もし家にロボットがいたとして、そのロボットはどんな存在だろうか。
1985年に放映された米国のSFホームコメディ「スモール・ワンダー」には、ビッキーと名付けられたロボットが家族の一員として登場した。しかしポップカルチャーの作品では、ロボットは非常に有能で、人間を助けてくれる存在として登場することの方が多い。例えばアニメ「宇宙家族ジェットソン」に出てくるロボットお手伝いさんのロージーや、「アイアンマン」や「アベンジャーズ」の敏腕アシスタントAI、ジャーヴィスがそうだ。
SF作家のJoanna Mciejewska氏は3月、「X」(旧Twitter)への投稿で、そのイメージについて「私は自分が創作活動や執筆に専念するためにAIに洗濯や皿洗いをやってもらいたいのであって、自分が洗濯や皿洗いをするために、AIに創作活動や執筆をやってもらいたいわけではない」と述べた。
この発言は共感を呼び、3月29日に投稿されて以来、300万回のビューと10万2000件の「いいね」を獲得した。
そのようなライフスタイルは、1962年にはすでに「宇宙家族ジェットソン」で描かれていたが、それから62年経った今もまだ実現していない。
その理由は何だろうか。
第一の理由は、AIやロボット工学は数十年に渡って研究されているが、その技術を生活の中に論理的かつ手頃な価格で取り入れることが今でも非常に難しいことだ。また、哲学的、倫理的な面でも検討すべきことがある。Maciejewska氏への返信の1つで指摘されているように、これは複雑な問題だと言わざるを得ない。
その返信を書き込んだユーザーは、「問題は、人間がやりたいことは何で、何を自動化すべきなのかを誰が決めるのかだ」と述べている。「私の仕事相手には、AIに仕事を奪われることを心配している会計士がたくさんいるが、AIに文書作成を手伝ってもらうとことに積極的な会計士も多い」
生成AIが登場したことで、このテーマについて考え、議論することが増えているが、生成AIは文章を書くことは得意でも、計算(や税務)はそれほど得意なわけではないではない。「ChatGPT」やGoogleの「Gemini」、「Microsoft Copilot」、「Meta AI」、「Adobe Firefly」などの多くのAIチャットボットシステムが優れているのは、非常に人間に似た形で言葉や画像を合成したり、処理したりする能力だ。
しかし、チャットボットはロボットではない。
Maciejewska氏自身も、実際に欲しいのは洗濯ロボットではなく、AIに自分が嫌っている税務処理などの仕事をやってほしいのだと明確にしている(別のXユーザーは、AIには「理解力や判断力がないため、税務処理のような実務を信頼して任せることはできない」と指摘している)。この記事を書くためにMaciejewska氏にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
とはいえ、洗濯ロボットの夢がなくなったわけではない。これについて語るには、可能性と限界の両方を理解し、この現在進行中の取り組みについて、開発者がどのように時間や労力を費やしているかを理解しなければならないだろう。
AIとロボット工学には、重要な違いがある(それを理解したければ、Redditで人に聞いてみればいい)。
AIは、コンピューターで人間の知能を模倣することに焦点を当てた計算機科学の1分野だ。AIは作業を実行するための頭脳だと考えることができ、本質的にはソフトウェアだ。
一方で、ロボット工学の中心は機械であり、ワインを注いだり、汚れた器を食洗機に入れたり、花を花瓶に生けたり、オムレツを作ったりするような作業をする、物理的で機械的なものを扱う。家庭で使われるものというよりは、工場で自動車を組み立てたり、倉庫で製品を運んだりするために使われるものを扱うことが多い。
ロボットの方が実現するのは難しい。なぜなら、ハードウェアが必要であり、周囲の環境と相互作用してさまざまな大きさや材質の物体を操作する腕や手を持った、何らかのボディが必要だからだ。爆発的な成長を遂げている生成AIと比べれば、ロボット工学は大きく後れを取っている。人間の体が行えるような物理的な行為を何でも行うことができ、周囲の環境を理解できるロボットを作るのはあまりにも難しい。
ビールを醸造したり、アイスクリームやラーメンを作ったりといった、特定の作業だけに特化したロボットを目にすることはあるが、それだけだ。また、用途が限られているロボットが展示会で大きな話題になることはあっても、多くの場合、私たちのような消費者向けに販売するのは難しい。たとえ実際に売り出されたとしても、非常に高価な商品になってしまう。
洗濯の例について少し考えてみよう。
洗濯をするには、洗濯部屋という複雑な環境で、物を物理的に操作する必要がある。そこには洗濯機や乾燥機があるだろうし、アイロン台もあるかもしれない。洗濯物にしても、大きさや形、材質、洗濯時の注意事項がそれぞれ異なる、シャツやズボン、ブラウス、ブラジャー、靴下、タオル、シーツなどさまざまだ。
多くの研究者やスタートアップがこの課題に労力と資金をつぎ込んできたが、その成果はあまり表れていない。
例えば2010年には、ロボット企業のWillow Garageが、汎用ロボットの現状を改善できることを期待して、11人の研究者に400万ドル相当のロボットを提供した(米CNETでも14年前に記事にしており、その時の見出しは「Getting robots to do the laundry and the dishes」《ロボットに洗濯や皿洗いをさせることはできるか》というものだった)。その結果、大学院生の1人がタオルの折りたたみ作業である程度の成果を出したものの、このスタートアップは、2014年に新技術の多くを他のベンチャー企業にスピンオフした上で事業を停止したと報じられている。
またその数年後には、Foldimateというスタートアップが980ドルの洗濯物たたみロボットをCESで発表したが、そのロボットは洗濯物を1枚ずつ投入する必要がある上に、シーツやタオル、ベビー服のようなものには対応できなかった。同社は2020年頃に姿を消した。
ロボット工学の問題ですらない問題もある。AmazonとWhirlpoolは、2016年のCESでスマート洗濯機を発表し、洗剤を自動的に注文できるようにしようとした。これは、AmazonのアカウントをWirlpoolのアプリと連携させると、お気に入りの洗剤が少なくなったら、洗剤を再注文する許可を洗濯機に与えることができるというアイデアだった。
WhirlpoolとAmazonにこの洗濯機がどうなったかについてコメントを求めたが、回答はなかった。おそらく、このコンセプトは世間に受け入れられなかったということなのだろう。
それでも、家庭用ロボット(あるいは、あらゆる種類の雑用をこなせるロボットと言い換えてもいい)を作るという難問を解決しようとする努力は続いている。そのためには、ロボットの物理的なパーツだけではなく、人間の知性を模倣するためのトレーニングも必要になる。
スタンフォード大学の研究者は、「Mobile ALOHA」と呼ばれるロボットを開発した。このロボットは、自律的に鍋を片付けたり、椅子の場所を整えたり、エビを炒めたり、こぼれたワインを拭いたり、ハイタッチをしたりする能力を持っている。この動画では、ギョロ目を持つロボットが3品目のコース料理を作る様子を見ることができる。同大学の4月の発表によれば、Mobile ALOHAは掃除機がけや、洗濯や、植物の水やりなどの家事についても有望な結果を出しているという。しかしこのロボットを一般発売できるのはずっと先の話になるだろうし、今の形状は決してスマートなものではないと言わざるを得ない。
Mobile ALOHAの研究チームは、模倣学習と呼ばれるプロセスを使ってこのロボットのトレーニングを行っている。これは、人間がロボットの背後に立ち、遠隔操作インターフェースを使用して、ロボットに自分のアームで作業を行う方法をやってみせるという手法だ。スタンフォード大学の計算機科学および電気工学の助教であり、Mobile ALOHA研究チームのアドバイザーを務めるChelsea Finn氏は、そのプロセスを説明する動画の中で、その作業をロボットを人形に見立てて「一種の人形遣い的な作業」だと説明している。
スタンフォード大学計算機科学科の大学院生であり、Mobile ALOHA研究チームの共同責任者であるTony Zhao氏は、同じ動画の中で、ロボットに十分なデータを与えるには1タスクにつき約50回の試行が必要だと述べている。Zhao氏はまた、最終的な目標は「人々が考える未来の家庭用ロボットのあるべき姿の期待に応える」ことだとした。
これまでのほとんどのロボットは、工場や倉庫のような管理された環境で、繰り返し同じ動作を行うようにプログラムされていた。家庭用ロボットのトレーニングには、機械学習などのAI技術を利用した手法もある程度使われることになるだろう。
「ロボットを現実の世界で使えるようにするためには、周囲の状況を認識し、それに反応できなくてならない」とFinn氏は言う。「私たちは、ロボットをより賢くし、実際に現実世界に送り出せるようにするために、機械学習を利用できるかどうかを調べることに関心を持っている」
このロボットは、自律的にいろいろな家事を行う能力について将来性を示したが、現段階のものは3万2000ドル(約520万円)の試作機だ。
Google、Amazon、Apple、Teslaなどの企業が、それぞれのやり方で、掃除から家の監視、安全ではない作業や繰り返し作業、あるいはつまらない作業などの多種多様なタスクを行うように設計された、さまざまなプロジェクトやプロトタイプに取り組んでいる。
Teslaの最高経営責任者(CEO)であるElon Musk氏は、やや恐ろしい見た目をした人型ロボット「Optimus」のデモンストレーションを行った際、このロボットを2027年までに2万ドル(約320万円)で発売したいと述べていたが、これらのロボットはまずTeslaの工場で使われる予定であり、その仕事には製造ラインの他のロボットに部品を運ぶことなどが考えられていると語っていた。ロボット執事が実現するのは、当分先の話になりそうだ。
AIとロボット工学を組み合わせて、予測不可能な環境で(つまり私たちの住む家のことだ)さまざまな作業を行える1台の機械にまとめ上げるまでには、まだ長い時間がかかる。Mobile ALOHAにしても、Optimusにしても、ほかのオムレツ焼きロボットにしても、詩を書いたり、郵便物の送り状を作成したり、テディ・ベアやビーチにいる子猫の画像を生成したりすることはできない。
一方で生成AIを開発している企業は、そうしたツールを市場に普及させようとしており、それが燎原の火のごとく広がっている。これまでこのようなツールは存在せず、考えられる用途があまりにも多いため(それらの用途には、特に人間にしかできないものだと考えられてきたクリエイティブな分野も含まれる)、その使い道は模索され始めたばかりであり、コスト面での参入障壁も非常に低い。
広告代理店Momentum Worldwideのグローバル最高技術責任者Jason Alan Snyder氏は、「もし私がクリエイティブな作業のためのAIを開発していれば、広告業界やエンターテインメント業界、デザイン業界などの極めて付加価値の高い業界で応用できる可能性があるため、非常に見返りの多い投資になるだろう」と述べている。
一方、洗濯やキッチンの自動化は、すでに何十年にもわたって改良が加えられている、すでに確立された安定した分野だ。洗濯機は1850年代から出回っているし、食洗機は1950年代から存在している。
家庭向けの技術にも、ときおり画期的な進歩が起きることがある。例えば2002年にはiRobotが最初のロボット掃除機を発売しており、これまでに4000万台以上が販売された。また最近ではロボット芝刈機が普及し始めている。
それを考えれば、家庭用ロボットの分野が進化するには、もう少し辛抱する必要があるのかもしれない。
あるいは、根底にある憂慮すべき問題は、具体的な仕事の内容よりも、世界における私たち人間の役割かもしれない。
LinkedInのチーフエコノミストであるKarin Kimbrough氏は、Maciejewska氏のXの投稿について、AIが人間の創造性を低下させるのではないか、あるいはそのプロセス自体を全面的に破壊してしまうのではないかという、世間の不安を的確に突いたものだと述べている。
Kimbrough氏は、「必ずしもそうなるわけではない」と述べ、以前にも電卓が人間の計算能力を奪ってしまうのではないかと言われていたことを振り返った。「しかし電卓は、数学で速く計算するための道具になっただけだった」と同氏は言う。
同氏は、生成AIはコンテンツを生み出すのに役立つが、それを使わなければならないわけではないと述べ、創造性を発揮する方法はほかにもたくさんあるとした。また、これらのツールが作業時間を短縮するのに役立つとしても、ファクトチェックや編集などの指示や監督は依然として必要だという。
「これは人間の道具にすぎない」とKimbrough氏は述べた。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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