メタバースで新たな収益を生み出すために(3)--ユーザーに選ばれるためのポイントの整理

小林拓人 (クニエ)2024年09月27日 09時00分

 前回は、経営層や上司から「メタバースを活用したプロダクトを作り、新たな収益を生み出せ」と命じられたケースを想定し、顧客に提供する4つの価値として分類した上で、「(1)機能的価値」および「(2)情緒的価値」を提供するプロダクトの成功に向け、押さえておくべきポイントを紹介した。

 今回は、残りの「(3)自己表現価値」および「(4)社会的価値」を提供するプロダクトのポイントについて解説する。

顧客に提供する4つの価値 顧客に提供する4つの価値
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  1. (3)自己表現価値:ユーザー生成コンテンツへの対応が分かれ道
    1. 1日あたりのアクティブユーザー数(DAU:Daily Active Users)
    2. ユーザーが生成するコンテンツ(UGC:User Generated Content)への対応可否
  2. (4)社会的価値:距離感の設計に気を配る
    1. 入口に存在する見えない壁を取り払う
    2. 適切な距離感を保つ
    3. 距離を縮めることに焦らない
  3. さいごに--メタバースに可能性はあるか

(3)自己表現価値:ユーザー生成コンテンツへの対応が分かれ道

 メタバースの発展に向けて、アバターやスキン(アバターが着用する服飾品)などを、異なるプラットフォームをまたいで利用できる「相互運用性」が頻繁に話題にあがる。一方で、現時点では一部のみでしか実現されていない。多くのユーザーが望んでおり、業界団体や一部の企業が議論を進めているものの、技術的、ビジネス的な課題が山積しており、その実現可能性は依然として不透明だ。この場合、相互運用性は当面の間は実現しないという予想のもと、ビジネスを検討していくことが良いだろう。

 自己表現価値を提供する事業に乗り出す際には、まず自社プロダクトをどのプラットフォームに対応させるかが重要になる。そのため本章では、メタバース上で服飾品を提供するデジタルファッション事業者を例に、筆者が考えるプラットフォームを選定する際の評価軸を2つ紹介したい。

1日あたりのアクティブユーザー数(DAU:Daily Active Users)


 魚のいない池で魚は釣れないように、プラットフォームにユーザーがいない限りプロダクトは売れない。ユーザーが日々利用するプラットフォームほど、他ユーザーと差別化したい欲求は高まるため、登録者数や月あたりのアクティブユーザー数(MAU:Monthly Active Users)などではなく、1日あたりのアクティブユーザー数(DAU:Daily Active Users)を見ることが重要である。

 また、年齢や性別などはプラットフォームごとに特徴があることが多く、自社プロダクトのターゲット属性のDAUが多いプラットフォームを選択することが事業戦略上重要になる。

ユーザーが生成するコンテンツ(UGC:User Generated Content)への対応可否


 現実世界のファッション産業においては、サプライチェーン構築や生産設備の確保などの問題から、新規参入のハードルは高い。しかし、メタバースは物理的なサプライチェーンを構築せずとも、3Dモデリングの技術さえあれば参入可能なため、デジタルファッション産業は個人クリエイターの台頭が顕著になっている。

 さらに、生成AIなどの発展により、3Dモデリングの技術の壁もなくなりつつあり、ユーザー自身が容易にデジタルファッションアイテムを作成できる時代が到来することは、もはや時間の問題と言えるだろう。

 UGCに対応している/していないプラットフォームのどちらを選択するかで、ビジネスの成否の予測はできないものの、それぞれの選択肢には固有の課題があり、成功するための要件に明確な差異が生じる。以下、それぞれの場合において検討すべき重要なポイントを紹介したい。

UGCに対応しているプラットフォームを選択する場合

 ファッション事業者だけでなく個人クリエイターやユーザー自身までが競合となり得る、競合過多のマーケットで戦うことになる。そこでの勝ち筋を見出せるかが、成功のための要件だ。ブランド戦略や差別化戦略などを通じて、勝てるポジションを築けるか検討していきたい。

UGCに対応していないプラットフォームを選択する場合

 デジタルファッション事業者間での競争となるため、競合過多の状態にはならないだろう。しかしUGCに対応していないことで、ユーザーのプラットフォームに対するエンゲージメントが低下し、結果としてユーザー数が減少していってしまうリスクが想定される。そのような状況下では、プラットフォームがユーザーを獲得・維持し続けられるかが成功の要件となる。そのため、プラットフォーマーの中長期的な成長戦略や投資計画の確認・評価、ファッション事業者の立場から、独自のマーケティング施策やコンテンツ提供を通じて、プラットフォームのユーザー獲得・維持にどのように貢献できるかを積極的に検討することも重要だ。将来的に自社プロダクトの売り上げが見込めるのか、冷静に見極める必要がある。

(4)社会的価値:距離感の設計に気を配る

 「誰しもが、何処かしらには居場所があるはずだ」――ほとんどの人がそう思うだろう。だが、日本には家庭環境、交友関係、病気や性認識など、さまざまな要因で自身の「居場所のなさ」について悩む人々は少なくない。この「居場所のなさ」は深刻な孤独感を引き起こし、最悪の場合、取り返しのつかない結果につながってしまう。この社会課題には国や企業のみならず、教育機関やNPOなど多様なステークホルダーが協調して取り組んでいる(余談だが、筆者自身もNPOの一員として家庭・学校に居場所がない子どもに第三の居場所を提供する活動を行っている)。

 そのような背景の中、「新たな居場所」としてのメタバースの可能性に注目が集まっている。国や自治体レベルでメタバースを活用した居場所づくり事業が立ち上げられ、大手企業も独自の居場所づくりプラットフォームの開発・展開に乗り出している。

 本章では、メタバースで居場所作りに取り組もうとしている方々に向けて、筆者のメタバースビジネスのコンサルティング経験とNPOでの活動経験を踏まえた、効果的な居場所づくりに向けたポイントを紹介したい。

入口に存在する見えない壁を取り払う


 日本は恥の文化だ。誰かの助けが必要な状況を「恥」と感じてしまう感覚が出てしまう。匿名かつどこからでもアクセスできるメタバースであっても、不登校児向けのアフタースクールや、孤独を感じている方向けのコミュニティなど、特定の課題や悩みに対して設けられた空間居場所として用意された空間に入るには勇気が必要だ。空間に入る=助けを求めている、という事実を表明することに他ならないからだ。

 したがって、当事者にとって最大の難関とも言える、居場所への初回アクセスのハードルをいかに下げるかが、メタバース上の居場所作りにおいて極めて重要な要素となる。

 これは筆者が参画中のNPOでも模索している状況であり、明確な解を持ち合わせていないというのが正直なところだが、参考になりうるとある子ども食堂の取り組みを紹介したい。

 その子ども食堂では、地域の子どもや保護者、地域住民に対し無料または安価で食事を提供している。目的は貧困家庭の子どもたちへ栄養のある食事を提供することだが、あえて「誰でも利用できる」環境を整えている。これは、貧困状態にありながらも、周囲から貧困家庭と見なされることを恐れて利用をためらう子どもや保護者たちへの配慮だ。誰もが利用できる環境を作ることで、一般家庭の子どもと貧困家庭の子どもの区別がつきにくくなり、結果として本当に支援を必要とする子どもたちが安心して食事をすることができる環境が生まれている。

 このアプローチは、メタバース上の居場所づくりにも応用可能だ。例えば、特定の課題や悩みを抱える人々だけでなく、広く一般のユーザーも参加できるイベントや空間を設計することで、支援を必要とする人々が自然な形で参加できる環境を整えることができる。ただし、門戸を広げることによるデメリット(本来の目的の希薄化や“荒らし”が発生する危険性など)も存在するため、慎重に検討する必要がある。

適切な距離感を保つ


 人間関係において適切な距離感を保つことの重要性は、メタバース空間においても変わらない。現実世界で知らない人から突然「趣味は何ですか? 休日はなにをしていますか?」と質問をされて不快に感じるのと同様に、メタバース上でも適切な距離感を欠いたコミュニケーションは、ユーザーに不快感を与え、せっかく勇気を出してアクセスしてくれた人の心を折ってしまう危険性がある。

 適切な距離感を構築するためには、「利用者の心理的状態を理解すること」「ルールを設定すること」の2点が重要だ。

 利用者の心理的状態の理解に関しては、一般的なメタバース空間の設計基準とは異なるアプローチが必要な場合がある。例えば、「メタバースはコミュニケーションできてこそ価値が生まれるから、チャット機能やマイクはONの設定が必須だ」という意見がよく聞かれるが、これは必ずしも全ての利用者に当てはまらない。筆者の経験上、チャットや会話を絶対に避けたいと考えている人々も多数存在し、単に「誰かがいる安心感」を求めているだけの場合もある。したがって、利用者の多様な心理的ニーズを理解した上で、柔軟なコミュニケーション設計を行うことが重要だ。

 また、不特定多数のユーザーが集まる場所であるがゆえに、嫌がらせや迷惑な行為など、ユーザー間のトラブルが発生するリスクも考慮しなければならない。このリスクを低減させるために、明確なルール作りが欠かせない。例えば、会話可能な場所と静かに過ごす場所で空間を分けたり、特定のエリアではチャット機能を強制的にOFFにしたりするなどの対応が考えられる。

距離を縮めることに焦らない


 メタバース上の居場所作りにおいて、利用者がより居心地の良さを感じられるように、スタッフが常駐してイベントの企画や利用者との交流を担当することが一般的だ。しかし、スタッフが利用者との距離感を縮めようとすると、かえって当事者が居心地の悪さを感じ、来なくなってしまう可能性がある。

 信頼関係の構築には時間がかかるものであり、これはバーチャル空間であっても変わらない。むしろ、物理的な距離感がないぶん、より慎重にアプローチする必要があるかもしれない。時間をかけて、ゆっくりと距離を縮めていく姿勢が重要である。

 具体的には、まずは利用者が自由に空間を探索し、自分のペースで過ごせる環境を整えることから始めるのが良いだろう。その上で、イベントや交流の機会を段階的に増やしていく。また、利用者自身が主体的に関わることができる仕組み(空間のデザインに意見を反映させる機会を設けるなど)を取り入れることで、徐々に帰属意識を高めていくアプローチも効果的だ。

さいごに--メタバースに可能性はあるか

 メタバースは、その概念が広く知れ渡るにつれ、不幸にもバズワード化してしまった感は否めない。その結果、過度な期待と厳しい批判の双方に晒され、現在では特に否定的な風当たりが強く、批判の的となりやすいテーマとなっている。そのような逆境の中、現場担当者たちはメタバースビジネスの成功に向けて検討を進めていかなければならない。無茶、無謀と思うかもしれない。だが決して無理ではない。

 さいごに世間の視線が大きく変わった技術革新の例として、「レーザー」を紹介しよう。現在はさまざまな場面で当たり前のように活用されているレーザーだが、発明当初は“問題を探している解決策(a solution looking for a problem)”と評されていたことはご存じだろうか。レーザーもメタバース同様、初めはユースケースを見出せていなかったのである。

 しかし、発明されてから数年後には医療や通信でのユースケースが見つかり、今に至っては工業やエンタメなど幅広いシーンで活用されている。レーザー以外にも、始めは使い物にならないと揶揄された技術が、後々われわれの生活に欠かせないものになったケースはいくつもある。

 メタバースという技術は、その可能性を試されている段階にある。どのようにこの技術を活用し、どのような新しい価値を創造するかは、今まさにメタバースビジネスを検討している現場担当者の方々の創造力と努力にかかっている。現在の困難や批判に屈せず、根気強く検討を進めていただきたい。

 そしてその検討の際に、本連載の内容が一助になれば幸甚である。

小林拓人

株式会社クニエ

大手日系コンサルティングファームを経て、クニエに入社。新規事業戦略担当として、メタバース含む新たなテクノロジーを活用した新規事業開発、製品・サービス開発、事業グロースを支援。 調査レポートの発行・取材対応など、メタバースに関する実績多数。子どもの第3の居場所づくりを行うNPO法人AKTOの理事としても活動。

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