的に推進している大企業の中にも、企業が発信する大量のメッセージが人々を圧倒していることを認識している人はいる。しかし業界はまだ、AIの価値を人々が理解し、受け入れられる形で伝える方法を編み出せていない。
AIに関しては、むしろ控えめである方が効果的なのかもしれない。Cicek氏は「自社の製品やサービスの詳細をありのままに伝える」ことが重要だと説く。企業は、AIの特徴、潜在的な問題、そしてこうした問題への対応策を具体的に、かつ明確に説明する必要があると同氏は言う。
ここ数年、人々はAIの誇大広告に翻弄されてきた。今後、AIが消えることはないだろう。しかし楽観と悲観の間で揺れ動く情報の洪水から、少しでも逃れることができればと願う。AIが社会に課題を突きつけていることは間違いなく、この課題を無視できる人はいない。しかし、AIをめぐる議論にしっかりと向き合うために、筆者はAIから離れる時間も確保していくつもりだ。だから筆者がパブでAIに関する質問への回答を拒んだとしても、どうか気を悪くしないでほしい。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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