なぜPayPayは他のスマホ決済を圧倒できたのか--「やり方はADSLの時と同じ」とは

大野泰敬(スペックホルダー)2025年02月21日 12時03分

 「当たり前のことを、ただ普通にやっているだけです」──。そう語るのは、急成長を続けるキャッシュレス決済サービス「PayPay」を運営するPayPayで執行役員 営業統括本部長を務める笠川剛史氏だ。

 2018年10月のサービス開始から、わずか6年ほどで6700万超(2024年12月時点)のユーザー数と、日本全国の主要チェーンをほぼ網羅する加盟店数を獲得。いまや“国民的アプリ”の一角を占めるまでに成長した。その秘訣を尋ねると、意外にも「ADSL立ち上げのときと同じやり方をそのままやっただけ」という言葉が返ってきた。

出典:プレスリリースより 出典:プレスリリースより
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 ADSLといえば、かつてインターネット回線普及の立役者として通信業界をソフトバンクが塗り替えた事業だ。街頭でのローラー営業や大量の人員配置を含む“アナログ”な手法が、当時の爆発的なシェア拡大に貢献した。しかし、2020年代においても、その根本的な組織づくりの考え方は色褪せていないどころか、むしろ「最初こそアナログで地道に面を取る」からこそ、成功への土台が築けるという。

 筆者が感じたPayPayの組織づくりの肝を、インタビュー内容や筆者自身のマネジメント体験を絡めながら紹介したい。「いきなり効率化・デジタル化を狙わずに、アナログで攻める」とはどういうことなのか。そして、なぜ「ラグビーチームのような一体感」が大きな成果を生むのか。新規事業を爆速で立ち上げたい経営者やリーダーのみなさんに、ヒントをお届けできれば幸いだ。

「最初からデジタル一本化しない」――地道なローラー営業の強み

 笠川氏によると、同社の急成長の要因の一つは、「最初の段階で効率化を追い求めるのではなく、いったんアナログの力で“面”を取りに行くこと」だという。

 「アプリのUI/UX改善やマーケティングも当然重視している一方、そもそも使える場所が少なければユーザーは定着しづらい。だからまずは町の小さなお店から大手チェーンまで、一軒一軒しっかりと加盟店を拡大する。そこに一見、非効率とも思えるほど大量の営業スタッフを投入して、とにかく“使える場所”を作っていく。ユーザーは『どこでも使える』からこそPayPayをやめなくなるわけです」

 ADSL普及の際もそうだった。当時も街頭パラソルによる手売りや大量の営業社員を動員し、短期間で世帯普及率を一気に引き上げることに成功した。

 「最初は“汗をかく”ことをいとわない。最速で立ち上げるには、やはり地道でアナログな面の押さえが必要なんです」との言葉は、IT全盛の時代にあって逆に新鮮ですらある。

ラグビー型組織の醸成――陣頭指揮とフラットな関係が生む一体感

 もう一つの特徴は、社内の雰囲気がまるでラグビーチームのように“全員が同じゴールを目指して突き進む”ところだ。笠川氏自身も「拠点の長が本気で走れば、部下は黙ってついてくる」と語るように、上司は先に立って泥をかぶり、部下が自由に動きやすい環境を作る。

 「管理というより、サポートと信頼が基本。部下それぞれが得意分野を最大限に活かせるように、マネージャーやSV(スーパーバイザー)が背中を押す。すると、全員が自分のポジションで思い切り力を発揮できるんです」

 まさにラグビーの試合で、フォワードが体を張りバックスが機敏に走るように、役割は違えど同じ目的を共有しているからこそ、巨大な組織が一斉に動き出す。筆者自身、かつて部下50名を“管理”する立場だったが、その当時はどうしても指示命令型になり、自分のキャパシティを超えた結果を引き出すのが難しかった。ところが、PayPayのチームを見ると、トップのコミットが強固だからこそ、現場も自主的に動き続ける。

 「有言実行」はこの組織文化のキーワードだ。掲げた目標は必ずやり切るし、コミットを口にした以上、最後まで責任を持つ。そんな覚悟が全レイヤーで共有されているからこそ、各拠点・各チームが想像以上のスピードで成果を上げるのだ。

組織づくりのカギは「最適な配置」と「コミットメント」

 特に目を引いたのは、拠点長・エリアマネージャー・SVといった立体的な組織設計だ。ADSL時代の経験を持つ“現場の勝ち方”を知るリーダーたちを、必要なポジションに素早く配置し、段階的に人数を増やした。


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 「いくら最初はアナログ営業に力を注ぐとはいえ、組織が数千人規模になると、きちんとマネジメントしなければ空回りする。そこで、ADSL時代からの“営業現場を知り尽くしたリーダー”を核として拠点長、エリアマネージャー、SVといった層をしっかり構築している。さらに、彼らがコミットし、部下たちも『有言実行』を徹底する文化を根付かせているんです」

 「コミットする=自分が責任を持って、最後までやり抜く」。口で言うのは簡単だが、多忙な現場では実践が難しい。しかし、PayPayやADSL時代のリーダーたちは、そのコミットメントを徹底してやりきる。だからこそ、「上司があそこまで必死になっているなら、私も頑張ろう」という空気が広がり、自然と現場のモチベーションも高まり続ける。

新規事業成功は「組織設計」が最初の勝負所

 今回の取材で改めて痛感したのは、「最速で新規事業を立ち上げるには、組織人事の設計が何よりも大切」ということだ。優れた企業事例を振り返ると「人をどう集め、どんなカルチャーを育み、誰をリーダーに置くか」が早い段階で勝負を決めるといわれる。どのようにチームを編成するか、どのようにリーダーを配置するか、そしてどのような文化(コミットメントやラグビー精神)を醸成するか。これを最初に設計し、本気で実行に移せるかどうかが、急成長の分かれ目になる。

 笠川氏が「当たり前のことを当たり前にやっているだけ」と言うのは、決して謙遜だけではないのだろう。突き詰めれば、その“当たり前”を毎日やりきる組織文化があるからこそ、爆発的な成果が生まれる。並大抵の企業では実行までこぎつけられないことを、彼らはやり続けている。広告費やキャンペーンが注目されがちだが、実際には泥臭く面を押さえ、ラグビーチームのような一体感を醸成し、メンバー全員が“有言実行”を貫く。そうした積み重ねが、爆速成長の要になっているわけだ。

“アナログ&人間味”がむしろ強さを生む時代

 IT化や効率化が重視される現代において、「まずはアナログの力で面を取る」というのは一見、遠回りに見えるかもしれない。しかし、PayPayの事例を見れば、それはむしろ“最速で勢力拡大できる”王道手法だといえる。

 そして、そこで働くメンバーが“ラグビー部のような仲間意識”を持ち、全員が自分らしく力を発揮しているからこそ、想像を超える成果が出る。陣頭指揮をとるリーダーが率先垂範し、部下に裁量と信頼を与える。そんな組織こそが、急成長する新規事業の原動力になるのだ。

 新規事業を短期間で軌道に乗せ、さらには持続的に発展させる企業を振り返ると、いくつかの共通点が浮かび上がる。最適な人材の配置を最優先し、単なる利益ではなく、明確な目的意識を掲げる。そして、現場を熟知するリーダーが率先垂範し、規律ある行動とイノベーションを両立する組織文化を浸透させる。こうした要素だ。

 「大事なのは当たり前を当たり前にやり続けること」とは、決して口先だけで言えるものではない。先人たちの研究や実践例が示す通り、優れた企業ほど初心を忘れず、組織の在り方を地に足の着いたスタンスで形にしていく。PayPayの例は、それがいかに大きな成果を生むかを、改めて証明しているように思える。

大野泰敬
スペックホルダー 代表取締役社長
朝日インタラクティブ 戦略アドバイザー
麗澤大学客員教授

多様な分野で活躍する事業家兼投資家。ラジオNIKKEIなど複数のFM番組でメインパーソナリティとして活躍。通信会社などで勤務した後独立し、コンサルティング会社を設立。20社の大手企業に対し事業戦略、M&A、資金調達のサポートを行い、高い実績を築く。テクノロジー分野の深い知識を生かし、東京オリンピックのITアドバイザー、麗澤大学、農林水産省、明治大学での客員職を務める。特に、大企業と地域企業を連携しながら、新たな事業機会を創出し、地域社会の課題解決に尽力。農林水産省主催のビジネスコンテスト審査員長や、農水省持続可能な食の検討会議委員としても活躍

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