オープンイノベーションによる「コラボ力」をテーマに開催された、CNET Japan Live 2024。2月20日のセッションに、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)と、九州工業大学(九工大)発スタートアップのマリスcreative design(以下、マリス)が登場。障がい者向けコミュニケーションデバイス/AIアシストカメラ「seeker」を開発する共創チームの取り組みと、それをサポートするNTT Comのオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」について紹介した。
セッションには、NTT Com側からはオープンイノベーションプログラム「ExTorch」を運営するイノベーションセンター プロデュース部門 主査の木付健太氏と、テーマオーナーであるプラットフォームサービス本部 クラウド&ネットワークサービス部 主査の堀優氏の2名、マリスからは代表取締役の和田康宏氏が参加し、それぞれの取り組みを説明した。
NTT Comのイノベーションセンターは、社内でのイノベーションの推進と具体的な支援を行う組織で、傘下に新規事業創出や技術戦略策定、デザイン、知財管理などの機能を有する。その中で木付氏は外部との共創を担当し、ExTorch事務局を運営している。ExTorchは、NTT Comの法人営業などの人的リソースおよびデータセンター、ネットワーク、クラウド等のアセットと、スタートアップが保有する先進的なサービスや高い志を一緒にかけ合わせて共創を進めていくためのアクセラレーションプログラムとして、2019年に取り組みが開始されている。
ExTorchはこれまで、2019年に第一期、2021年に第二期を1年に1度の“公募イベント型”で実施。サービスやアセットを保有している社員と社外のスタートアップを公募してマッチングを行い、共創型事業創出に挑戦した。2022年からは“通年型”にシフトし、年度ごとではなく通年でスタートアップを募集し、事務局が間に入って社内のアセットとつなげ、「多種多様な要望に対してタイムリーに共創を進めていける」(木付氏)形へと進化を遂げている。
ExTorchの成果としては、韓国とシリコンバレーに拠点を置く3iとの共創で実現したファシリティマネジメントサービスの「Beamo」がグループ会社で事業化されたほか、第一期と第二期でそれぞれ2件ずつ、現在事業化に向けた共創が続いている。今回のマリスとの共創は、通年型の枠組みのもとで2022年から開始され、現在事業化に向けた検討が行われている。
マリスは、2018年に和田氏が創業した九工大発のスタートアップである。「技術で世界中の人の生活を豊かにする、それは、障がい者、健常者に限らない。言葉の垣根さえも無くなる社会の創造を目指している」(和田氏)という理念のもと、「福祉機器の開発」と「製品化(量産化)のサポート」という2つの事業を行っている。
和田氏が福祉機器の開発という事業領域で起業に至った動機は、「母親が障がいを抱えていて、外を歩く際のさまざまな不便に気付くようになった」という自らの実体験にある。さらにモノづくりが好きだったなかで、ちょうど学生時代に九工大大学院に福祉機器だけを研究する「機能代行システム研究室」が発足し、一期生として進学。同研究室で基本構想を描き、一旦、日立LGデータストレージとソニーで組込みシステム開発や製品設計、量産化という市場での製品開発の経験を積んだ後、マリスを立ち上げた。
同社の主力製品は、視覚障がい者向けの歩行アシストAIカメラ「seeker(シーカー)」である。seekerは、危険を察知する頭部カメラと、それを知らせる振動機器で構成される。歩行時にカメラが周りの危険な状況を検知し、連携する白杖やウェアラブル機器が振動で知らせ、危険を回避していく仕組みとなっている。これにより、視覚障がい者が特に危険と感じる駅のホームでの転落、横断歩道歩行時および上半身への障害物衝突などの事故を回避できるようにする。
危険の判断はAIが行うが、歩行時の利用ではリアルタイム性が求められるので、遅延のあるクラウド型のAIではなく、独自開発のスタンドアロン型AIが組み込まれている。そのAI開発は、九工大が担当している。
seekerでは、危険検知の先に視覚障がい者が楽しんだり、自由に移動できたりするように進化させる道筋を描いているが、現状のseekerはローカル処理の組み込み製品であり、構想実現のためには他のサービスを取り込むネットワーク機能が必要になる。そこが、今回のマリスとNTT Comの共創における勘所となっている。
「NTT Comのネットワークの力を借りて、視覚障がい者が目の前の危険を検知しつつ、外に出かけた時に色々な場所を案内できるようなサービスを目指している。その際に単に出かけてもらうだけでなく、自立することが楽しくなって外を出歩ける世界観の構築を両者で実現していきたい。視覚障がい者以外にも、聴覚障がい者、高齢者、疾患を持つ人も使えるようにサービスをアップデートし、市場でのシェアを広げていく」(和田氏)
堀氏は今回の取り組みについて、「お互いの足りないところをお互いの強みで補って新たな付加価値を生む共創ができると考えている」と話す。それを可能とするのが、NTT Comのデータ利活用基盤「Smart Data Platform(SDPF)」である。「seekerは危険回避が絶対に優先なので、激甚災害が起きても確実に危険を回避できるローカル処理に特化した仕組みを作らねばならない。そこにクラウドやネットワークのアセットを含むデータ利活用基盤のSDPFを掛け合わせることで、新たな価値が創造できる」と共創の趣旨を語る。
SDPFは、データ利活用に必要な機能、つまりセンサーやデバイスからデータを収集、蓄積し、統合分析して、利活用まで行う一連の活動をワンストップ、ワンポータルで実現できるサービス群である。多岐にわたる機能が用意され、必要な時に必要な機能をアドオンして利用することができる。SDPFと連携することでseekerにネットワーク接続機能が付加され、OTA(Over The Air)でソフトウェアをアップデートできる仕組みが備わり、サービス開始後も継続的な品質改善や新たなサービスを後から追加できるようになる。
「SDPFとの連携で、seekerをメンテナンスするためのログ管理やリモート制御、ソフトウェアアップデートなどの運用面の機能が備わるだけでなく、見守りや緊急通報などの安全、安心につながる機能、さらにはレコメンド、ナビゲーションといったエンタメ、エンジョイ領域にも機能を拡大でき、福祉機器にとどまらない利用シーンを創出できるようになる。NTT Comとしては、フィードバックをSDPFのUI/UX改善、新機能開発やブラッシュアップにつなげていくことも期待している」(堀氏)
今回の共創を進める上でのポイントとして堀氏は、事前に共創に当たってのミッション、ビジョン、バリュー(MVV)を策定したことを挙げる。今回の共創は、大企業のNTT Comとスタートアップのマリス、学術研究機関の九工大による3者共創であり、それぞれの利害が異なる。そこで最初に、開発時に優先すべきことや、やること、やらないことを決める際の基準として、共通のミッションとビジョン、各社が提供できる価値をワークショップ形式で策定したという。
「最初に話をした際に、ターゲットや開発内容についてベクトルが合っていないと感じたので、同じ目標を持つためにMVVの作成を提案した。その結果、開発の優先度と各社の強みと弱みをお互いに把握した上で、円滑に開発を進めることができている」(堀氏)
策定したMVVのもとで3者が目指すのは、福祉機器を起点としたエコシステムの構築である。まず視覚障がい者がseekerを活用し、自由に出歩けるようにする。次にseekerの利用範囲を視覚障がい者だけでなく、聴覚障害者やペースメーカー利用者などの異なる障がいを持つ人にも広げ、障がい者同士がコミュニケーションを取れるようにする。さらにseekerを持っていない健常者や他の福祉機器の利用者とも、他のデバイスとの連携コミュニケーション機能によってつながり、高齢者の見守りや健康管理などもできるようにする。それにより、「障がい者と健常者が直接コミュニケーションしたり、寄り添えたりするような世界を作っていきたい」と堀氏は語る。
その際に、SDPFのAPIを通じてサードパーティのサービスと連携し、幅広いサービスの実装を進めていく。通信はNTT系以外の回線からも接続可能で、seekerのログや各種サービスで利用する個人データや学習データは、SDPF上に安全に保存される仕組みとなっている。
共創活動の一環として、開発面以外にもお互いのリードを持ち寄りながらPoCや福祉系イベントへの出展を行い、積極的にユーザーの声を集めながらサービスの改善につなげている。2023年9月には山梨県と連携して、11人の視覚障がい者にseekerを利用して信号付きの横断歩道を渡ってもらう実証実験を行い、「障害物や横断歩道、駅のホームの危険を検知できるのならぜひ欲しいという声を得られた」(和田氏)という。
なおサービスの開始時期については、視聴者からの質問に対して和田氏が、「2024年の年末を想定している」と回答。今後も実証実験を重ねて安全性を高めていく活動を続け、「使う人たちの感覚を大事に考えてサービスインのタイミングを決めていきたい」との見通しを示している。
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