本連載の第1回ではWebtoonの成り立ちと漫画との違いについて、第2回では国内市場の動向について、第3回では、今後のWebtoonの未来についてまとめました。
第4回では、アニメ放映中の『俺だけレベルアップな件』などヒットWebtoon作品を多く輩出する、レッドアイスの日本支社である、レッドセブン 代表取締役のイ・ヒョンソクさんに、日本と韓国のWebtoon業界について、またWebtoo作品のヒットの秘訣についてお伺いします。
中川: まずは経歴をお話いただいてもよろしいですか?
イ: 大学3年生のときに、韓国でマンガの原作者としてデビューし、そこで3作品出版しました。その後、1999年に来日したんです。その当時、私が注目したのは、マンガの編集者だったんですね。日本と韓国の市場を比較した際、日本の方がマンガ家の情熱も読者の数も多かった。こんな差を生むのはなぜだろうと思ったときに、編集者の存在が大きいと思い至ったんです。例えば韓国は、雑誌一冊あたりの編集者は2人しかいなかったんですが、日本では各作品に1人の編集者、週刊マンガ雑誌に対しては、1番多かった雑誌だと50人以上の編集者がいたんです。大学院で、そういった編集者の存在が日本の漫画産業の結果をもたらしてるのではという論文を書きました。その後は、引き続き大学院に通いながらヤングマガジンで原作者としてデビューし、2004年にSQUARE ENIXで仕事を始めて、編集者になりました。
マンガの編集全般をやるようになって10年間ほど経ったころ「日本のマンガってこのままで大丈夫なのか?」という懐疑的な目線が芽生えたんです。日本のマンガは、1959年に雑誌のシステムが出来てから60年近く歴史がありますが、進化の極みに来てしまっており、規格や描き方には既に型が出来上がってしまっていました。進化の極みまでいくと、環境の変化に耐えることができず、残るのは衰退だけです。インターネットの登場で環境は大きく変わり続けていましたが、日本のマンガの形式や配給システムは1度も変わっていなかった。これだと、いつか大きな環境変化が起きたときに衰退し始めるし、むしろもうその衰退が始まってるのではという予感がしていました。その事例として、私の元にはよく日本のマンガ業界で活躍したいという韓国の作家さんや学生さんが来ていたんですが、どこかのタイミングでぷっつりといなくなるんです。なぜかというと、韓国でWebtoonを描き始めているから。そのような危機意識もあり、SQUARE ENIXから出てNHN comicoに入りました。
comicoでは様々な作品を作りながら挫折も多く経験したので、新たな経験をした期間でした。その後、DMM TELLERという小説を主に扱う会社を経て、2019年に今のレッドセブンの前身となるエル・セブンを創業し今に至ります。
中川: ありがとうございます。Webtoon先進国である韓国の直近のWebtoonの状況をどう見られているのでしょうか?
イ: 韓国のWebtoon産業は、この3~4年間で大きく成長しました。一方、直近、特に昨年からは産業の成長が多少鈍化傾向にあると見ています。参入者が急激に増えた分、淘汰が始まっているのでしょう。アメリカでいうドットコムバブルのように、コロナ期のバブルで膨らんだ業界が整理され、今後は実力を持って本質的な作品をつくる会社が残って行くのではないかなと思います。
中川: なるほどなるほど。ちなみに日本の場合、テレビ局などの大資本の会社がWebtoon業界に参入する動きが目立ちますが、韓国ではどうなんでしょうか。
イ: 韓国でも、10年以上前にそのような状況、大資本がプラットフォームを作ろうと参入するプラットフォームバブルがありました。結果、NAVERとKakaoグループのほぼ2強体制で固まってきています。ただ、2強体制になると作品の種類やジャンル等の可能性は制限されるのは事実です。寡占になると創造性が失われますし、どんどん市場も狭くなりますよね。一方で、プラットフォーム事業は、大きな資金が必要なため、簡単に誰もができるサービスではない。資金があり、そこにビジョンもある会社こそがプラットフォーム事業をやると良いと思いますが、なかなかその両者を満たすのは大変ですよね。
中川: 投資とビジョン。確かに、投資だけじゃなくてビジョンも本当に大事ですよね。お金を出せば良いってもんじゃない。
中川: ユーザーと制作者についてはどうでしょうか?Webtoon読者という視点では、この数年何か、変化を感じますか?
イ: 着実にユーザーの成長を感じます。特に若い人たちを中心に、縦マンガに慣れてきていると思いますね。日本のマンガは、フォント、つまり活字自体が小さく読みづらい。スマホの液晶画面で読む場合、フォントが大きい方が目にしっくりきますよね。そういった効果もあったりして、ユーザーが慣れてきているんじゃないかと思います。
制作者に関して言うと、特に日本については、市場の成熟度に対して、個人の作家ではなく制作会社の割合が多すぎると感じています。韓国Webtoonの制作プロセスが間違って伝わってしまっている結果、集団で作品を作るのがWebtoonであるというイメージが強いからでしょう。一方、韓国の市場を見てみると、個人の作家さんが制作した作品が約70%を占めているのが事実なんです。日本は、もっと個人の作家さんがこの市場に参入すべきだと思いますね。
中川: 昨年1年間、日本国産の作品でも、国内の市場ではランキングに出てくるような作品が増えてきたと思うんですが、それをヒョンソクさん的にはどう見ていますか?
イ: 2021年から2年間のWebtoon市場の統計を見ると、日本の作品が占める割合は5倍になっています。これはすごく良いことだと思っています。また今後、日本で本当の意味でWebtoonが定着するためには、日本の作家や制作会社によるヒット作が連発するようにならなければいけないと思っています。
中川: 韓国の会社は日本のWebtoon市場をどのように見ているのでしょうか。
イ: 日本の市場に対して期待値はものすごく大きいです。理由はふたつあります。ひとつは、やはり実際に市場の継続的な成長が見られているということです。以前は、Webtoonに関して日本市場に対する懐疑的な見方も多かったのですが、最近は日本市場の規模は韓国も超えていくのではと考える人も多くなってきました。
もうひとつあるのは、韓国のWebtoonが実は世界で1番輸出されやすい国は日本であるという点です。ユーザーが好む絵柄も似ていて、文化も近い。一方で、韓国はWebtoon産業が成熟していますが、作家さんが既に不足してきていますね。日本は世界で1番大きなマンガ大国で作家さんの数も多いです。そういった意味でのポテンシャルが非常に大きいと考えます。日本ではまだ出版マンガが主流な分、Webtoonを描きたい作家が多いかは別の話ですが。
中川: 市場の伸びと大きさ、クリエイターの数という期待値の2点は大きいが、現実的にWebtoon作家はまだまだ足りていないという状態なんですね。
中川: Webtoonから世界的なIP(知的財産)が生まれるか?について、ご意見を聞いてみたいです。最近ですと『俺だけレベルアップな件』のアニメ放映がちょうど開始しました。率直に、Webtoonを飛び出して二次利用、三次利用されていくようなエンタメIPがこれから生まれ続けると思いますか?
イ: そうなっていくと思いますし、当たり前にしないといけないと思っています。各社が努力をして、Webtoon発の長期的なIPづくりに取り組んでいます。今年、2024年がWebtoon発IP作品のひとつの分岐点になると思います。
中川: 『俺だけレベルアップな件』は日本、韓国だけではなく、アメリカでもヒット作品になっているようですが、このヒットの理由をどのように考えますか?
イ: まず第一に、どの工程においても、熟練のプロフェッショナルな人材が作り上げた作品であることです。原作、ネーム、作画、カラー、キャラクター... 全ての工程の作家について、日本のマンガ業界で多くの経験を積んだ方を起用しています。その方々のスキルをWebtoonに移植したから実現できた作品です。ビジネス的に言うと、開発側が試行錯誤を繰り返し、良い作品を生み出すのに10年間耐えられるような環境を提供しました。この両者が作品づくりの背景にあります。
なぜアメリカのユーザーにもうけたのか、これは端的にいうと「STAR WARS」の構造と同じでした。当時の「STAR WARS」は、他の映画とは全く違う新しさ、「こんな作品観たことがない!」というインパクトがありました。しかしながら、本当に全ての要素が新しいかというと、実はそうでもないんです。「STAR WARS」のプロットは、実は日本映画から多くアイデアを得ているなど、めずらしい部分はあまりない。しかし、監督自身が面白く見ていた戦争映画のディティールなどを入れたりすることで、完全に新しい体験をさせたのです。つまり、新しさの中にも観客が好む伝統的な要素があり成功したと言えます。
『俺だけレベルアップな件』も同様に、ジャンルの新しさの中に、アメリカ人が昔から好む要素が入った作品になっています。
また、アメリカのマンガにおいて、代表的な要素はヒーロー要素やパワー。いわば、力と権力です。アメリカのマンガの構図は、パワーをどのように紙面で見せるかの勝負なんです。『俺だけレベルアップな件』は、どんな作品かというと、最初は弱かった主人公が何かのきっかけですごく強くなる、その後もっと強いやつがでてきて、さらに戦って勝って、支配される側からする側に変わっていく... というストーリーです。これが、アメリカ人が大好きな構造にはまったのかなと。
中川: なるほど、勉強になります。最後に、日本のWebtoon業界がもっと発展するために必要なことは何だと考えますか?
イ: 言いたいことはこれだけです。「本当にヒット作品を生み出したいなら、本当に大事にしている原作や人を投入すべき」ということです。今のマンガ業界やアニメ業界がすでに大きく成熟してしまっているからこそ、のその成長のジレンマを超えて、Webtoonという新しいジャンルで豊富な人材や質の高い作品を投資することが、今後の日本産Webtoonのヒットの鍵なのではないでしょうか。
以上、今回は日本を代表するWebtoonスタジオ レッドセブン代表のイ・ヒョンソクさんに、韓国の事情を交えながら、日本のWebtoon市場の現状や展望を伺いました。Webtoon先進国の韓国の状況や事例を常にチェックし、相対的に日本ならではの課題を把握することは、日本のWebtoonの未来予測のために非常に参考になります。一方で最終的には、国に関わらず共通するエンターテイメントとの本質と向き合うことが非常に重要であると言えるでしょう。
中川元太
株式会社Minto 取締役
2010年に大手インターネット広告代理店に新卒入社。札幌営業所長を経て、2013年より漫画アプリ「GANMA!」の運営会社の創業メンバーとして漫画編集チームとアプリマーケチーム等を立ち上げる。2016年にSNSクリエイターのマネジメント会社・株式会社wwwaapを創業。2022年に株式会社クオンと経営統合し、株式会社Mintoの取締役に就任。
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