企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。引き続き、日揮ホールディングス サスティナビリティ協創ユニット 資源循環・バイオ事業化グループ SAF事業チーム アシスタントプログラムマネージャー/SAFFAIRE SKY ENERGY/Fry to Fly Project事務局の植村文香氏との対談の様子をお届けします
後編では、植村さんたちが実践してきたSAFの精製・供給事業拡大に向けたこれまでの打ち手、特に社内外での幅広い“巻き込み”活動について伺いました。
角氏:今取り組みはどこまで進んでいるのですか?国内でSAFの精製プラントはないというお話でしたが。
植村氏:大規模な製造設備はまだなくて、今まさに我々がコスモ石油さん、レボインターナショナルさんと、大阪の堺市にある同社敷地内にプラントを建設中です。
角氏:作っているのですか、予算規模はどれくらいですか?
植村氏:具体的な金額はお伝えできませんが、数百億円規模になります。国でもトップバッターという形なので、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)から助成を受けています。2025年初頭に完工し、2025年ごろから供給を開始する予定です。大阪という立地は意図して選んだ訳ではないのですが、大阪・関西万博があるのでそこで世界にも「SAFを供給できます」と言えます。国としても海外の航空会社に周知させていく必要がありますから、良い機会なのでどんどん発信していきたいと思っています。
角氏:タイミングもばっちりですね。万博運営サイドとしても、こういういいネタは欲しいですよね。行政も喜んでいると思います。
植村氏:偶然ですけどね(笑)。自治体や万博協会とも連携して広げていきたいです。
角氏:当連載ではさまざまな方に新規事業のお話を伺っていますが、新規事業は投資したら儲かるという見通しが立ちにくいのでスモールスタートになりがちで、頑張っても数億円からスタートするケースがほとんどです。その中で数百億円というと、今までの最大値を大きく超えてくる投資額です。
植村氏:プラントを作ってSAFを供給していくとなると、どうしても大きなお金が必要になります。ただ3万キロリットルは、石油業界の既存ビジネスとしてはかなり小さく、当初は社内でも「そんなビジネス規模の小さいものを作って意味があるのか?」という声もありました。でもまずは国内循環の仕組みを作り、原料が集まるようにしないとこのビジネスは成立していかないので、現実的かつしっかり影響力がある数字で始めようということで、それだけの投資額となっています。
角氏:普通ならビジネスにしにくいと思うんですよね。でも、「廃食用油があるけど国内で使えないから海外に輸出している、だけどそれは良くない。でもプラントがないから輸出する」という鶏卵問題が発生しているところに、まずは「私たちがやる」と名乗りを上げられたと。それと並行して、周囲の巻き込みも必要になってきますよね。
植村氏:我々は海外にプラントができてSAFの供給が始まった時期から取り組みを始めていたのですが、マーケットがないのでまずは社内外に仲間が必要で、世界の状況を説明してエビデンスを出し、事業化に挑戦していく中で徐々に活動の輪が拡がり、SAFの官民協議会も発足して機運が高まりつつある状況です。
角氏:協議会は植村さんたちの動きとは関係なく、国の方でできたのですか?
植村氏:関係なくはないですが、元々航空会社には課題意識があって、国も動かねばということで始まった形です。それと別に我々は、SAFの取り組みを始めた人たちが集まって何か一緒にできることをやっていこうという趣旨で、「ACT FOR SKY」という民間の有志団体を設立しました。当社が発起人になり、レボインターナショナルさん、全日本空輸さん、日本航空さんの4社が幹事企業として立ち上げたのですが、商社や石油元売りから冷凍食品会社、ほかにも銀行にも入ってもらい、仲間がどんどん集まっていきました。その時に、最初はプレスリリースや会見も担当者でやろうという話だったのですが、航空会社はSAFの重要性を認識しているのでトップが出る事になり、当社もトップが参加して会見をしました。するとトップも自分の言葉で話すので、SAFの事業理解が深まるんです。
角氏:側近の方たちも、社長を嘘つきにする訳にいかないですしね。経営陣も自分事になり、合意形成ができ、意思決定に至ると。
植村氏:だから我々もエビデンスや経済性のデータをそろえて頑張りました。ACT FOR SKYは直接当社のビジネスとは関係ないのですが、機運づくりのためにこのような座組みも作って外堀を埋めていく活動もしています。そこで、日揮が石油元売りでも航空会社でもなく、間に入って皆さんの要望を聞きながら進めていけたのは良かったと思っています。
角氏:誰が音頭を取ったらうまくいくのかということは1つキーポイントですね。
角氏:植村さんのサファイアスカイエナジーの中でのお仕事として、廃食用油の仕入れの部分が大きいと思いますが、どのような形で集めているのでしょう。
植村氏:廃食用油を集めるためには町のコロッケ屋さんや家庭など、色々な方々を巻き込んでいく必要があります。そのために色々なステークホルダーをつないでいかないとできないので、2023年4月に家庭や店舗から発生する廃食用油を原料とするSAFで、航空機が飛ぶ世界を実現する「Fry to Fly Project」を始めました。“油を揚げる”フライと“飛ぶ”フライをかけたネーミングで、エビフライをアイキャッチに使い、一般の方にも「これ何だ?」と思っていただけるように工夫しています。既に自治体から航空会社、食品会社、百貨店、外食産業から銀行、郵便まで、2024年2月時点で80以上の企業・団体が参加するまで広がっています。
角氏:どうやって広げていっているのですか?
植村氏:すでに参加している企業や自治体の方々がインフルエンサーとなって広げていただいている形です。
角氏:僕は昔自治体にいたのですが、自治体は参加しやすいと思いますよ。ゼロカーボン都市宣言をしている自治体が山ほどあるので、リストを作って代表メールに出すんです。その時に、「ゼロカーボン都市宣言の担当部署につないで欲しい」と書くと、返事をくれます。そこから詳しく趣旨を説明して、「他の自治体もやっていますよ」と伝えると。何をすればいいか聞かれるので、「外食で廃食用油を出していそうな会社を教えてください。後はこちらで対応します」と言えば、リストを作ってくれると思います。
植村氏:なるほど、それなら一気にいけますね。
角氏:後はARCHつながりでいうと、全国の中小企業とつながりが深いのが商工組合中央金庫(商工中金)さん。話を持ち掛けると面白いかもしれません。植村さんがARCHの会員になれば話は早い(笑)
植村氏:実際に横のつながりは大きいです。大阪でも、堺市内のメーカーさんから大阪公立大学さんを紹介していただいて、大学の環境サークルと連携してお互いのイベントに登壇するような関係性もでき、そこからさらに大学系のコンソーシアムに話を展開していただけています。
角氏:どんどん広がっていきそうですね。
植村氏:特に企業さんには自らの社会貢献活動として扱っていただいています。日本航空さんが機内誌で大々的に発信してくれたり、ダイドードリンコさんが自販機にラッピングしてくれたり。年末に加入してくれた東京メトロさんにも、車内や駅で紹介をしていただいています。ほかにも、天ぷらを揚げる(油を使う)ところからその油がSAFになり、飛行機の燃料として給油されるまでのVR映像を作って自治体のイベントで子どもたちに紹介するなどの取り組みも実施しています。
角氏:仲間を集めることがトリガーになって、事業が広がって成立していき、これからさらに仲間を集めていく取り組みもされているんですね。
植村氏:そうですね。結局このビジネスは、原料が無いことには始まらないので、廃食用油集めてくる部分がコアなのです。そのためには、皆さんの協力が必要不可欠で、機運を作ることが大事だと思います。
角氏:植村さんの、ぐっと入り込んでいって没頭していく能力が、まさにいま仲間を広げていく活動にいかされている。合気道の経験を活かして、人をゴロゴロ転がしている訳ですね(笑)。周りを巻き込むときに、冷たい人だとこちらも距離を置いてしまうものですが、植村さんは話していたら色々相談したくなるようなキャラクターです。
植村氏:本当はそんな温かい人間ではないのですが、この事業をやっていく中で人のやさしさに触れて、何かに目覚めたのかもしれません(笑)
角氏:最後に、次のマイルストーンを教えてください。
植村氏:2025年にSAFの工場ができるので、まずはそこに向かって頑張ります。加えて、家庭の廃食用油は、捨てられているものが多くあると思うので、次のステップとして、一般のみなさまに、廃食用油を再利用できるという意識を持ってもらうことが重要だと思っています。今後は自治体とも連携しながら、家庭の油をどう効率的に回収していけるか、どうやったらみんなが廃食用油を持っていきたくなるか、どのような場所に回収の設備を設置すればいいのかを考えながら取り組みを進めていきます。
角氏:それこそ国と連携して、食用の廃油はこれに入れて出すとルールができたら、みんなそれに則って出してくれるでしょう。植村さんが国のSAFの委員になればいいんですよ。「多くの自治体に聞いたところ、こうしたらいいと言っています」と声を届けて。
植村氏:そういう活動もできればいいと思っています。
角氏:植村さんの巻き込み力があれば、必ずできますよ。今日はありがとうございました。
プレスリリース【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
住環境に求められる「安心、安全、快適」
を可視化するための“ものさし”とは?
「程よく明るい」照明がオフィスにもたらす
業務生産性の向上への意外な効果
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス