テクノロジー製品に開発の遅れはつきものだ。しかし、Appleが先頃、音声アシスタント「Siri」の次世代バージョンが遅れていると認めた(リリース時期について、「今後1年以内」という以上の詳細は発表されていない)ことは、秘密主義を常とする同社としては異例といえる。
さらに異例なのは、その問題が次世代のSiriにとどまらないことだ。現行バージョンでも後退しているように思われる。Redditのスレッド(およびDaring FireballブログとMacRumorsの報道)によると、「What month is it?(今は何月?)」とSiriに尋ねると「I don't understand(分かりません)」という答えが返ってきたという。筆者が試しても、確かに同じ結果だった。「iOS 18.3.2」版のSiriと、話題を呼んでいる「Apple Intelligence」が搭載された最新の「iOS 18.4」ベータ版のSiriのいずれでもだ。
このくらい基本的な質問なら、解析リクエストの負荷が高いとは考えにくい。その答えが想定されてこなかったのは、昏睡状態から目覚めたとか、無人島から救出されたという状況でしか出てこないような質問だからなのかもしれない。それでも、「Pixel 6 Pro」で同じ質問をすれば現在の日付が返ってくる(公平を期すために言っておくと、厳密には求めたとおりの回答ではないが、少なくとも正しい情報は提示された)。
こうした現状のすべてに、株主も、またジャーナリストや顧客も歯がゆい思いを抱いている(もっとも、われわれジャーナリストはいやおうなく慣れてしまっているが)。Appleの音声アシスタントに関して一定水準の能力を期待していてそれが得られないとなれば、なおのことだ。そして、その秘密主義が原因で、例のごとく何カ月も「Appleは人工知能(AI)で後れをとっている」という批判がなされ、Apple Intelligenceの発表につながることになった。以上の点を踏まえれば、社内で(また)AI分野をめぐる幹部の刷新があったという報道にも説明がつく。
投資家やメディアの圧力に対して(Appleとしては)異例の措置をとったこと、そして準備万端とはいえない機能を発表したことで、Appleは事態を悪化させてしまったのかもしれない。アナリストや報道各社、ファンなどの推測が正しかったと裏付けた結果になっている。
これまでどおり、秘密主義に徹して、出荷準備が整う直前くらいまで特性や機能のプレビューを公開しない方が、Appleの動きとしては賢明だろう。
製品開発に関して、Appleの取り組み方はこれまで一貫していた。発表できる状態になるまで終始、必要とあれば何年でも、プロジェクトを秘密裏に進めるという方針だ。発表の時点では完全とは言えないことも多いが、一般向けに発表できるようになった段階で、中核的な特性と機能はすでに存在している。
その例はいくらでも挙げることができる。「Vision Pro」が製品としては成功していないという意見は妥当だ。高価であり、顧客や開発者の間で広く採用されてはいない。装着感も快適ではない。しかし、処理能力、マイクロOLEDディスプレイ、「visionOS」といった根幹的な要素は、確固たる基盤としてすべてそろっている。
ある製品の存在が早い段階で大々的にリークされたとき、Appleは大抵最終版を発表する。まだ機能が限定的な段階でも、である。2007年の「Macworld Expo」開催前まで、Appleは携帯電話を発表するだろうという予測が多かった。特に、当時は「iTunes」を搭載していた携帯電話「Motorola ROKR E1」で失敗したという背景もあったからだ。しかし、物理キーボードを廃した全面スクリーン型で、フルブラウザーまで搭載するなど、それまでの携帯電話とかけ離れた製品になるとは誰ひとり予想していなかった。
今回の状況が当時と異なるのは、AppleがApple Intelligenceの基盤として進化したSiriを約束したのは、投資家やメディア各社、アーリーアダプターに期待をかけられ、それに反応した形のように見えるということだ。各関係者は、単にAIが採用されるだけではなく、AIを即時に利用できることにこだわっている。Appleは、競争力のある機能を携えたAI市場の積極的なリーダーと目されなければならない。そして、その機能の実現も間近なはず、という期待がある。
今後見込まれているものといえば、ほかにもある。毎年恒例の新型「iPhone」の投入だ。Appleも、他のスマートフォンメーカーと同様、新しい端末の売り上げがAIによって大きく左右されると認識している。現在は、「iPhone 15 Pro」と、登場から半年経った「iPhone 16」シリーズの各モデルしか、Apple Intelligenceを実行できるだけの処理能力を備えていない。だからこそ、2024年の「WWDC」の基調講演ではApple Intelligenceが強調された。そして、間もなくSiriがインテリジェントなエージェントとなって、iPhoneのあらゆる部分からデータを取得し、「母の乗った飛行機の到着予定時刻は?」といった問いに答えられるようになることも約束されたのである。
「ChatGPT」をはじめとする大規模言語モデル(LLM)は、記録的なペースで進化を続けている。会話の機能はますます自然になり、大量の情報をうまく要約できるようになってきた。例えばリアルタイムの文字書き起こしにしても、いつも手書きのメモを相手に格闘していた筆者のような人にとっては、空前の変化をもたらしている。
とはいっても、そうしたAIの技術はGoogleやOpenAIが期待するとおりの進化を遂げているわけではない。われわれのことを知り尽くしているインテリジェントなエージェントに自社のAIの未来を賭けているのは、Appleだけではないのである。
おそらくAppleは、Googleと同じく、LLMの機能が進化する驚異的なペースを前にして、現在直面している数々の困難も、何回かの簡単なバグ修正とAIモデルの再コンパイルで解決できそうだと判断したのだろう。その困難を解消できれば、各機能をつなぎ合わせて次世代のSiriとして発表するのは、数カ月でできる。そう見込んだのかもしれない。
しかし、その期待どおりには進んでない。AIのハルシネーションや不適切なデータが依然として問題になっている。食習慣として1日1つ小さな石を食べるべき、というおかしなAIの提案に従うわけにはいかないだろう。
Appleが腐心している理由は、Siriの開発計画を遅らせなければならないことだけではなく、それを公にしなければならない点にもあるのではないか。たとえ次世代のSiriが近い将来に登場しないとしても、引き続きApple Intelligenceの機能を改善していくチャンスは十分にある。「iOS 19」や「iPhone 17」の各モデルに対する取り組みと、「WWDC 2025」に向けた準備が進行していることは間違いない。有能なアシスタントに対する期待が薄らいだからには、Siriの未来はここから良くなっていくのかもしれない。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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