パナソニック ホールディングスはデジタルの力で経営のスピードと質を向上する「PX」(Panasonic Transformation)に取り組んでいる。4年目を迎えた現状について、パナソニック ホールディングス 執行役員 グループCIOの玉置肇氏が合同取材に応じた。
玉置氏は2021年5月にパナソニックのグループCIOに着任。直後に「PXゼロ」として、準備チームを立ち上げた。「本当に小さなチームだったが、毎朝、チーム全員でオンライン会議を実施し、プログラムを仕込んでいった。2021年10月に楠見(パナソニック ホールディングス 代表取締役 社長執行役員 グループCEOの楠見雄規氏)の口から正式にPXの始動を宣言してもらった」と立ち上げ当初を振り返る。
4年目を迎えるPXだが、加速した要因の1つは2022年3月に役員合宿で制定した「PX:7つの原則」の存在が大きいという。「原則1は、すべてのステークホルダーの幸せのためにというスローガンになっていて、私たちの目的に合致している。原則の4、5、6は、システムを変える前に業務を標準化、簡素化し、複雑性を排除していきたいという思いが現れている。原則3は、BtoBの顧客、BtoCのお客様のデータを利活用し、私たちはお客様のことを一番知っている会社になろう、お客様に寄り添いながら商売をしていこうということ。7番目は『人材』。データやテクノロジーを活用してビジネスを変えていけるのは人材なので、情報システム部門だけではなく、現場も含め、そうした人材を育成していきたいという思い。原則2は丸投げをしないという意味。経営陣がこれにフルコミットし、責任をもっていこうと考えている」と内容について説明した。
原則2を受け、事業会社の社長、パナソニックホールディングの役員のボーナスの何%かは、PXの取り組みが加味されているという。
PXの成果としては、くらし事業の実需連動SCMと電材事業の現場・代理店DXを挙げる。「家電事業で何より大事なのは流通在庫を適正化し、お客様にしっかりとした価値をお届けすること。販売する側の都合で価格を上下させるのではなく、競争力のある商品はどこで買っても同じ値段、品質で買える。そこで、大型家電量販店の実売、在庫データをいただき、私たちは生産データを開示することで、量販店とメーカーをつなぎ、流通在庫の低減、品切れ撲滅にチャレンジしている」と現状を明かす。
対応商品は増え続けており、2割以上の流通在庫低減を実現。さらに即納率は99%をキープするなど大きな成果をあげているという。
電材事業については「非常に人手がかかる事業。たくさんのプレーヤーがいて、私たちも2万以上の代理店の方と取引させていただいている。手作業も多いが、ホワイトスペースのため、あまりメスを入れてこなかった。ここに対し、営業のやり方をデジタルで効率化することで、生産性が着実に上がってきた」と期待を寄せる。
製造現場では、ERP導入による業務の見直し、標準化、簡素化で実績を上げる。「中国では3年間で13拠点に標準ERPを展開した。拠点の1つでは、間接業務簡素化で8400万円、製造ロスで7200万円の削減効果が年間ででている。これをすべての工場に展開すると非常に大きな力になってくると思う。一方、日本の拠点では、導入時に635の追加機能を入れていたが、これを26まで削ぎ落とした。同様にシンガポールの拠点でも2500あったアドオンプログラムを100まで抑え込むことで、96%の削減に結びついた」と簡素化に舵を切る。
ここまで大きな削減効果が出るのは、ソフトウェアアップデート時の負担軽減が大きい。「2500のアドオンがあれば、更新ごとにすべてのプログラムをテストしなければならず、この負担が重い。それがなくなるのは私たちにとって非常に大きな一歩」と位置づける。
調達業務では、取引先からの「20数カ所から別の仕様書が届くが、発注しているのは同じ部品が多い」という声に耳を傾けた。「いろいろな事業体があるため、複数の部署で同じ部品を発注していることは数多い。これをなるべく1つにする。加えて、設計時に部品を推奨する仕組みをデジタルで導入した」と、製品を開発、設計するメーカーならではの効果を上げる。
今後の新たな展開として、ユーザーとのタッチポイントをいかしたデータの利活用も打ち出す。パナソニックでは「パナショップ」や会員サイト「クラブパナソニック」、商品登録やお客様相談センターといったタッチポイントを持つ。「いろいろなお客様とのタッチポイントを持つが、すべてバラバラに運営されている。ここから出てくる情報、データを一元管理し、よりよいサービスを提供していきたい。日本でも先行して取り組んでいる部分はあるが、実は一番進んでいるのは東南アジア。中でもベトナムは実証実験から実装の段階にきており、成果を上げつつある」とした。
また、電材事業などを手掛けるパナソニック エレクトリックワークス社の「供給責任を果たす」取り組みを紹介。「災害が起こると電設、資材の供給が止まり、それにより日本中の建設現場の動かなくなってしまう。これは本当に困ったこと。回避するため今までは手作業でBCPのルートを確保していたが、1月に発生した能登半島地震ではデータを使い、おそらく72時間で供給網を復活できた」と実例を交えて話した。
このような成果がでてきているのは、全社でデータの活用に踏み出しているからだ。「データ分析標準基盤」と呼ぶデータ分析ツールを、国内で約2万4000人が日々使用しており、現場を含めたグループ内でデータテクノロジーを利活用できる人材の育成をサポートしている。
「情報システム部門以外の社員にもデータ、テクノロジーを活用し仕事のやり方を変えてもらいたい。それに取り組む社員を私たちは支援していくし、報奨したいと思っている」との思いから、この変革を担う人材を「PXアンバサダー」として公募。56人の応募があり、その多くが情報システム部員以外だったという。
あわせて、現場におけるPXの事例を募る「第1回現場PXコンテスト」を実施。「547件の応募の中から、10名を選出し、「Do It Yourself アナリティクス」というツールを作ったチームが優勝したという。「1等には賞金として100万円を用意し、楠見CEOが手渡した。これは7原則の7つ目の体現」と社内認知も進める。
人材育成のもう1つの柱となっているのは、生成AI「PX-AI」の導入だ。2023年4月に国内従業員約9万人に導入したPX-AIは、7月に海外約17万人に展開。2024年5月には画像、音声まで利用を拡大し、8月には「GPT-4o mini」へとアップグレードした。今後は、「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」に対応し、社内のデータを使って生成AIが使えるような環境構築を目指しているという。パナソニックでは、7月にストックマークと協業し、1000億パラメータで国内最大規模となる独自日本語LLM「Panasonic-LLM-100b」を開発することも発表している。「『Copilot』の全社導入も決めており、さらに専門領域に生成AIを活用し、企業価値を高めていきたい」とした。
玉置氏は「私たちのIT基盤は、社内だけではなく、家電のIoT化を支える非常に重要な基盤。今は、800万近い家電を接続いただいているし、多くのログが私たちのプラットフォームに溜まってきている。この膨大なデータを利活用するのは、人間にとっての血液のように大事なもの。ここはしっかりと管理していきたいが、基盤が古くてはどうしようもない。そのためクラウドをしっかりと活用し、プラットフォームを刷新していく」と新たな基盤構築について触れた。
さらに「今までは経営とITの距離が遠かったが、事業会社のCIO全員でミーティングする機会を設け、話し合いを重ねている。現在、パナソニックグループにIT人材は4200名近くいるが、この人がエンジニアなのかアーキテクトなのかといった類型もしっかりと把握している。ここに来るまで約3年かかった」と情報システム部門の変革を進める。
2024年から「PX 2.0」として取り組んでいるPXの一例として、「米国の車載電池工場では、AIとセンサーを入れ、スマートファクトリー化している。敷地がとにかく広いため、スペアパーツの交換にもものすごく時間がかかるが、センサーを入れ、故障する前に交換できるようにした。加えて徹底的な省力化を実践し大きな成果を上げている。また次世代ファミリーコンシェルジュサービス『Yohana』は、事業としてはまだ小さいが、データ利活用のための大きな布石だと思っている。Yohanaは家電とは違うサービスだが、これが拡大し、お客様のライフステージの変化に寄り添って提供していくことで、くらしを理解する企業としての価値を提供していきたい」と2つの例をあげた。
玉置氏は「パナソニックは何をする会社かと問われたら、環境に貢献していく企業あること、加えて暮らしに寄り添う会社だと考えている。データの活用は、暮らしに非常に大きな役割を果たす」とした。
PXについては「パナソニックグループ内で作っていた情報システムを、デジタルを活用し根本から変えること。古くなってきたIT基盤を新しくするだけではなく、プロセス、全社で仕組みを変え、カルチャーも変えていく。全社変革に結びつける」との位置付けを示した。
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