「オーケイ、Andy。クリア・フォー・テイクオフ」。離陸許可を伝える教官の声が、無線を通してヘルメットの中で響く。
「本当に?」と、心の中でつぶやく。「これは現実なのか?」
教官によれば、筆者は地球上で経験した人が100人もいないこと――電動垂直離着陸機(eVTOL)の操縦に挑もうとしている。eVTOLは、小型の飛行機やヘリコプターと、ドローンを掛け合わせたような乗り物だ。しかも、筆者は一度も飛行機を操縦した経験がない。
しかし、これはレクリエーション航空市場への参入を目指すシリコンバレー発の企業、Pivotalが狙っていることでもある。eVTOLは操作が簡単なので、シミュレーターで数日間訓練を受ければ、誰でも操縦できるようになる。
Pivotalの最高経営責任者(CEO)であるKen Karklin氏は、「このタイプの飛行機は、深刻なミスをする方が難しい」と語る。「最新の技術を活用することで、少なくとも技術的には航空機に多数の機能を搭載でき、それをウルトラライト機のオペレーターが操縦できるようになった」
ウルトラライト機は1人乗りの超軽量レジャー用飛行機で、動力装置の付いたものと付いていないものがある。米連邦航空局(FAA)のガイドラインでは、動力装置付きのウルトラライト機は重量が254ポンド(約115kg)未満でなければならない。操縦に特別な免許は必要ないが、人口密集地の上空は飛行できない。それでも19万ドル(約3000万円)を払って、Pivotalのウルトラライト機を買いたいなら、シミュレーター訓練に参加して、同社の教官から指導を受ける必要がある。訓練の日数は通常、10日程度だ(筆者が参加したのは速成コースだったので、飛行の種類は限定された)。
筆者が操縦した1人乗りのウルトラライト機「BlackFly」は、Pivotalが開発した第4世代eVTOLの試作機だ。艶のある黒色で塗装された機体は、オールファイバーの複合材料で作られており、操縦席部分は半球型の透明なキャノピーで覆われている。BlackFlyは8つの電気モーターに加えて、各翼に4つのプロペラを備える。垂直方向に離着陸するため、車輪や着陸装置的なものはない。地上では、胴体と前翼のみが地面についた状態になる。
Pivotalは2025年に、初の量産型eVTOL「Helix」の納入を開始する。この新モデルは、見た目はBlackFlyと似ているが、効率性と拡張性をさらに高めるために、内部のハードウェアの設計を一から見直したという。
Helixの受注数はまだ公開されていない。BlackFlyは2023年6月に初めて納入されて以来、13機が売れた。Pivotalのターゲットは飛行機の操縦経験がない、筆者のような人々だ。しかし熟練のパイロットも、BlackFlyを操縦すると「信じられないほど興奮」した様子になるという。
「これは、まったく新しいタイプの飛行機だ。自宅の庭から飛べるので、飛行場に行く必要さえない」とKarklin氏は言う。
Pivotalは、Googleの共同創業者Larry Page氏から出資を受けており、パイロットの操作を電気信号に変えて機体を制御する「フライバイワイヤー(fly-by-wire)」技術を使ったeVTOLを開発している。つまり、コックピットの制御装置はコンピューターを介して、航空機を動かしている物理的な部品とつながっている。フライバイワイヤー方式を採用することで操縦が容易になるだけでなく、軽量化も期待できる。
すっきりとしたコックピットは居心地がいい。まったく同じジョイスティックが左右に配置されているため、パイロットは好きな方の手で操縦できる。目の前にはタッチスクリーン式のタブレットがあり、高度や対気速度、モーター温度、バッテリー残量などの情報をリアルタイムで確認できる。
タッチスクリーンの隣には、つい何度も見てしまうノブがある。このノブを引っ張ると、緊急着陸用のパラシュートが開く。訓練でもデモ機を使ってパラシュートの使い方を学んだが、Pivotalによれば、過去7000回以上の実飛行において、パラシュートが必要になったパイロットは1人もいないという。それでも目に見える場所にパラシュートがあるのは安心できる。
シミュレーターを使った3日間の訓練と評価が終わる頃には、多少なりとも自信がついた。今回訓練を担当してくれたSabrina Alesna教官は、固定翼パイロットでもある。そこで初めてBlackFlyを操縦した時の印象を聞いてみた。
「あまりに反応が早いので衝撃を受けた」と教官は答えた。「一般的なフライトでは、高度や対気速度を維持するために休みなく入力を続けなければならない。しかし、BlackFlyの場合は飛行機がすべてやってくれる」
初フライトの内容は、ごく基本的なものだった。教官からは、離陸したら上空40フィート(約12m)まで上がり、そこで機体を左に、次に右に動かしてから、着陸プロセスに入るよう指示された。離陸許可が下り、深呼吸をしてスロットルを前方に倒す。8つのモーターが回転し、蜂の大群のようなうなり声をあげる。約3秒後、ガクンという衝撃と共に身体がシートに押しつけられた。BlackFlyが急上昇を始めたのだ。シミュレーターで練習した動きに似てはいるが、実際の衝撃はもっと大きかった。
上空40フィートあたりで止まれと指示されていたことなどすっかり忘れ、スロットルから親指を離した時には、もう上空50フィート(約15m)まで上がっていた。一息ついてから、左側を見る。1人で飛行機を操縦しているという事実に圧倒されそうになったが、シミュレーターで何十回も練習したことだと自分に言い聞かせた。
数秒間ホバリングした後、指示通りに機体を左右に動かしてから着陸プロセスに入った。あとはスロットルを手前に引くだけだ。地上10フィート(約3m)まで降下すると、コンピューターから「自動着陸」機能が利用可能になったという通知が来た。自動着陸をオンにしたら、あとはBlackFlyにお任せだ。まもなくドシンという衝撃とともに機体は着陸した。
この後も距離を伸ばしながら、さらに3回ほど空を飛んだ。複雑な飛行パターンにも挑戦した。
最初のフライト後は機体のエンジンを冷やす必要があったが、早く次のフライトに飛び出したくてたまらなかった。筆者は「GoPro」カメラに向かい、満面の笑みで言った。「最高に楽しかった!」
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この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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