前回は、海外市場のリサーチ手法や、日本と欧米での刺さるメッセージの違いについて解説した。今回は、PRやSNSの活用、レピュテーションマネジメントやイベントマーケティングなどの具体的なマーケティング・PR手法について紹介する。
日本では「LINE」が主流のメッセージアプリで、欧米ではほぼ完全にデジタルメディアへシフトしているなど、マーケティングチャネルの使われ方に違いはある。しかし、どの地域でもマスメディア、ウェブメディア、SNS、ウェブ広告、交通広告、展示会などの手法はほとんど変わらない。特にデジタルマーケティングはそのほとんどが米国から世界に発信したものであるため。運用方法はほとんど一緒である。
海外マーケティングの難しさは、習慣や文化を理解した上で訴求メッセージやカスタマージャーニー(認知から購入までの顧客行動)に合わせた施策をローカライズしてくことだ。マーケティングの効果が薄れるだけでなく、良かれと思って出した情報を競合に模倣されるというリスクもある。これらの違いについて日本の常識と対比して紹介する。
プレスリリースの書き方は、日本と欧米で大きく異なる。日本語のプレスリリースはできるだけ簡潔かつ詳細に情報を盛り込むことで取り上げてもらえる確率が上がる。一方で、米国のプレスリリースはジャーナリストから反応をもらう事を期待して、あえてすべてを盛り込まない。その方がメディア側も異なる切り口で記事を作れるため競合メディアとの差別化ができると考えるからだ。
また、送る際にも注意が必要である。日本のメディアの人は担当外のメールを受け取っても担当者に転送することが多いが、米国は個人主義のため、担当のジャーナリストに送らないと意味がない。
PR活動はメディアへの売り込みだけではなく、スピーキングオポチュニティー(カンファレンスなどでの登壇機会)やアワードの獲得も含まれる。絞られたオーディエンスへのリーチができ、業界での認知やソートリーダーシップを構築することができる。特に、欧米は実績主義であり、レピュテーションマネジメント(評判管理)が重要であるため、メディアでたくさん露出しているだけでなく、リアルの場も重要なPR機会である。
中国特有の「Weibo」や「REDBOOK」などを除けば、世界中のSNSマーケティングは「Facebook」「X」(旧Twitter)「Instagram」「TikTok」「YouTube」「LinkedIn」というプラットフォーム上で行われている。公式アカウントの運用からインフルエンサーの活用まで、目的や手法はほとんど変わらない。
ただし、使われ方や第1回でお伝えしたような伝え方は異なる。例えば、日本ではビジネスパーソン同士がつながるFacebookは、欧米では友達や家族がメインである。Xもイーロンマスク氏が注目するほど日本の使われ方は他の国とは異なる。
Instagramで、ネスレのキットカットが運用するグローバルと日本アカウントを比べてみよう。キットカットは「Have a Break」のキャッチコピーの通り、休憩時間にサクッと食べられるということを訴求している。グローバルのアカウントではそのブランドメッセージを訴求するためにコーヒーや紅茶と並べた写真や「さあ!休憩を取ろう」というような投稿が目立つ。シーンを連想させることで生活の一部にしようとしているのだ。一方、日本のアカウントを覗くとコンテストやさまざまな味など実用的な情報が多い。
ここからも、SNSアカウントの位置づけが異なることがわかる。また、欧州では社会的な意義を伝えるメッセージも重要であり、積極的に社会貢献やサステナブルな投稿を行っている。
検索エンジン利用の世界シェアのうち、Googleは約82%を占める。従って、SEO対策=Google対策といっても過言ではない。SEO対策で行うテクニカルSEOやコンテンツマーケティング、リンクビルディングなどの手法も同じである。
異なることの1つ目が、検索キーワードだ。日本語では「子ども スマホ オススメ」のように単語を入れて検索するが、英語では「What is the best smartphone for kids?」というようにフレーズで検索することも多い。また、単語が異なることも注意が必要だ。カナダや米国の北部ではジュースのことをPOP(ポップ)と呼び、西海岸や東海岸ではSODA(ソーダ)と呼ぶ。
コンテンツ作りに関しても東南アジアや欧州では言語が多数存在するため、ターゲットとする地域のプライオリティをつけて記事を作成する必要がある。欧州圏は英語でも通じるが、やはり現地語の方が断然読まれる。同じ英語圏であっても米国と英国ではスペルや表現方法が異なる。数字の表記においても同様で、例えば「1000」の表記の場合、日本や米国では「1,000」のようにカンマで数字を区切るが、欧州では「1.000」のようにピリオドで区切る。このような些細なことが、読者のエンゲージメントにも関わってくる。
海外のITサービスの広告やCTA(Call To Action、行動喚起)を見ると「7日間の無料トライアル」や「30日間返金保証」のように、サインアップすることが前提かのような訴求が多い。日本人は無料トライアルであったとしても複数のサービスを比較した上で申し込むことが多いだろう。欧米では店頭やネット通販で購入した商品の返品・返金は日常であり、使って見てから考えるという文化がある。日本のウェブサイトのように機能やメリットを長々と説明するような訴求よりも、強力なベネフィットの訴求と今すぐ試してもらえるようなCTA訴求が必要になってくる。東南アジアでは、割引のオファーなども強調して訴求してサインアップに促す方がよいようだ。
BtoBの取引においては、展示会やカンファレンスへの出展が、セールスリードの獲得や販路拡大のために重要なマーケティングチャネルである。日本では展示会のほとんどが来場者無料で大勢の人がやってくるが、欧米の展示会はほとんどが有料であり、チケットも3~10万円と高額なものが多い。目的意識の高い人や企業の部長、課長など役職を持った人が参加している。
日本での展示会のKPIといえば、名詞の獲得枚数=リード数や商談件数が重要視される。数が重視されるため、チラシやノベルティを積極的に配布している企業が多い。カタログやノベルティは当然用意しているが、ブース内で簡単な商談をした上で見込み客になりそうな人にのみ渡していることが多い。リードの質も重要だからだ。一方で、競合がスパイをするためにブースを訪れることもあるので、詳しい情報を提供する前に相手の素性を確認した方よい。
展示ブースにおいても、前述のメッセージ戦略と同様にわかりやすいストレートなキャッチコピーでベネフィットを訴求する必要がある。特にカンファレンスではセッションの視聴が主目的の人が休憩時間中に訪れるだけで、製品を探しに来たわけではない。市場調査の一環で海外の展示会に出展する日本企業は多いが、出展するには現地の見込み客が抱えそうな課題や興味を持っているトピックなどは最低限調査した上で出展をするべきである。
海外マーケティングをする上で重要な、文化の違いやローカライズの必要について述べてきた。施策ごとの解説でも述べたとおり、マーケティング手法は同じだが、コンセプトや切り口は開拓する市場に合わせていく必要がある。
このローカライズで苦労する企業も多い。実は日本企業だけでなく、グローバル企業もローカライズで苦労している。これまでは世界に展開する広告代理店やPR会社を使ってグローバルで統一された戦略とメッセージで世界中の市場にアプローチしていくのが主流であった。しかし、スタートアップをはじめ、比較的革新的な企業は市場ごとに別の代理店と契約し、最適化された戦略とメッセージでマーケティングをしている。
ただし、いきなり現地の人を雇用してマーケティングを任せるというのはオススメしない。理由は2つある。1つは、素性の知れない日本企業に応募してくる人のスキルは低いことが多い。つまり、本当にスキルがあれば現地の知名度の高い企業に行くからだ。もう1つは、日本本社とそのマーケターとの文化ギャップがあるからだ。日本企業の仕事の進め方は独特で、欧米では理解しづらいものだからだ。
やはり、日本の会社と仕事をしたことがある支援企業に依頼することをお勧めする。現地パートナーでも日本に拠点を構える代理店でもかまわないが、大事なのは進出先市場に詳しいだけでなく、日本の文化や商習慣を理解していることだ。ブリッジ人材といわれるスペシャリストが日本で上手くいったやり方を海外で実施すると、こういうやり方がよいというアドバイスをすることができる。著者も日本企業の北米市場マーケティング支援をしているため、上手く市場間の通訳者として機能していきたいと思っている。
海外に目を向ければ日本の何十倍もの市場になる。もちろん国内だけで戦うよりも苦労は多いが日本人のマーケティングスキルは決して低くなく、十分海外でも戦っていけると確信している。この記事を読んで海外マーケティングにチャレンジしたいという方が増えることを願っている。
神村優介
シェイプウィン株式会社 代表取締役 ShapeWin Canada Ltd. CEO
山口県光市出身。徳山高専情報電子工学科卒業後、株式会社セガトイズに入社。お風呂で使える家庭用プラネタリウム「ホームスター アクア」で年間15万台出荷するヒット商品をプロデュース。
2011年に日本と北米に拠点を置くPR&デジタルマーケティング会社シェイプウィン株式会社を創業。2021年からカナダ・バンクーバーを拠点に置き、日本や韓国のスタートアップを中心に北米市場でのマーケティングを支援。同様に世界14カ国200社以上のグローバル企業の日本市場でのマーケティングも支援している。
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