テクノロジーを活用して、ビジネスを加速させているプロジェクトや企業の新規事業にフォーカスを当て、ビジネスに役立つ情報をお届けする音声情報番組「BTW(Business Transformation Wave)」。スペックホルダー 代表取締役社長である大野泰敬氏をパーソナリティに迎え、CNET Japan編集部の加納恵とともに、最新ビジネステクノロジーで課題解決に取り組む企業、人、サービスを紹介する。
ここでは、音声番組でお話いただいた内容を記事としてお届けする。今回ゲストとしてご登場いただいたのは、海幸ゆきのや 代表職務執行者の日納真吾氏。関西電力の子会社として、エビの陸上養殖を手掛ける異色の経歴の背景を聞いた。
加納:早速ですが、海幸ゆきのやが手掛ける事業内容について教えて下さい。
日納氏:私たちは関西電力の子会社になりますが、一言で申しますとエビの陸上養殖を手掛けています。年間80トンを生産できる規模のプラントを持ち、日本では2番目の規模になります。
大野氏:エネルギー企業と陸上養殖、全く畑違いの、かなり面白いプロジェクトだと思いますが、きっかけは。
日納氏:関西電力では、中期経営計画で「『あたりまえ』を守り、創る」を経営理念に据えています。エネルギーの供給も「当たり前のこと」ですが、加えて、食にフォーカスしてなにか社会貢献ができないかを考えてきました。その1つの活路として陸上養殖はどうだろうと。その中でいろいろ検討する中で行き着いたのがエビになります。
大野氏:関西電力としてエビの陸上養殖以外にも食に関連する事業はやってらっしゃるのですか。
日納氏:水産業や農業など、いくつかチャレンジしていますが、現時点で事業化までこぎつけたのはエビの陸上養殖のみになります。
大野氏:異業種から参入で、事業化までできた要因を教えて下さい。
日納氏:良いパートナーにめぐりあえたことですね。現在、静岡県磐田市でエビの陸上養殖に取り組んでいますが、磐田市は陸上養殖事業の企業誘致に積極的で、かなり手厚い支援をいただいています。加えて、エビの養殖事業を手掛ける企業「IMTエンジニアリング」と共にこの事業を始められたことも大きかったですね。
大野氏:どうやって知り合われたのですか。
実は関西電力は光合成細菌の特許を持っていまして、これを発電所の取水口部分の水質改善に役立てています。薬品などを使わず、細菌で水を浄化できるのですが、その副作用として、エビの成長を促すことがわかりました。
特許化を考えた当時、エビの養殖を手掛ける企業の方に光合成細菌の研究をお願いしていたことがありまして、そのご縁で知り合い、今回組ませていただいています。
加納:パートナー企業の方とめぐりあい、事業化に至るまではどのくらいの期間だったのでしょう。
日納氏:事業構想から検討、さらにIMTエンジニアリングとの協議に2年程度かかりました。その後、会社の立ち上げやプラントの建設に約2年、さらに生産に入ってもうすぐ2年という感じですね。
大野氏:約5年を費やしているんですね。
日納氏:会社設立以前に3年程度検討期間がありました。
大野氏:取水口の水質改善に使う細菌がエビの成長を促すことにはいつ、どのように気づいたのですか。
日納氏:研究段階から「何かあるな」と。そこでIMTエンジニアリングの方に使っていただくと、この細菌を与えたエビの収穫量が多くなることがわかりました。
大野氏:今までと同じやり方で収穫量が増えると、売り上げも上がりますよね。一方で、現在磐田市に拠点を置かれていらっしゃいますが、水質や物流など、地の利もありますか。
日納氏:現在、プラントを置いているのが、海水と淡水の両方が引ける土地で、エビの陸上養殖にはこの水が必要になります。それを自分たちの敷地内で十分な量使えるというのは重要な要素です。水は、天竜川由来のきれいな淡水と、海水には海洋深層水も含まれていて、水質は非常に優れています。
加えて、エビは南方に生息していますから、育成するには水温を28度に保たないといけない。静岡県は非常に温暖な気候なので、温度面もクリアしています。最後に土地柄、東京、名古屋、大阪という都市圏にアクセスがしやすく物流面でのメリットも高い。こういったことを総合的に勘案して磐田市に決めました。
大野氏:淡水と海水が同じ場所で引けるのですか。
日納氏:そうなのです。非常に珍しい場所だと思います。場所の選定にあたっては、関西エリアなども探しましたが、そもそも大量に取水できる場所自体が非常に限られていて、同じ条件で探すのはかなり難しい。
私たちは海水と淡水を混ぜた汽水でエビを育てています。濃度は生産者ごとに違いがあり、海水だけで作っている会社もありますし、そもそも内陸地で陸上養殖をやっているところは淡水しか引けないので、そこに塩などをまぜて人工海水をつくり、養殖しているケースも多い。そう考えると、陸上養殖ながら、海水と淡水を使えるこの拠点は非常にメリットがあると思っています。
大野氏:水の循環はどうされているのでしょう。
日納氏:完全閉鎖循環式の陸上養殖システムを採用しています。1つの水槽あたり750トンの水が入っているのですが、それを造波装置を用いて大きく循環させ、物理的にろ過をかけた上で、微生物によるバイオフィルターを通し、きれいな水を保っています。
大野氏:陸上養殖はどうしても設備投資にお金が必要になりますよね。ろ過装置などのランニングコストもかかる。黒字化は見えているのでしょうか。
日納氏:おっしゃるとおり、養殖事業は設備投資にお金がかかる上、エネルギーコストもかなり必要になってきます。そのためエネルギーコスト低減につながる仕組みを採用していて、先程申し上げた造波装置は、通常のポンプで水を循環させるより低コストで運用ができますし、エビ自体にゆきのやの付加価値を加えることで、単価を上げられると考えています。
また、生産回数を増やすことで、1日当たりのエビが抱える固定費を下げていく計画です。このあたりの取り組みを進めてまいります。
加納:エネルギーコスト低減などにテクノロジーも活用されていますか。
日納氏:先ほど申し上げた通り、造波装置がメインになります。加えて、水質管理やエビの生育状況、給餌量など、すべてのデータを収集し、解析することで、生産性向上につなげていきます。低コストを追求する一方で生産性を上げることで、黒字化は比較的早期に実現できると見ています。
大野氏:データの収集はカメラなどを使っていますか。かなり多くのデータが取得できると思いますが、分析にAIを活用されているのでしょうか。
日納氏:カメラを使って計測している部分もありますし、水質に関しては水槽内にセンサーを埋め込み、自動的にデータ送られてくる仕組みを構築しています。動画データをAIに学習させ、自動カウントさせるようなことはすでに取り組んでいて、道半ばではありますが、着実に進めています。
大野氏:陸上養殖は設備投資に資金が必要のため、販売価格を上げていくだけではなかなかペイしない。そのため赤字の事業会社が多かったですが、AIの進化やデータ分析による生産性向上で、1匹にかけるコストを下げ、黒字化を目指すということですね。
加納:設備自体もかなり大きいと思いますがカメラやセンサーはどのくらいの数必要ですか。
日納氏:センサーは各水槽に1台、すべての水が集約する濾過槽の入口につけることで水質を管理しています。カメラはポータブルタイプで、稚エビを水槽に放流する際のカウントに使ったり、適宜使用する形ですね。常時監視は必ずしも必要ではないので。
大野氏:生産性を最大化し黒字化を目指す一方、品質も課題の1つだと思います。陸上養殖の生産物は海面養殖やほかのものに比べると品質が落ちるという話しが以前はありました。
日納氏:味に関しては非常に高い評価をいただいています。私たちが採用する完全閉鎖循環式の陸上養殖の最大のメリットは外からの病原菌などが入ってこないところです。薬品や抗生物質を一切使わず生産ができ、臭みなどもない、非常にピュアな味わいです。
餌にもこだわり、独自の高栄養価なものを与えることで、車エビ並みの旨味成分をもったエビが作れています。むしろ、陸上養殖のエビのほうがおいしいという評価は確実にいただけると思っています。
大野氏:ゆきのやで働くみなさんは、もともと関西電力の従業員なのですよね。お話だけお聞きしていると、完全に養殖会社の方のコメントだなと(笑)。事業が立ち上がる約5年の間にノウハウを蓄積されたり、試行錯誤を重ねられたり、いろいろ乗り越えられた部分があると思います。
日納氏:そういった意味ではパートナー企業の方との出会いは当然大きいですし、事業の立ち上げに当たっては、関西電力の社員だけではなく、水産事業者から転職された方などもチームに入っていただいています。そのためノウハウは蓄積されていると思います。
大野氏:商品開発が順調に進み、技術的なノウハウもためられている。この後は販路の拡大がポイントになってくると思います。
日納氏:販路はかなり苦戦しました。関西電力は電気は売っても水産物の販路は一切持っていない。いちから構築しないといけませんでした。加えて比較的高単価なエビを売らなければならず、当初はかなり厳しい状況でした。現在は、エビの付加価値を認めていただき、高級飲食店を中心に販売しています。
今後は年間80トンという生産量をいかして、大手の飲食チェーンなどにも販路を拡大していきたいと思っています。ここは私たちの営業活動だけでは限界があるので、卸や商社との取引を増やしている状況です。
生産性が向上できれば、その分単価は下がりますので、中長期的にはスーパーマーケットに並べていただけるまでになっていければと思います。
大野氏:今まで取引のなかった飲食店や養殖会社などとのつながりや人脈はどのように構築されたのですか。
日納氏:エネルギーでお取引のある総合商社の方に水産関連事業の方を紹介していただいたりなど、関西電力が持つアセットや人脈は当然使いました。それ以外では、展示会に数多く出展するなど、お客様の実際の声を聞き、商談につなげるという地道な取り組みを重ねてきました。むしろ地道な取り組みのほうが大きかったのかもしれません。
大野氏:エビの養殖過程では、副産物的にいろいろなものが派生していると思います。そういったものをアップサイクルするような仕組みなどは構築されていますか。
日納氏:エビは脱皮殻がたくさんでますが、それを商品化できないかと動いています。実際カレーの出汁に使っていただいこともあります。
大野氏:大手企業の新規事業というと3年以内に撤退するところが非常に多いのですが、ゆきのやは5年という長い歳月をかけて取り組まれている。関西電力としてエビの陸上養殖にかける思いを教えてください。
日納氏:エビの養殖事業をやり切るという思いはもちろんありますが、もともとの狙いは少し違っていて、日本は食料自給率がどちらかと言えば低い国ですよね。加えて関西電力が取り扱うエネルギーの自給率も低い。
そうした問題に直面する中で、国内自給率を上げていきたい、その中で貢献できることはないかと考えていました。まずエビの養殖に取り組み、これが成功した、よかったではなく、そのノウハウを横展開し、広く皆さんにこういう事業に参入していただけるようなお手伝いをしたい。そこが新規事業の真意です。
そういう意味からすると、ファーストステップはエビの養殖なので、ここで培ったノウハウや知見を積み上げて、それを水平展開できる立場にたどりつきたいという思いが非常に強いです。
加納:技術提供という選択肢もあったと思いますが、合同会社として立ち上げられたのはその辺りの思いもあったのでしょうか。
日納氏:本気でやるのであれば、フィージビリティスタディ(FS)に留めず、事業化すべきだと考えました。FSだとコストセンター的に見られてしまいますし、事業責任の下、真剣に取り組むことが大事だと判断したので、会社化しました。
大野氏:事業化に踏み切られたエビの養殖事業。今後の戦略は。
日納氏:ゆきのやについては、生産性の向上に尽きますね。それが価格低下につながってくるので、品質を維持しながらいかに生産性を高めるか。そのためにやれることはまだたくさんありますので、着実にクリアし、数字につなげていきたい。
個人的な意見になってしまいますが、関西電力の発電事業は、水産に必要な水、土地、熱といったアセットを保有しています。そこをうまく使っていきたいと思います。実際水産事業に参入してよくわかりましたが、この事業はスケールしないと成立しにくい。
今はエビの養殖ですが、なぜエビを選んだかというと、育成期間が4カ月と短いからです。4カ月で1サイクルを回せるため、PDCAが回しやすい。ただ、もう少し大きいスケールで水産事業に取り組むのであれば、もう少し育成期間の長い魚類などに取り組むのもいいですし、それ以外のところにもチャレンジしていきたいと思っています。
大野氏:食品の安全の観点からも自給率は上げていかなければなりません。ただ、今までの陸上養殖ではどうしてもコストが上がってしまっていた。それをテクノロジーやAI、データを組み合わせ、生産性を向上する。さらにブランド化して価値を上げる。これを積み重ねていくことで、日本全体にとっても非常にいいプロジェクトに育っていくと思います。
こちらの記事内容は音声配信「BTW Radio」でもお聞きいただけます。ぜひライブ感のある取材の様子をお楽しみください。(取材日時:2024年3月14日)
大野泰敬氏
スペックホルダー 代表取締役社長
朝日インタラクティブ 戦略アドバイザー
事業家兼投資家。ソフトバンクで新規事業などを担当した後、CCCで新規事業に従事。2008年にソフトバンクに復帰し、当時日本初上陸のiPhoneのマーケティングを担当。独立後は、企業の事業戦略、戦術策定、M&A、資金調達などを手がけ、大手企業14社をサポート。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ITアドバイザー、農林水産省農林水産研究所客員研究員のほか、省庁、自治体などの外部コンサルタントとしても活躍する。著書は「ひとり会社で6億稼ぐ仕事術」「予算獲得率100%の企画のプロが教える必ず通る資料作成」など。
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