「TikTok」上のインフルエンサーが、保湿剤や美容液、コンシーラーをお勧めしているのを見かける。輝く夏の自分になれるというふれ込みだ。その製品を買って試してみるが、自分には合わないことが分かる。吹き出物ができたり、脂性肌が余計脂っぽくなったり、他のスキンケア製品となじまなかったりする。
必ずしも、そのインフルエンサーがうそを言ったというわけではない。肌のタイプが全く違うだけだ。あるいは、肌のタイプは同じでも、なぜだか分からないが特定の成分が自分には合わないのかもしれない。
スキンケアや美容についての情報が過剰なほどあふれている今、必要な情報を得ようとして似たようなことを経験した人は多いだろう。もちろん、筆者もその一人だ。スキンケア製品の成分ラベルを読むには化学の学位を持っていないといけないのか、と感じることすらある。もうそろそろ、美容製品も、もっと各自に合ったスマートな買い方を編み出すべきときではないか。ありがたいことに、L'Orealがその期待に応えようとしている。
今やどんな業界を思い浮かべても、そのほとんどで人工知能(AI)が導入されつつあるが、美容企業も例外ではなく、AI技術を利用して、一人一人に最適な製品を見つけられるよう試みている。筆者はちょうど、パリで開かれた「Viva Technology」カンファレンスに参加してきたところだ。そこでL'Orealが、AI主導の一連のツールを紹介していた。スキンケアの分析から、髪の色や健康の分析、さらには製品を推奨したうえに拡張現実(AR)を利用して「試用」させてくれるチャットボットまで、あらゆる機能が約束されている。
AIが化粧品についての悩みを解決してくれる可能性に注目しているのは、もちろんL'Orealだけではない。化粧品小売大手のSephoraもAIを活用したショッピング体験を導入しており、本当に必要な製品を見つけ出すという、途方に暮れてしまいそうなこともある過程を支援しようとしている。こうした取り組みの多くは、道なかばの試みだが、化粧品を買うときに困りはてることが多い消費者の一人として、各社が何を目指そうとしているのかは理解できるし、それを期待している。
「美容業界は、化学だけなら1000年の歴史を持つが、ハイテクの活用については10年の歴史しかない」。こう語るのは、その10年の間L'Orealでテクノロジー育成部門を率いてきたGuive Balooch氏だ。この10年間、同社は新興技術を大々的に研究し続けており、メイクアップの支援技術などのプロダクトで「CES」の賞を獲得したこともある。
しかし、過去10年で同社が学んだ教訓もあった。ある時点で期待できると思えそうなトレンドに飛びついても、それが尻すぼみに終われば、結局はカスタマーリレーションシップについても製品についても何の足しにもならないということだ、とBalooch氏は言う。技術上の新しいトレンドが出現するたびに、表面的にだけ美容を当てはめるのではなく、技術によって美容業界の問題を解決する道があるのかどうかを模索することが重要なのだ。
技術によって美容業界の問題を解決するということこそ、L'Orealが、AIを活用する同社の新しいアプリ「Beauty Genius」で達成できたのではないかと期待している点だ。Beauty Geniusは今のところ、スタイリストを自分のポケットに入れて連れ歩けると言えるのに最も近いアプリである。「基本的に重要なのは、実はAIそのものではない。消費者が何を必要としているかを理解し、美容に関するしきたりにこれまでずっとつきまとってきたストレスを緩和することだ」、とBalooch氏は話している。
筆者が、このアプリで個人的に最も関心を持っているのは、肌の状態の変化、例えば目の下のクマが前の日より悪化したといったことを診断できる機能だ。そのうえで、毎日決まっているお手入れや化粧を調整できるように、そのときその場で使うといい製品を勧めてくれる。
肌が赤くなったり、思わぬ時にニキビが出たり、時として口のまわりが皮膚炎になったりといった症状に悩まされる身として、Beauty Geniusにぜひ望みたいことがある。皮膚のトラブルを識別し、それを悪化させずに鎮め、隠してくれる製品を推奨する機能だ。
美容と皮膚科学との間は、重なり合う部分が大きいので、Balooch氏が技術畑の前にまず科学畑の人間だったのは納得がいく。医療バイオエンジニアリングのバックグラウンドを持つ同氏は、美容について、テクノロジーがスキンケアに関するハイパーパーソナライゼーションと疑問解明の両方を加速するというビジョンを抱いている。
「肌に関するバイオマーカーを測定できるようになる日も遠くないかもしれない。そうなれば、ある製品が肌に良好な反応を引き起こすどうか、身体に合っているかどうかを伝えられるようになる」(Balooch氏)
一方、L'Orealは社内の臨床試験で蓄積してきたデータを、匿名のオンラインレビューやカスタマーサービスでの会話と統合しており、750種類の製品に関する強力なデータセットを作っている。同社はそれを利用して、個々のスキンケアのニーズに応える個別のお勧めを提示できるようにする予定だ。
Beauty Geniusは、私たちの多くがだいぶ使い慣れてきたAIチャットボットの美容特化版としても機能する。例えば、美容液を購入したものの、使い方がよく分からないとしよう。朝と晩のどちらで使うのか、1日1回か週に1回か、他のスキンケア製品との順番はどうかといったことだ。Beauty Geniusは、収集したデータに基づいて、「ChatGPT」と同じように自由なスタイルの会話でこうした質問に答えることを想定して作られている。
これがうまく機能すれば、Beauty Geniusはスキンケア製品や化粧品を購入するときに多くの人が経験する試行錯誤を解消するかもしれない。肌に合わない製品を買ってしまって無駄づかいに終わったということが少なからずあるのではないだろうか。理屈の上では、うまくいけば、業界が生み出す廃棄物の量も減るはずだ。売り出した製品が不発に終わり、あちこちの洗面キャビネットでほこりをかぶったままになることが少なくなる。
L'Orealほど、AIを試してみるのに有利な立場にある企業は多くない。同社は世界最大の化粧品会社であり、その製品ポートフォリオも広大だからだ。傘下には、「Lancome」のような高級美容ブランド、「NYX」をはじめとするドラッグストアで人気のブランド、さらには「CeraVe」や「SkinCeuticals」など皮膚科学を基盤とするスキンケアブランドなどがある。美容製品を使っている人なら誰でも、L'Orealブランドの化粧品を少なくとも1つは持っているのではないだろうか。
L'OrealがAIをうまく使いこなした場合、最終的には製品の全体的な売り上げが減少する可能性がある。だが、同社はその分まで織り込み済みのようだ。「当社は断固としてサステナブルな消費を推進する」と、L'Orealのデジタルおよびマーケティング担当最高責任者を務めるAsmita Dubey氏が、インタビューで発言している。
短時間ながら使ってみたBeauty Geniusアプリは、筆者がいつもだったら気恥ずかしくて試せない色の口紅を試してみては、と勧めてきた。アプリでカメラを使って肌、髪、目の色を分析する機能があるので、驚くほど自分が引き立って見える選択肢もいくつか示された。とは言うものの、自分の唇の色とかなりかけ離れた色を試そうという勇気はまだ出ていない。
Beauty Geniusは現在まだベータ版だが、間もなく1000人の試用ユーザーに提供される予定だ。「当社の科学的、臨床的なデータを使い、何度も何度もテストを重ねる。誰にでも使ってもらえると感じてからでないとリリースはしない」、とBalooch氏。
さらに広い視野に立って、同社は各種のプラットフォームとマーケットでコンテンツ制作を試みるため、生成AIのラボを立ち上げた。また、美容の分野で特にAR、AI、および3Dのコンテンツ制作を試すクリエイタープログラムについて、Metaとの提携も進めているところだ。
パリの北部にあるL'Orealのパッケージラボでは、香水とファンデーションのボトルのコンセプトを検討するために、デザイナーが過去1年の間、AI画像生成ツール「Midjourney」を使ってきた。使い始めた当初は、自分たちがお払い箱になるのではないかと危惧したデザイナーもいた、とL'OrealのUXデザイン部門でグローバル責任者を務めるJordan Moline氏は話している。だが、刺激に満ちた制作の仕方であることが、すぐに分かってきたという。
Moline氏は続ける。「独自のデザインを生み出す創造者は、われわれなのだ」。同氏のチームは、サステナブルな新しい素材をもっと自由に扱えるようになり、元のコンセプトから生まれる選択肢も増えている。
私たち消費者が購入する製品からその購入の仕方まで、AIが美容業界全体に影響を及ぼしていることは明らかだ。比較的新しいこの技術の応用事例の多くがそうであるように、美容業界の企業もまだ模索の段階を出ていない。それでも、L'Orealのビジョンが実を結べば、私たちが毎日使うスキンケア製品や化粧品とのつながりは、これから今まで以上に一人一人に合ったものになり、自信と創造性にあふれたものになるだろう。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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