2月19日から3月1日にかけて、本誌主催のカンファレンス「CNET Japan Live 2024」をオンラインとオフラインで開催した。今年のテーマは「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」。官と民、企業と企業などがコラボレーションするオープンイノベーションの事例は増えてきているが、1つの組織だけではなし得ない大きな成果を実際に挙げている実例は果たしてどのようなものなのか、その中身を探る15のセッションで構成された。
ここでは、社長を含む全員参加型のイノベーションに取り組むOKI(沖電気工業株式会社)で、執行役員 イノベーション責任者 兼 イノベーション事業開発センター担当(講演時の役職)を務める藤原雄彦氏のセッションを紹介する。標準化されたイノベーション・マネジメントシステム(IMS)に先立って、すでに複数の新規事業化案件を生み出している同社の効果的な実践方法は、他の企業にとっても大いに参考になるはずだ。
BtoB企業として、課題を抱える大企業からの依頼に高い技術力で解決してきたOKI。2018年からは、「Yume Pro」の名称でイノベーション活動を本格化し、受注型ではなく提案型の、社会課題解決につながる事業活動を展開してきた。当時の社長(現会長)である鎌上信也氏の号令のもと始まった「全員参加型」のイノベーションは、2023年度には国際規格ISO 56002に則ったIMSを全社を対象とした規定化を実施し、実践に向けたマネジメントシステムとして、いくつもの新規事業プロジェクトが生まれ、実際に事業化に向けて取り組んでいる。
なぜここまで本格的なイノベーションに全社で取り組んでいるのか。藤原氏は「持続可能な企業になるために、さらにはグローバルにおける日本の競争力を取り戻すために、イノベーションが不可欠だからだ 」と語る。
特にビジネス創出といった点が世界の企業と比べ弱いとされる日本では、新規事業を正しく効率的に創出していくために「潜在的な顧客ニーズを探索し、顧客らと共に価値を創造していく」イノベーションに取り組まなければならない。潜在的なニーズを探るためには、「『顧客が何を求めているか』に徹底的にアプローチしていかない限り、メーカーの技術目線で作ったものでは世の中に受け入れられなくなっている」とも話す。
そこで重要なポイントとして藤原氏が挙げたのが、「社長自らがイノベーションをやり続けられるか」という「リーダーシップ」だ。そのうえで「(IMSの仕組みやサイクルを)回せるか、下支えするイノベーションのスキルを磨き上げるための活動をしているか」という点が大切になってくるという。
さらに、「顧客が望んでいる仕様のプロダクトを高品質で作るだけ」という従来の受注型ビジネスから脱却し、顧客ニーズを探って提案型のビジネスに変えていくため、IMSで規定されている「機会の特定」「コンセプトの創造」「コンセプトの検証」といった新たなプロセスを着実に遂行できるかどうかも「非常に大事」だと語る。
顧客にどんな課題があるのかを特定し、それに対して仮説や解決方法をコンセプト創造で考え、最後にそれを検証するというサイクルを「ガンガン回さないといけない」といい、仮説をもとに何度も顧客と話し、ニーズと合っていなければ検討し直して、何度でも提案を繰り返す。もし新規事業がなかなかマネタイズしない、開発したものが売れないという場合は、これらのプロセスを「アジャイルでやれていないのが問題ではないか」と藤原氏は見ている。
そこで、このプロセスを回す手法として、藤原氏が紹介したのが「ビジネスモデルキャンバス」だ。
ビジネスモデルキャンバスとは、新規事業の価値、顧客、コスト、収益など計9つの要素を1枚のシートに整理して、モデルを客観視して検討する手法だ。海外でも「イノベーション創出に必要なツール」とされているが「9割の人が使い方を間違っている」と藤原氏は注意喚起する。
藤原氏によると、このビジネスモデルキャンバスの要素を「一気に埋める人がたくさんいる」が、実際には「埋める順番がある」。一番重要なのは「課題」で、まずは「現場に入り込んで課題を見つける」ことが最優先。そして、課題を見つけたら「誰(顧客)」に「どんな価値」を「どうやって」提供するかを順番に考えていく。
顧客へのヒアリングを通じてこの部分をアジャイル的に繰り返し、仮説を磨き、課金ニーズに近づけることで、ようやく「資源」や「開発技術」「活動協力者」といった項目が埋められるようになる。
「これによって営業、マーケティング部門は、顧客に通う回数が3〜4倍になるが、そういった行動をしない限りビジネス(化)に向いていかない」(藤原氏)
一方、どんな新しいアイデアでも、古いマネジメントのもとでは意味がないとも藤原氏は話す。「イノベーションの世界では『新しいアイデア×古いマネジメント=売上ゼロ』と言われている。マネジメントのやり方、プロセスを変えていかなきゃいけない」と言い切る。
OKIではこのビジネスモデルキャンバスを使った社内ビジネスアイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」を2018年から毎年実施している。初回の応募は37件、2019年も45件と振るわなかったが、会社としてイノベーションに本気で取り組む姿勢を見せ続けたことで2020年は147件へと大躍進。その後も順調に伸び続け、直近の2023年度は386件に達しており、社内カルチャーが少しずつ変わってきていることを藤原氏は実感しているようだ。
このようなIMSによるイノベーションの仕組みを作ったことで、「プールでいうと水が入った」状態になった。今は「そのプールを泳ぎきれるスイマーをどんどん作っていこうというフェーズ」になっている。
ただ、「プールはあってもスイマーとしてどう行動すればいいのかわからない」人もOKIでは当初は少なくなかった。そこで同社は、行動を起こせるようにするため具体的な実践方法や事例を共有する「プロセスガイドライン」を作り、実践スキルを鍛えるイノベーション教育を推進。さらには起業のプロの協力を外部から得て参加者に適切なアドバイスを送り、加速支援するコミュニティを強化した。
他にも、リーダーシップをとる「イノベーションの伝道師」を各部門に配置し、業務改善などを提案していく「Yumeハブ」という仕組みを導入している。また、月に3回程度、社長と複数人の社員が2時間ほど、フェイスtoフェイスでイノベーションに関する話をする時間も設けており、すでに5年続けているとも明かす。こうした活動を通じて、同社では中長期的な計画として2031年までに「ハイポテンシャル人材」あるいは「イノベーション人材」を400人程度育成することも狙っている。
前述の「Yume Pro」などの取り組みによって、OKIでは新規事業、既存事業の革新、業務改善といった領域で実際のプロジェクトが生まれている。
他社との共創例としては、JR東日本商事と共同で、メーカーの異なる数種類の作業用ロボットをOKIのオペレーションモジュールで一元的に管理するプロジェクトを実施している。
NEXCO中日本とは、高速道路の工事箇所などでパイロンを設置・配置し直すときにロボットを活用したり、ロボットの遠隔操作により巡回業務の効率化を図る施設監理事業者とのプロジェクトを実施している。いずれも労働力不足という社会課題の解決に向け、OKIがもつ技術や製品を活用したものだ。
また、3年というハイペースで商用化にこぎつけたトラックによる荷物配送の最適化ソリューションも手がけた。「物流の2024年問題」もありホットな分野で競合も少なくないが、荷物をできるだけ多く積載しつつ、最適な配送ルートを考慮するソリューションは他にあまり例がないという。2022年の実証実験では1日あたりの総走行距離を340km、年間の輸送コスト700万円をそれぞれ削減し、二酸化炭素排出量の削減にも貢献したという。
他には、個々人に適した提案を行って移動時の階段利用を促進し、運動習慣の定着を目指す社員の健康に向けた鹿島建設との事例、運動中にリアルタイムに学生のヘルスデータをモニタリングし、熱中症防止などに役立てる大阪教育大学との事例なども紹介した。
OKIでは既存事業の革新や業務改善もイノベーションの枠に入れている。しかし、業務改善の場合は課題を抱える顧客が「特定部門の社員」ということになり、新規事業とは異なるプロセスも必要になってくる。そのため、社員が理解しやすいように、各部門に使えるプロセスに落とし込んでいくことを考えながら、プロセスイノベーションの仕組みを作っている最中だという。
そのようにイノベーション活動を続けていくなかで、社内だけでなく顧客にも変化が見られるようになってきた。「すぐに売れるものを持ってきてほしい、とは少しずつ言われなくなってきている」とし、代わりに「中長期で一緒に何か考えていきたい」といった姿勢で対話することも増えてきているのだとか。そうした共創を発展的に進めていくためにも、藤原氏は「営業部門や事業部門、研究開発部門などがチームOKIとして、一緒になって活動することが大事」だとした。
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