Googleがパリ五輪に合わせて制作したCM「Dear Sydney(親愛なるシドニーへ)」は、子どもの考えや感情を人工知能(AI)に代弁させるというアイデアが世間の不興を買った。この広告を見て、多くの人が不快になったのも無理はない。筆者もその一人だ。
しかし、五輪の開催期間に流れたAI関連の広告はこれだけではない。Googleは他にも複数の広告を流していたし、Metaの広告もあった。Adobeやサムスンなどもこの1年、AI関連の広告に莫大な額を投じている。
大手テクノロジー企業は今、AIのイメージを変えるという難題に取り組んでいる。調査会社YouGovが4月に発表したレポートによると、回答した米国人の半数以上がAIに対する感情として「慎重」を選択した(複数選択可)。各社は、2032年には1兆3000億ドル(約190兆円)に膨らむと言われるAI市場で少しでも優位なポジションにつけようと、五輪のような大規模イベントを利用して、どう受け取られるかは別にして「AIは友好的」「AIは役に立つ」「未来はAIにある」というメッセージを送っている。
では、こうした主張を信じるべきなのだろうか。
Googleによれば、「Dear Sydney」は同社のAIチャットボット「Gemini」が文章を書く際の出発点になることを示すために制作されたという。しかしGoogleをはじめ、多くの企業はさらに大きな野心を抱いている。AIを消費者が手軽に使えるツールとして描くことで、消費者にAIを受け入れてもらおうとしているのだ(この記事のためにコメントを求めたところ、GoogleとMetaからのみ回答があった)。
五輪期間に放送されたAI関連のCMは、AIを「使いやすいアシスタント」であると同時に、「力を与えてくれる友人」として描いていた。スピード感のある刺激的なCMもあれば、身近な要素をちりばめた親しみやすい広告もあった。しかも、憧れのスターまで登場するとなれば、AIが邪悪な存在であるはずがない――少なくとも、それが各社のCMが伝えているメッセージだ。
もっとも、これはかなり強引な主張でもある。しかし、これまでにない商品を大衆に知ってもらうためのCMなのだから、中途半端なやり方では目指す効果は得られない。
CMの目的は、視聴者の行動に影響を与えることだ。商品を買ってもらうことが目的の場合もあるが、AI関連の広告のように、認知度を高め、愛着をもってもらうことが目的の場合もある。
筆者がこれまでに見てきたAI関連のCMは、レシピの作成やメールの要約、雷と稲妻の違いの説明など、AIを活用した機能を次から次へと見せることで、AIの実用性を訴えるものが多かった。
CMに登場する人々はみな、AI機能を体験すると驚いた表情を浮かべ、感嘆の声をあげた。
AIが虚偽の回答を返すことはないし、人間の存在が脅かされることもない。
各社はこうしたCMを使って、AIのイメージを穏やかに再構築し、消費者の不安をやわらげ、好奇心を刺激しようとしている。自社のAIを使ってもらうために、自社のAIこそが最高のAIだとアピールする。
GoogleとMetaのAIチャットボットは、人々が日常的に使っている製品に組み込まれているという点で有利だ。例えば「Google検索」の検索結果には「AI Overviews(AIによる概要)」が表示され、「Facebook」や「Instagram」には「Meta AI」が搭載されている。
しかし、各社がCMによって伝えようとしているメッセージは違う。
Googleが目指すのは、世間をあっと言わせることだ。第1弾のCM「Welcome to Gemini(ジェミニへようこそ)」は、いわばGeminiのお披露目パーティーだ。といっても、ラッパーがDJを務める、にぎやかな学生パーティーのノリに近い。けたたましく、疾走感があり、そしてFOMO(取り残されることへの恐れ)を生み出そうとしている。
一方、MetaのCMは、投票先を決めかねている有権者に古き良きアメリカの価値観を語る候補者のような趣をたたえている。清廉で、善意にあふれ、隠し事など一切ない、信頼に値する候補者といったところだ。
各社の戦術を詳しく見ていこう。
「Welcome to the Gemini Era」(Geminiの時代へようこそ)というキャッチフレーズは、AIの台頭はあらがえない運命だと言っているかのようだ。無駄な抵抗はやめて仲間になるようにと、Googleがさりげなく(あるいはあからさまに)ささやいているように感じられる。
Geminiの広告は派手でエネルギッシュだ。さまざまなAI機能が次々と画面に現れては消えていく。AIが水しぶきの画像を生成し、屋根の水漏れ工事の見積もりを取る。画面の切り変わりがあまりにも速くて、何の機能が紹介されているのか判別できないほどだ。
画面に陸上短距離のSha'Carri Richardson選手が登場し、Google Pixelの「かこって検索」(サムスンの「Galaxy Flip6」や「Galaxy Fold6」にも搭載されているAI機能)を使ってピンクのブーツを検索する。バスケットボールのKelsey Plum選手や、ブレイキンのVictor Montalvo選手、コメディアンのLeslie Jones氏も登場する。Googleは大勢の有名人を起用することで、Geminiを流行に乗り遅れないために必要なものと位置づけている。
Googleの目的は消費者の注意を引くことだ。同社はこのCMに莫大な金額を費やした。テレビ広告測定プラットフォームiSpot.tvによると、このCMは6月6日から7月26日の間に約2000回テレビで放送され、推定予算は700万ドル(約10億円)に上るという。この数字にストリーミングは含まれない(ストリーミングに関するデータはすぐには入手できなかった)。
五輪期間中に繰り返し流れたAI関連のCMはもう1つある。Metaの「Expand Your World with Meta AI」(Meta AIで世界を広げよう)だ。
CMのトーンは控えめで、どこにでもいそうな人々がMeta AIを使って、夕食に何を作るか、長いドライブを飽きずに楽しむにはどうすればいいかといった問題を解決する様子を描いている。
画面には時折Meta AIのインターフェイスや、「Ray-Ban Metaスマートグラス」のカメラ機能を使って、冷蔵庫の中身から献立を考える様子が映る。
父親がMeta AIの助けを借りて建てたツリーハウスを見て、子供が「わぁ、すごい」と歓声を上げる。
素朴で家庭的なCMだ。Metaがアピールしようとしているのは米国の中間層であって、少なくともアーリーアダプターではない。Metaは、Meta AIを「気軽に使えるAI」と位置づけようとしている。Meta AIはすでにFacebookやInstagramに組み込まれていることを考えると、この戦略は一理ある。
Metaのコーポレートマーケティング担当バイスプレジデントのJosh Ginsberg氏から届いたメールによると、MetaがリーチしようとしているのはAIに関心があり、Meta AIを使うことで利益を得られる人々だという。もっとも、この言葉が具体的に何を意味しているのかはよく分からない
「世界を広げよう」というキャッチフレーズの方が、むしろ雄弁だ。この表現は1969年の月面着陸や、広大な宇宙に広がる未来への約束を思い起こさせる。
Meta AIのCMは、「まっさらなプロンプトから始めよう。あなたの質問が、あなたをどこへでも行きたいところへ連れていってくれる」というナレーションで締めくくられる。
しかし最大のポイントは、このCMが6月14日から7月31日の間に7500回以上も放送されたことだろう(iSpot.tv調べ)。この数は、GeminiのCMの放送回数のほぼ4倍にあたる(繰り返すが、この数にストリーミングは含まれない)。
五輪期間に放送されたMicrosoft「Copilot」のCM「Reimagine What's Possible」(何ができるか再考しよう)は、他社の広告ほど目立たないかもしれないが、最近放送されたAI関連の広告の一例だ。
このCMが描いているのは、周囲の人に批判されても、自分なりの目標を掲げてスポーツに打ち込んでいる人々だ。このCMには「勝ち目のない挑戦者」を応援する雰囲気が漂っている。
画面の中央に「Watch Me(さあ、見て)」という文字が現れ、続いて妊婦が(もちろん医師の許可を得た上で)ウェイトリフティングの準備をしている姿が映し出される。
このCMのメッセージは明らかだ。Copilotは、あなたが夢を追いかける手助けをしてくれる相棒だ――。このCMは、一度でも周囲になじめないと感じたことのある人、ただ見てほしい、耳を傾けてほしいと願っている人々の心に訴えかける。
実際、Copilot のキャッチフレーズは「Your Everyday AI Companion」(あなたの毎日のAIコンパニオン)だ。Copilotは、人間の仕事を奪ったり、人類を終わらせたりする存在ではなく、あくまでも友人として描かれている。
サムスンも、AIに関するメッセージを発信する際はエンパワーメントの側面にスポットライトを当てている。サムスンは「The Next Big Thing is You」(次にブームを起こすのはあなた)というメッセージを打ち出し、一人ひとりが主役だと語りかける。AIは恐れるべきものではなく、自分の可能性を広げてくれるものだ、と。同名のCMは、新しい国に引っ越してきた青年が「Galaxy AI」の翻訳機能を使って友達を作っていく様子を描く。友達作りに役立つ技術が、悪いものであるはずがない、というわけだ。
筆者は15年間、広告関係の記事を書いてきた。この業界については、それなりに分かっているつもりだ。
エミューが登場する、自動車保険会社Liberty Mutualの広告は大嫌いだった。特に相棒のDougにはイライラさせられた。しかし、ふと気づくと「支払いは必要な分だけ!リバティ、リバティ、リ〜バティ、リ〜バティ」という決まり文句を暗唱できるようになっていた。天才的な仕組みだ。
これがキャッチフレーズの力だ。キャッチフレーズの目的は必ずしも真実を伝えることではない。消費者の考えに影響を与え、自社の商品を消費者の脳裏に焼き付けることだ。そうすれば、次に自動車保険を買いたいと思ったとき、Liberty Mutualの名前をまっさきに思い出してもらえる。
ラッパーのJay-Zを起用して制作したGeminiの広告も、まさにその効果を狙ったものだ。全体としては、AI関連の広告は注目を集めることに成功したと言える。たとえ、それが単に放送回数の多さによるものだったとしても。
こうした広告は「AIは役に立つ」「AIは未来のテクノロジーだ」と主張する。いつかは誰もが使うことになるものだ、と。こうしたメッセージは、確かに人々の好奇心をそそるかもしれない。だとすれば、CMとしては成功だ。
Googleの場合、CMに登場する有名人たちの力も無視できない。
しかしAIを人間の友人と位置づけるメッセージは、果たして真実を伝えていると言えるだろうか。そこには初デートでいきなりプロポーズされるような違和感があることもまた事実だ。
米国人たちは、AIに対してまだ不安を抱いている。AIは未来のものなのだから、いつか使ってみたいと思っているかもしれないが、まだその段階には到っていない。
「Dear Sydney」が失敗した理由の1つは、私たちがチャットボットにどれほど慣れているか、また、チャットボットに何を委ねようとしているかをGoogleが過大評価していたことにある。その後に起こった直感的な反応は、私たちがAIを使って何をするかに関するテクノロジー企業の認識と、私たちが実際にしたいこととの間に、依然として大きな隔たりがあることを物語っている。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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