企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。引き続き、サンデン・リテールシステム(サンデンRS) 常務執行役員 CTO & CIO R&D本部・IT本部 本部長の大木哲秀氏との対談の様子をお届けします。
後編では、新世代型の自販機として成功を収めたど冷えもん開発の裏話と、普及に至ったポイントについて伺います。
角氏:変わった自販機とはどのようなものだったのですか?
大木氏:まずは紙パック飲料の自販機ですね。中でロボットが飲料を取りに行く動作が外から見られるもので、視覚的にも構造的にも面白い技術を使っているのですが、紙パックの市場自体が小さいのでそれほど売れませんでした。
角氏:スーパー銭湯とかにありますよね。そのほかには?
大木氏:2008年くらいに、ソニー・ピクチャーズさんとジョイントベンチャー(JV)を作ってDVDレンタル機器を開発しました。当時はCDやDVDのレンタルは大手2社がしのぎを削っていたのですが、米国ではマクドナルドにDVDレンタル機器が置いてあって、それを日本ではコンビニに置いてやろうと。その際に、自販機では過去にやったことがない商品の個別認証と購入者の識別を行ったのです。今大手ファストファッションがやっているような、RFID(電波でICタグ内の情報を非接触で読み取る自動認識技術)のユニークコードを読んで管理をするというもので、データベースを作って商品データを管理をする仕組みは無人コンビニの時に作っていて、その時の成果を活用しました。技術的にもビジネスモデルとしても良いものができたのですが、それはフィールドテストをして終わりにしたんです。
角氏:JVまで作って、なぜ辞めたのですか? 普及していたら便利そうですけど。
大木氏:ストリーミングが出てくるといううわさを聞いたんです。このままいってもダメだろうと。まさにいま市場はそういう状況になっていますよね。
角氏:2008年の段階でディスラプトされると気付いたのですか。
大木氏:それで次は全社的な企画部門に移って、エネルギー系の事業を担当しました。再生電源というか、エコキュートですね。某メーカーのスマートハウス構想が立ち上がっていて、家の電気を組み込みのDC(直流)電源化して、太陽光パネルで作った電源をそのまま家の中で使えるようにしたいということで声がかかったんです。われわれとしても、コンビニがDC電源化する可能性もあったので一緒に取り組んだのですが、今度は2011年の東日本大震災で原発が止まり、余剰電力がなくなる状況になって頓挫してしまいました。
角氏:ずっと周囲の環境の影響を受けて失敗していたんですね。
大木氏:その後コンビニ向けてコーヒーマシンを開発し、多くのコンビニで採用されました。そこでは一応成功しましたが、その後海外販売を目指して大手コーヒーチェーンにあの手この手で営業をかけて基幹店に採用してもらえたものの、そこから先はうまくはいきませんでした。
角氏:それらの取り組みがど冷えもんの開発につながるんですね。まず、仕組みについて簡単にご説明をいただけますか。
大木氏:一言でいうと、冷凍食品を販売する自動販売機です。食品を冷凍する仕組みは別で、われわれは冷凍された商品を保管して販売する仕組みを提供します。企画を出したのが2018年で、当時のコンビニの売上データで、伸びている販売カテゴリーは冷食だけだったんです。個食化する中で冷食が使われ始めていて、特にある大手コンビニエンスストアの108円の冷凍食品がすごく伸びが良かったんですね。自分でも買っておいしいのは分かっていて、調べてみるとオフィスでもレンチンして袋のままスプーンで食べられている。ならば自販機ニーズもあるだろうというところから企画を始めました。
まずナショナルブランドの冷食のサイズを全部調べて販売できるようにして、2019年に展示会に出してデモにも成功し、量産化を決定した頃にコロナ禍になったんですよ。
角氏:コロナ禍が売れるきっかけになったと評されていますが、当時はどのように感じていましたか?
大木氏:お客様の投資がゼロになってしまったので、完全に向かい風です。それで2021年頭には冷凍食品の自販機を出せるところまでは決まっていたのですが、どうしたものかと。そうしたら、ちょうどその頃にロックダウンしている外食業界で冷食を売りたいというニーズが出てきて、東京・四谷のラーメン屋さんがラーメンとスープを冷凍させた商品を店先で売ってくれた事例が話題になったのです。さらに中小の外食店に補助金が出たので店舗が設備投資できるようになり、小規模な急速冷蔵庫が発達したこともあって、個人経営の外食をメインにど冷えもんが入っていくようになりました。
角氏:今までは外部の環境変化でつらい思いをしてきましたが、ど冷えもんはようやく外部の環境変化が追い風になったんですね。売れましたか?
大木氏:はい(笑)。発売して半年後に1000台に到達し、最初の1年で4000台売れました。
角氏:機械の単価やサイズを考えると、ものすごいですよね。それは今も続いていますか?
大木氏:今も売れていますね。ちょうど1万台を超えたところです。
角氏:実際に全国のさまざまな場所に設置されていますよね。その後はどのように広がっていったのですか?
大木氏:外食系の次が、正肉鮮魚の食材系です。2000~3000円で冷凍の生肉を売る「肉ガチャ」というサービスがヒットして、どんどん売れていきました。それが鮮魚でも採用され、次に即食系のスイーツやフルーツに移行していきました。その際に今までの自販機と決定的に違うのが、単価です。高いほど売れるんですよ。
角氏:500円以上の商品は売れないという話でしたよね。
大木氏:買うことがアトラクションやレジャーになっているのです。飲料であれば場所を問わずのどが渇いたから買う訳ですが、ど冷えもんはSNSで「こんな自販機がある」と知ってわざわざそこに買いに行くんですよ。商品も肉から始まってキャビアとか高級食材が結構売られていて、ガチャ的な方が売れるんです。何が出てくるのかなと。
角氏:ほかにはどのような商品が売られているのですか?
大木氏:最近は景気が回復しているので、チェーン店やメーカーでの採用が増えました。例えばケンミン食品さんは、スーパーに卸している即席麺のビーフンのほかに、スーパーマーケットに卸していた冷凍でレンジアップできる商品をど冷えもんで直売できるようになって喜ばれていましたね。不二家さんは、ど冷えもん用の冷凍ケーキを開発し販売されています。
角氏:ど冷えもんというプラットフォーム上で新たな商品開発も行われているんですね。
大木氏:リンガーハットさんも元々冷凍チャーハンを店内で売っていたのですが、店の外に出したら売り上げが伸びたそうです。ニーズが全然違うんですね。店内に食べに来る人ではなく、店内には入りたくない人が家で食べるために買ってくれるんです。
角氏:確かにさまざまな場所でいろいろな商品を売っているのを見かけます。大ヒット製品を作りましたね。
大木氏:成功した裏側には、先ほど話した昔から脈々と続いた文化の結論があるんです。元々の自販機ユーザーはタバコやコーヒーを買う団塊世代やバブル世代の人たちでしたが、その世代が高齢化して従来の自販機ビジネスはシュリンクしています。その中でど冷えもんには、今までとは違うユーザーがついたわけです。
角氏:昔に引きずられていないんですね。自販機特有の制約がない状態で成立している。加えて、コロナ禍で背景もガラッとチェンジして。
大木氏:食生活と購買行動が変わったんです。コンビニさんもそれを肌で感じているはずです。コロナ禍前はコンビニでご飯を買うのは朝か昼でしたが、コロナ禍での巣ごもりで夕食も買うようになった。それに抵抗がなくなったうえ、冷食は廃棄がないので効率がいい。フードロス対応にもなりますし。冷凍技術も進化していて、そういう意味ではど冷えもんがというよりも、社会全体が食文化や購買行動を変え、ちょうどそこにマッチしたんです。
角氏:そこまでに黒歴史とおっしゃっていましたが、うまくいかなかった製品で培われた要素技術が組み合わさり、長年かけて培ってきた技術の集合体とゲームチェンジ・カルチャーチェンジが重なった結果ど冷えもんということになるのですね。
大木氏:ど冷えもんが売れている理由には、購入の仕方もあります。従来の自販機は商品サンプルとボタンが基本でしたが、ど冷えもんは自販機から脱却しようとして、無人コンビニの時から手掛けていたタッチパネルを採用しました。その際には工業会(日本自動販売システム機械工業会)の中で決められているプロトコルを使っていて、その上位に汎用コンピューターを入れてUIを作り、拡張性も持たせてさまざまなことができるようになっています。今はど冷えもんだけでなく、マルチモジュールベンダーとして何でも入れられる機械を作り、モノを売るだけでなくてピックアップや商品の預け入れを含めてモノを管理する機能を全部揃えて、物流にも対応できるように進化させているところです。
角氏:ど冷えもんではソフトウェアやUIも含めて開発していて、汎用的に色々な領域で使えると。
大木氏:あらゆる商品を当社の機械で販売できるようになっています。
角氏:これまでさまざまな会社とコラボされてきて、JVのマネジメントも含めてプロジェクト管理が大変な局面もあったと思うんです。そういう経験があったからこそ、ど冷えもんを作れたのですね。そこまでのトータルのプロセスも含めて伺うことができて、すごく面白かったです。今日はありがとうございました!
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。 新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。 経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。 朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、さまざまな省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)