「私は生成AIが大嫌いだ」――これは「Procreate」の開発元が投稿した動画の中で、最高経営責任者(CEO)のJames Cuda氏が語った言葉だ。
Procreateは、イラストレーターやアニメーターに人気の「iPadOS」向けグラフィックデザインソフトウェアだ。プロのデザイナーからフリーランス、アマチュアのクリエイターまで、ユーザーは3000万人を超える。その開発元のCEOが自ら、自社のソフトウェアに生成AIは取り入れないと明言したことは、クリエイターたちの間で大きな話題となった。Procreateのウェブサイトには、「盗作を軸に学習する」生成AIは「人々の創作力を奪略しています」と書かれている。
あらゆる企業がAIの活用方法を模索しているように見える今、Procreateが反AI声明を出したことは驚きをもって受け止められた。ここ数年、Adobeをはじめ業界の大手企業はAIを活用した機能やツールを競うように開発し、AIはワークフローに革命を起こし、人間の創造活動を豊かにするとアピールしてきた。ProcreateがAIに反対するスタンスを明確に打ち出したことは一部のユーザーから大いに歓迎された。
Procreateを5年ほど使っているというCharlie Arpie氏は、著者の依頼を受けて本の表紙をデザインしているデジタルイラストレーターだ。「Instagram」の個人アカウントには、Arpie氏がさまざまな本をイメージして制作したイラストが並び、人気を集めている。Arpie氏はProcreateが生成AIを利用しないと明言したことを知って、興奮したという。
「これ以上ないほどProcreateを愛用してきたが、ますます好きになった」とArpie氏はメールでコメントした。
20年のキャリアを持つデジタルアーティストのRene Ramos氏は、Cuda氏の投稿がソーシャルメディアのフィードに流れてきたとき、思わず歓声を上げたという。Ramos氏はメールの中で、「CEOがこれほど堂々と反AIの立場を表明することは珍しい」として、自分や仲間たちが感じていた思いを代弁してくれた「Procreateチームを心から尊敬する」と述べた。
Procreateの反AI声明のポイントは「生成」の部分にある、と指摘するのは長年イラストレーターとして活動しているTom Froese氏だ。Procreateの声明は、例えばソーシャルメディアのフィードの表示に使用されているAIアルゴリズムのような、非生成系のAIも使用しないとは言っていない。それでもProcreateが強い口調で反AIを明言したことには驚いたと同氏は言う。
「Procreateの宣言に少し懐疑的な気持ちもあるが、これは明るい兆候だと思う。AIの悪い面に対抗するか、少なくともAIなしの創作環境を提供しようとするリーダーやCEOが他にもいるかもしれない」とFroese氏は述べた。
クリエイターにとって、生成AIアートの進歩は控えめに言っても悩ましい問題だった。画像生成AIモデルは、コンテンツのデータベースやウェブ全体からかき集めたテキストや画像を参照して、ユーザーが入力したテキストプロンプトに応じた画像を生成する。多くの場合、参照元になった画像を作成したアーティストは、自分の作品が画像生成AIの学習にどのように使われるか(あるいは使われないか)をほとんどコントロールできない。
「(生成AIが登場する前から)オンラインで作品を共有するアーティストは盗用や盗作の問題に悩まされてきた」とRamos氏は言う。「生成AIの登場により、インターネットにアクセスできる人なら誰でも、アーティストが時間をかけて必死に作り上げてきたスタイルをボタン1つで簡単に盗めるようになった」
問題を感じているのは個人のクリエイターだけではない。世界的なストックフォトサービス企業のGetty Imagesは、同社が保有する1200万枚以上の写真をAIシステムの学習に無許可で使用したとして、「Stable Diffusion」の開発元を訴えた。Stable Diffusionは、「Midjourney」などと同様に、さまざまなAI画像サービスに使用されているAIモデルだ。AIモデルの訓練に関しては、著作権やフェアユースの問題をめぐって多くのアーティストや作家、テクノロジー企業が法廷闘争を繰り広げているが、その間もAIサービスは世界中で使われている。
その結果、緻密な画像からミーム、政治的なディープフェイクまで、AIが生成したコンテンツがインターネット上にあふれかえった。アカウント(と場合によっては多少の資金)さえあれば、出来はともかく、誰でも簡単に画像や動画を作成できる。Ramos氏によれば、会社がAIに熱を上げ、自分を解雇するのではないかと不安になっているプロのクリエイターもいるという。Arpie氏のようなカスタムコンテンツのクリエイターにとっては、市場競争がますます激しくなることを意味する。
「今はあらゆる大手企業が生成AI機能の提供に躍起になっているように見える。その一方で、友人や同業者たちはEtsy(ハンドメイド作品のオンラインマーケット)に投稿される安価で低レベルなAI作品に仕事や売り上げを奪われ続けている」とArpie氏は言う。
AdobeやCanvaのような業界大手企業は、AI競争に勝つべく、画像生成機能や各種AIツールの開発に余念がない。Adobeは6月に利用規約を更新し、ユーザーのコンテンツに自動および手動でアクセスする可能性があるという記載を追加したほか、規約に違反するコンテンツは制限し、削除するとした。この変更はユーザーの怒りを買い、Adobeがユーザーのコンテンツを無制限にチェックできるようになるのではないかという疑念が広がった。後日、Adobeはスキャンの対象となるのはクラウドサーバーに保存されているコンテンツだけで、ユーザーのデバイスにローカル保存されているコンテンツは対象外であること、同社の画像生成機能の「Firefly」はAdobeのクラウドに保存されているユーザーのファイルを学習に利用していないことを明確にした。Adobeの主張によれば、利用規約を変更したのは、生成AIが急速に普及する中で、それが違法コンテンツの作成に悪用される可能性に対応するためだという。
Adobeは、サブスクリプションの解約手続きが複雑すぎる問題でも訴訟を起こされており、Procreateにとっては「Adobeとの違いをアピールする」絶好のタイミングだったのではないかとFroese氏はみている。同氏は長年Procreateを創作活動や講師の仕事に使っているが、イラストを描くときは主に「Photoshop」を使っているという。
「(Procreateには)多くのアーティストが必要としているデスクトップ並の性能や機能がまだ足りない印象だ」とFroese氏は言う。「最近のAdobeのやり方には失望しているし、Adobe製品の高額なサブスクリプションから逃れたいという気持ちもあるが、すぐに別のツールに乗り換える予定はない」。Procreateには、AppleのiPadOS環境でしか使えないという問題もある。これは長年、ユーザーが不満を抱いてきた点だ。
Procreateのような企業が、AIの利用がもたらす頭痛の種から逃れつつ、ユーザーの支持も得たいと考える理由は理解できる。今回の声明が、たとえマーケティング戦術以上のものにはならなかったとしても、同社がユーザーやアートコミュニティの共感を得たことは間違いない。
「Procreateが人間によるアート、人間の創造性を尊重する道を切り拓いてくれることを期待したい。人間の創造性は機械学習によって置き換えたり、高めたりできるものではないし、そうすべきでもないと確信している」とArpie氏は語った。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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