コロナ禍で活躍した冷凍自動販売機「ど冷えもん」生みの親、サンデンRS大木哲秀氏が語る自販機文化の栄枯盛衰【前編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は、森ビルが東京・虎ノ門で展開する大企業向けインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる注目の方々を中心にご紹介しています。

 今回は、コロナ禍で行動に制限がかかる中で多くの中小飲食店を救い、人々の食環境を支えてくれた冷凍自動販売機「ど冷えもん」を開発した、サンデン・リテールシステム(サンデンRS) 常務執行役員 CTO & CIO R&D本部・IT本部 本部長の大木哲秀氏にご登場いただきました。

 大木さんは同社にて複数の新規事業の企画・開発を経験する中で、ど冷えもんという形で新たな自販機購入の文化を生み出しました。前編では、ど冷えもん開発につながる前段として、国内での自販機文化の普及と行き詰まりに関する話を伺いました。

後編を読む

大学での教育実習時に独自の授業を作る

角氏:当連載では、画期的な新規事業を作られた方にお話を伺っているのですが、事業そのものに加えて、その人自身がどう作られてきたかにも興味があります。大木さんの人格形成の部分にも踏み込んでお話を伺いたいのですが、まずその前に会社と事業についてご紹介いただけますか。

大木氏:当社は元々、1943年に創業したサンデンの一部門でした。かつてサンデンは業務用の冷蔵庫や自動販売機、ガソリン自動車のエアコン開発を行っていましたが、2019年に私が所属する業務用冷蔵庫や自販機開発を手掛ける流通システム事業の会社が独立し、サンデンRSとして現在に至っています。

 ど冷えもんをはじめとする自販機のほかに、コンビニエンスストアのケース類も作っていて、こちらは設計施工から担当しています。コンビニはお店全体が冷蔵庫のようなもので、提供する商材も冷蔵庫を冷やしたりエアコンを冷やしたりというシステム商品になるので、設計施工をし、我々の什器を入れて、メンテナンスまでするというビジネスモデルになっているのです。またコンビニには、コーヒーマシンも導入しています。

ど冷えもん(提供:サンデン・リテールシステム) ど冷えもん(提供:サンデン・リテールシステム)
※クリックすると拡大画像が見られます

角氏:大木さんがサンデンに入社された動機は?

大木氏:私は1993年入社のプロパー社員なのですが、元々コミュニケーションが好きで、大学は教育学部だったんです。専攻は中学校の技術家庭科でしたが、小中高校の教員免許を全部持っています。

角氏:先生志望だったんですか。

大木氏:大学では、教育実習も好きでしたね。みんなは用意されたフォーマットに合ったことをやろうとするのですが、私はそれを繰り返しやっているのが嫌だったから、勝手に自分で授業を作って。

角氏:教育実習生がそんなことをして大丈夫だったのですか?

大木氏:ダメとは言われなかったですね(笑)。それで小学6年生の理科の授業をするとき、モノが燃えるために酸素が必要という事を教える際に、底なし集気瓶を使った実験をさせようと考えたのですが、その瓶が学校になかったんです。それで瓶のジュースをたくさん買ってきて、ホームセンターを探しまわってガラス細工用の工具を購入し、自分で全部瓶の底を切って実験をしてもらいました。その延長でどうやったら火を消せるかという実験もあって、そちらでは一斗缶をくりぬいて蓋を作り、教室の中で実際に火を消す実験もしました。

角氏:そんなことをやる先生なんていないでしょう(笑)

大木氏:あと算数では対称の授業で、線対称をただ説明しても面白くないので何かいい事例はないかと考えたら、私の“大木”という苗字が線対称だと気付いて、それで全員に新聞紙を配ってその中から線対称の文字や形を探してもらいました。

角氏:それはめっちゃ面白い。単に教えるだけでなくて、算数と一見かかわりがないように見えるところから算数的なものを実践させるという授業ですね。画期的な授業だと思いますよ。そのまま先生になればよかったのに、ならなかったのは何故でしょう?

大木氏:当時はバブル絶頂期で教師よりも自分が社会でどこまでできるかを試したくなり、箔をつけるために大学院に進んだんです。そうしたらバブルがはじけて、企業が一斉に採用をしなくなった。メーカー志望だったのですが、どこも教育学部と言った時点で門前払いで、その中で地元企業であるサンデンが受け入れてくれたのです。

入社後数年で無人コンビニプロジェクトに抜擢

角氏:入社されて配属は?

大木氏:自販機の設計をしていました。ただ改良設計・補修設計ばかりの開発で。

角氏:既存のフォーマットに縛られないことをやりたい大木さんとしては…。

大木氏:それはだめなので、文句ばかり言っていました(笑)。すると1996年に、「新しいプロジェクトがあるが、やってみるか」と。それが無人コンビニだったんです。

角氏:その当時に無人コンビニなってあったんですか!

大木氏:ないですね。当時存在していた大手コンビニストアチェーンの社長が面白いことをやりたいという人で、うちに声がかかったんです。

角氏:どんな仕組みだったのですか?

大木氏:表面から見ると自販機とあまり変わらないのですが、壁にモニタがついていて、周りに商品のサンプルが並んでいるんです。購入者はそのサンプルの番号をタッチパネルで入力してお金を入れると商品が出てくるのですが、裏側に自動倉庫のような、ロボットを入れてピッキングしてくる仕組みをロボット会社と連携して開発しました。商品点数は、当時のコンビニのSKU(Stock Keeping Unit:最小の品目数を数えるための単位)が3千点くらいだった中で、売れ筋商品である飲料と新聞・雑誌、お菓子を中心にその10分の1程度の商品を扱いました。

角氏:無人店舗の仕組みをすでに作っていたんだ。

大木氏:でもなかなかうまくいかなくて、やはり時代が早かった(笑)

角氏:25年早いイノベーションだったんですね。それはだいぶ大掛かりなプロジェクトだったのでは?

大木氏:でも、開発期間は約半年でした。アイデアは夏頃から始めていたのですが、私は1996年の10月にジョインして、そこから作り始めて1997年の4月1日にオープンさせたので。

売れるのは飲料とたばこだけ、高額商品NGの自販機文化

角氏:働き方改革も何もない、“24時間戦えますか?”の時代でしたからね。ただ、実際はうまくいかなかった。原因はどこにあったのでしょう?

大木氏:その後勉強しながらわかってきたのですが、文化ですね。これは現在にも通じています。

角氏:文化ですか。

大木氏:簡単に言うと消費行動です。人が物を買う行動にいろいろと障害や条件があって、当時自販機で買うという消費行動はあったのですが、買えるものが決まっていたんです。ホットスナックやカップ麺を売っている自販機もありましたが数も少なく、仕方がないという状況でないと買ってくれませんが、タバコと飲料は日常的に買っている。その差が大きいんですよ。

角氏:確かに。

大木氏:それでちょうど70年代から飲料自販機文化ができて、80年代の初頭に飲料メーカーが「これは広告塔になる」と気付き、各社が自販機を購入して街中に並べていくようになり、それに乗って当社も成長しました。ただし80年代後半にコンビニが増えると、利便性は感じにくくなってしまいましたが、消費行動が定着していたので自販機飲料は売れ続けたんです。

角氏:文化として根付く時間があった飲料やたばこは定着したが、それ以外はコンビニもできたし、参入するのが難しい状況だったのですね。

大木氏:そうですね。あとは、商品の定価が500円以上だと絶対に買ってくれませんし。

タスポの登場で自販機の飲料も売れなくなった

角氏:高額商品を自販機で買う事に対するハードルが高かったと。確かにドライブインなどで時々見かけるレトロ自販機のラインアップを見てもそうですものね。そこも無人コンビニの失敗がありつつ、人の行動を研究してわかってきたということですか。

大木氏:ええ。その後人の消費行動が自販機の売り上げに大きく影響するということを象徴することが起きまして、2008年にタスポがないと自販機でたばこが買えなくなったのですが、その途端に自販機のたばこが売れなくなってしまったのです。新たにカードを作って買うくらいなら、面倒だけどコンビニに行くと。その時に、隣にあった飲料の自販機も売れなくなってしまったんですね。その結果業界では、2000年には6社が自販機を開発していたのですが、今は当社も含めて2社に減ってしまいました。

角氏:そこから会社としても大木さんとしても違う方向性になっていったんですね。

大木氏:私はもともと飲料の自販機はやっていなかったのですが、そのような状況もあって途中で開発から企画に異動させてもらうことにしました。そこからしばらくは、変わった自販機を開発する黒歴史が続くことになります(笑)

 後編では、ど冷えもんの開発に至るまでの新規事業開発の話と、ど冷えもんが切り開いた新たな自販機市場について伺います。

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。 新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。 経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。 朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、さまざまな省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画広告

企画広告一覧

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]