NTTコミュニケーションズ(NTT Com)は2019年から、新規事業創出を目的としたオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」を展開している。5年強に及ぶ活動の中、社内とスタートアップのマッチングから事業化まで一定の成果を挙げつつ、毎年新たなチャレンジを実施。大企業における効果的なスタートアップ共創の在り方を模索し続けている。
2月13日には活動の一環として、「Meet Startups 2025 ~Connecting Innovation, Shaping the Future~」を開催した。同社が見出した世界の注目スタートアップ10社やNTT系のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などを東京・大手町の本社に招き、社員とのネットワーキングを促すイベントだ。イベントの内容と最新の活動状況について、ExTorchのメンバーに聞いた。
オープンイノベーションプログラムであるExTorchは、課題を抱えるNTT Com社内の事業部に対して注目のスタートアップを紹介し、共創によって新たな事業やビジネスにつなげることを目的としている。
共創の成果は、同社の主力事業であるネットワークやクラウド、セキュリティといったICTサービス向けのテクノロジーや、スマートヘルスケア、スマートモビリティ、スマートシティといった次世代型ソリューションに実装したのち、NTTグループ内での展開を含めた新規ビジネスへ進化する。
実績例としては、韓国企業3iとの共創で実現したファシリティマネジメントサービス「Beamo(ビーモ)」の事業化(エヌ・ティ・ティ・ビズリンクにてサービス提供中)や、福祉機器を開発するマリスcreative designとの視覚障がい者向けAIデバイスの開発などがある。
活動当初は「イベント型」プログラムを採用していたExTorchは、第二期となる2022年の途中から「通年型」に移行。外部に公募をかけてマッチング・事業を採択し、事務局のメンバーが伴走した成果をイベントで発表、事業化を検討するというスキームから、社内の要望を受けてその都度マッチングを行う形へと移行している。
その背景には、「イベントが目的化してしまう」ことと、「本来の活動趣旨が社内外に伝わりにくい」という2つの課題があったという。ExTorch事務局のリーダーを務めるNTT Com イノベーションセンター プロデュース部門 担当課長 齊藤基樹氏は、「イベント型だと、共創を一斉に開始してからゴールに至るまでの約2年ほどの伴走期間が必要となるため、新たな募集が出来ない期間が発生する。社内でアイデアが出ても、イベントスケジュールから外れているため、アイデアをExTorchとして吸い上げることができなかった。 通年型にシフトしたことで、事業部の課題をヒアリングしてそこに合ったスタートアップをマッチングさせる活動の件数が増えた。実際に紹介したものも形になってきた段階」と話す。
「イベントから育て上げる形だと、実は成功するものも少ない。その結果社内からも、ExTorchはイベント名、もしくはイベントを企画している組織と誤認されることがあった。通年型に移行したことにより、今はしっかりと事業部の課題に伴走できるようになり、事業部が目指している方向性・課題と、スタートアップをうまくマッチングし、新しいビジネスにつなげるという本来の活動を展開できている」(齊藤氏)
ExTorch活動を浸透させるため、2500人以上が参加するスタートアップ専用のコミュニティに対して積極的な発信を行っている。また、オウンドメディアとしてExTorchのページを開設して記事を掲載する活動も開始した。NTT Com イノベーションセンター プロデュース部門 野坂佳世氏はそれらの活動の結果として、「今まではExTorch側から事業に関連しそうなスタートアップの情報を提供する“リサーチャー”的な役割が多かった中で、事業部側からの問い合わせが増え、“窓口”として機能するようになった」と、変化の様子を語る。
「最近では、事業部からスタートアップの情報が欲しいというリクエストもありつつ、次年度の各事業部の方針や活動計画の立案の時期に、『一緒にポートフォリオの話をしたい』とか、『イノベーションセンターとして来年取り組もうとしている、注目している領域を教えて欲しい』といった声が掛かるようになった。事業部自身の参考になるような情報提供という部分でも、少しずつ頼られ始めていると実感している」(野坂氏)
そのほか2024年度からの新たな取り組みとして、同社の技術戦略部門との連携も挙げられる。2024年度から技術戦略部門に所属して戦略を策定していた齊藤氏がExTorchのリーダーに就任し、よりNTT Comの全社戦略と密に連携した活動へ昇華した。次年度からは、NTTドコモグループの新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」との連携を深め、より大きな化学反応が生まれることを目指していくという。
そしてもう1つの新たなチャレンジが、2月13日に開催したMeet Startups 2025だ。
Meet Startups 2025は、シリコンバレーのインキュベーション施設に常駐するNTT Com イノベーションセンター プロデュース部門 担当部長 小室智昭氏が注目スタートアップを招待してマッチング機会を提供していた「Meet Silicon Valley」を前身としたイベント。
Meet Silicon Valleyは社内の勉強会という形で始まり、NTT Comの顧客も招待するなど、徐々に枠組みを拡大させつつ、約10回ほど実施したという。
2025年からExTorchが受け継ぐ形で、若手メンバーの意見を中心に全体的にリニューアル。ExTorchの本質である社内とスタートアップの連携を打ち出すべく、前年まで外部の顧客が多かったという聴講者構成を約半数が社員という形に変更している。
具体的には、参加するスタートアップをシリコンバレーに限らず、日本や韓国、イスラエルなどの各国から招へい。コンテンツはグループCVCによるパネルディスカッションや、ExTorchを通じて共創が進んだ事例紹介などを取り入れ、より多方面からのアプローチで共創を促す枠組みとした。
小室氏はMeet Startups 2025において、シリコンバレーのトレンドを紹介するスピーカーとして登場した。これまで日本でも利用者が多いCloud Content Managementのパイオニアなど、多くのスタートアップを発掘して自社サービスにつなげてきた実績を持つ同氏は、シリコンバレーのスタートアップの特徴として、ビジネス化することに貪欲なことを挙げる。
「日本のスタートアップは自分でやることが好きで、技術者目線で物事を考える。一方、米国のスタートアップは、技術者と経営とセールスというトライアングルをうまく回しながらビジネスを拡大しようとしている」と話す。
また、スタートアップが世界に分散する傾向にあるなかで、シリコンバレーに常駐するメリットとして「さまざまな領域のスタートアップがいることと、投資家が同地に残ったままなので最終的に多くのスタートアップが戻ってくること」(小室氏)を挙げた。
小室氏は今回のMeet Startupsでも、複数のスタートアップを招いている。そこから本来の目的である共創がうまくいくための秘訣について同氏は、「外部から『こういうビジネスチャンスもある』ということを教えると共創につながることが多い。今回のイベントはまさにそういう機会で、膝を突き合わせて考えても解決策は出てこない。それぞれに多様なバックグラウンドや知見があるので、1つのリソースからたくさんのアイデアが出てくるはず。イベントを通じて聴いている人が新しいオポチュニティを見つけて、シナジーが生まれてほしい。日本の企業は先にミッシングピースを探し、それを埋められるスタートアップを探そうとするが、それだと失敗することが多い。そうではなく、一緒にビジネスをすることでうまくはまる形に持っていけるかもしれないし、自分たちが考えていないものができるかもしれない。それが大企業とスタートアップの共創の醍醐味だ」(小室氏)
Meet Startupsでは、小室氏による最新のトレンドレポート紹介のあと、NTTグループのCVCを交えたパネルディスカッション、スタートアップとの共創事例の紹介と続き、後半にスタートアップ10社のピッチが行われた。終了後には、会場内でネットワーキングの時間が設けられた。
冒頭の挨拶では齊藤氏が、今回のMeet Startupsの意図を説明。「先進的なスタートアップの技術を取り入れたいお客様とシリコンバレーのスタートアップをつなぎ、共創のきっかけを提供したいという思いで10年間、Meet Silicon Valleyを実施してきた。名称を変更した今回は、シリコンバレーに限らずグローバルの先進的スタートアップを紹介したい。社内の力とスタートアップの間を取り持って、顧客や社会の課題解決の支援をしてきた。解決して欲しい課題を私たちにどんどんぶつけていただきたい」と語った。
続いて登壇した小室氏は、2024年末から2025年初頭にかけて米国で開催されたイベントのレポートという形で、米国のテックトレンドを駆け足で紹介した。
まずAWSの「re:Invent2024」に関しては、「CEOのキーノートでの発表内容の変遷を見ると、2022年のトップはコンピューター関連の話が多かったが、2023年にAIが上がってきて、2024年はAIを便利に使える機能がたくさん出て、AIを実ビジネスに役立てるというアナウンスが多かった」と総括した。
次に、全米小売業協会(NRF)が主催するリテール系のイベント「NRF2025」に言及。「AIとインダストリー」「スマートカート」「IoT×ID×サステナビリティ」の領域でそれぞれ注目のスタートアップのテクノロジーを紹介した。
最後に、CES 2025のレポートを発表。今年の参加者数・出展社は微増であり、2023年から2025年の出展傾向は、23年が「スマートホーム」、24年が「AI」、25年は「デジタルヘルス」がそれぞれトップだったという。AIについては、スマートリングのCircular、節水を支援するデバイスを開発するHydrific、設計図向けのAIのCADDi、オンプレミス型ディープフェイクのCyberetteの4社を紹介した。
また、「個人的に面白かったもの」として、アクセシビリティ(障害物検知)の技術を紹介。Haptics(触覚伝達)技術により誰にも当たらずに歩ける.Lumenの両目をヘッドマウント型デバイス、TDKのセンサーが搭載されたスピーカーを使ってナビゲートもしてくれるWeWalkのスマート白杖、Tech Hub Yokohama”のオープニングセレモニーにも登場したGlidanceの移動支援装置を紹介した。
パネルディスカッションには、NTTドコモ・ベンチャーズ Director 貝沼篤氏と、NTTファイナンス グループファイナンス部 投資戦略部門 大西貴久氏が登場した。
NTTドコモ・ベンチャーズは、ドコモグループだけでなくNTTグループ全体をカバーするCVCで、NTTグループと協業可能性のあるスタートアップに出資している。NTTドコモ・ベンチャーズでは、ドコモグループ向けのファンドとドコモグループ以外のNTTグループを対象としたファンドの2つのファンドを運用しており、それぞれのファンドごとに注力テーマを持っている。
ドコモ向けのファンドでは、金融・決済、あんしん・安全、エネルギーといったといったtoC向けのビジネス領域のほか、マーケテイングソリューション、エンタメといった分野にも注力している。そのほかにも、NTTコム、コムウェアを対象とした法人ソリューション領域や、長期的な目線で見た時の飛び地の事業領域などもテーマとして掲げている。
もう一方のファンドも幅広いテーマを掲げているが、NTTが有する研究所の活動領域も対象としていることから、技術的な量子やエネルギー、宇宙といった、ディープテックよりテーマが多いのが特徴的。このようなスタートアップは成長に時間がかかるため、出資後、長い時間をかけて事業連携を模索していく場合もある。
NTTファイナンスは、 NTTグループの金融事業を手掛ける会社。VC事業は1997年から開始しており、元々は純投資で財務的リターンを得る方針としていたが、「昨今の機運の高まりを受け、グループのオープンイノベーション推進に注力するようになった」(大西氏)という。投資エリアは、ICT、エレクトロニクス、AI/IoTが多く、事業会社と連携がしやすいミドルからレイターステージのスタートアップに投資をしているとのこと。
最初のテーマは、「事業会社はどんな時にCVCに相談をすればいいのか。どう話しかければいいのか」。貝沼氏は、「組みたいスタートアップまで具体的に定まってなくていいが、困っているポイントや課題の特定までは固めておいてほしい。そうすれば、こんなスタートアップがあると紹介できる。現状分析と仮説は粗くてもよいので持っていてくれると話が建設的に進む」と回答。大西氏は、「グループの事業会社をファイナンス面で支援する会社という役割があるため、事業化やビジネス化は少し先というものでもサポートできる。長いスパンで相談してもらえるとありがたい」と回答した。
続いて、投資・共創事例について。NTTドコモ・ベンチャーズはNTTと陸上養殖のジョイントベンチャーを立ち上げたリージョナルフィッシュ、NTT東日本が強力な営業力を発揮している企業向けクラウドストレージのファイルフォース、研究所がAI共同研究をするために投資をしたSakana AIとの事例を紹介。「代理店販売や共同開発、共同研究、スタートアップのサービスの裏側にNTTの技術を採用またはその逆など、さまざまな協業のパターンがある」(貝沼氏)とした。
NTTファイナンスは、その後の共創事例セッションにも登壇したマリスcreative designをはじめ、イスラエルの生成AI企業D-Identification、量子コンピューターのソフトを開発している豪州のQ-CTRLを挙げた。マリスcreative designはExTorchの紹介で出資をしていて、「社内でも評価されていて、その後のビジネス連携でも他のスタートアップとつながっている好事例」(大西氏)と紹介した。
セッション後には10社のスタートアップピッチが行われ、終了後会場に登壇者・参加者が残ってスタートアップの展示とネットワーキングが行われた。ちなみに前年度のイベントでは、スタートアップが10社参加したうち、2件が共創によるPoCに進んだという。今回のExTorchプロデュースによる新生Meet Startupsの試みはこれからどのような化学反応を起こしていくのか、興味深いところだ。
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