VTuberプロダクション「ホロライブプロダクション」の運営を手がけているカバーは1月30日、メディア向けにVTuber事業の市場に関する説明会を開催。カバー代表取締役社長CEOの谷郷元昭氏が、自社の事例を交えながらVTuber市場について解説を行った。
VTuberは、モーションキャプチャーを用いてアニメルックアバターで活動するバーチャルエンターテイナーのこと。2016年にキズナアイが「バーチャルYouTuber」を名乗ったことが先駆けとなったという。カバーでは、2017年からホロライブプロダクション初のバーチャルアイドルとして、ときのそらさんがデビュー。当時動画中心の市場となっているなかで、ライブ配信を中心に活動するバーチャルライバーとして展開を開始した。
カバーが運営するホロライブプロダクションは、女性VTuberグループ「ホロライブ」、男性VTuberグループ「ホロスターズ」を展開。所属タレント数87人(ホロライブ64人、ホロスターズ23人)、YouTubeの総チャンネル登録者数8600万人、月間ユニークユーザー数2000万人以上(※数値は2023年12月時点。ホロライブ、ホロスターズ、公式ch含む)となっており、VTuber世界チャンネル登録数ランキングにおいて、トップテンのうちキズナアイを除けば9人をホロライブが占めているほど人気を集めている。日々の配信やライブイベントを通じて認知度、ファンコミュニティを獲得し、大規模な集客と多面的な展開を可能とするIPとしてコマース事業を展開している。
VTuberの国内市場規模については、調査会社が公表したデータによれば、2020年度の144億円から、2023年度(見込)では約800億と、4年で5倍に成長。カバーとしても、売上推移は4年で約14倍に成長したという。またVTuber世界市場規模については、2021年が約2421億円のところ、2028年には約2兆5708億円と、7年後には約10倍以上の市場になるという予測も出されているという。
こうしたVTuber市場の成長ならびに、VTuber人気の背景として、スマートフォンの普及や5Gなど通信環境の向上や整備が進んでいること、さらにYouTubeなど動画コンテンツの盛り上がりや若年層によるショート動画の流行など、動画や配信コンテンツに親しみやすい環境があるという。それに加えて、日本のアニメが国内外で人気を集めていることや、海外におけるアニメ市場規模が拡大していることにも触れ、さまざまな国でアニメが親しまれている環境もあることから、アニメルックなアバターによるVTuberの動画が受け入れられやすい土壌が整っていったことを説明。VTuberも国内だけではなく海外でも支持されている環境があるという。
VTuberのファン層については若年層を中心としており、2019年に発売されたVTuberオリジナルカードが付いたポテトチップス「VTuberチップス」が即日完売し、現在第5弾まで展開されていることや、米国で2023年に行われた「ホロライブEnglish」の初主演公演で、約6000人分のチケットが即日完売したことを例に、ファンは消費意欲旺盛で熱量を持っていると説明する。
谷郷氏は、「VTuberが趣味」と回答するボリュームゾーンは10~30代の男性と10~20代の女性という民間調査のデータに触れつつ、ファンの年齢層について展開当初は20~30代が中心となっていたが、そこから10~20代といういわゆるZ世代から大きな支持を受けるようになり、さらに30~40代にも拡大している状況だと説明する。また大型企画ではX(旧Twitter)でのトレンド1位を頻繁に獲得しているほか、1stライブや2ndライブでは世界トレンド1位を達成していることなど、SNSの拡散効果というのも大きいものがあるという。
ファン層の広がりや拡散力の強さから、さまざまな企業とのコラボレーションも増加しているという。そのジャンルもゲーム関連をはじめ、飲食やコンビニ、エンタメ施設、さらには家具やインテリアを展開しているニトリも実施した例もあるという。こうした背景には、若年層やZ世代へのタッチポイントを作りたいというクライアントに、インフルエンサーマーケティングとして有効なことや、バーチャルタレントということで衣装や演出などが比較的クライアントの要望に応えやすいところもあるとしている。
ビジネス構造について、配信者であれば広告による収入や、YouTubeのスーパーチャットに代表されるような、いわゆる“投げ銭”のイメージが強く、VTuberではその金額がランキングなどで公表され話題となることもある。ただ谷郷氏はカバーにおいて、ライセンスやタイアップ、マーチャンダイジングにおける売上の比率が増しており、IPカンパニー型の収益構造に変化しているという。
谷郷氏によれば、ファンがVTuberの活動を応援したいと思ったときに、かつてはスーパーチャットしか手段がなかったと振り返る。一方で、今であれば応援する手段としてメンバーシップに入ったり、グッズの購入など、応援する手段が増えたことを説明した。またVTuberにおけるキャラクターIPとしての可能性についても、自社IPに対してのオファー数を見るに、商品化権を含めて加速していくものとしている。
VTuberプロダクション事業における運営手法についても触れられ、カバーとしてはタレント(VTuber)を厳選し、育成によってクオリティを担保してからデビューするという、いわゆる少数精鋭型の方針をとっているという。これによって人気VTuberを効率的に送り出し、高い収益性を保っているという。
ちなみに、カバーでは前述のように2017年からときのそらさんがデビューし、バーチャルライバーとしての展開を開始したのだが、谷郷氏によれば「バーチャルYouTuber業界はあったが、バーチャルライバー業界はおそらくわれわれが世界初で、市場がなかったところを誕生させた」と語る。当時動画中心のバーチャルYouTuber業界ではあったが、動画ではモーションキャプタースタジオを使った撮影や、動画における脚本の用意、編集作業などといった手間やコストがかかっていたことを指摘。一方の配信であれば、スマートフォンなどを提供すれば日常的な配信活動ができるため、ランニングコストがそれほどかからないという。実際、黎明期では動画中心だったVTuberの活動は、次第にVTuberにおける活動の中心は配信へと移っている。カバーとしても、リソースをVTuberへのサポートやクオリティアップにかけられたとしている。
VTuberにおけるクオリティについては、テクノロジーの進化も大きいという。カバーでは、総工費27億円をかけて国内最大級の設備を備えたVTuberコンテンツ専用スタジオを2023年5月に開設。最新鋭のモーションキャプチャー設備や、レコーディング設備も併設し、地方テレビ局並みの映像配信も可能という。展開初期には3Dモデルのクオリティもほどほどに、簡素な白背景で行っていた配信も、今や豪華なライブステージのモデルを背景に、演出も盛り込んだ音楽ライブを行えるほどとなっており、ファンの創出につながっているという。
谷郷氏は特に大きかった出来事として、2020年1月に豊洲PiTで開催したライブイベント「hololive 1st fes. ノンストップ・ストーリー」を挙げた。観客の前で初めて行った3Dライブであり、ここからチャンネルの登録者数が大きく伸びるなど人気が加速。谷郷氏によれば、開催前の時点では「個人投資家に泣きついた」というぐらい運営資金の調達に苦労していたと振り返っていたが、このライブの成功により収益面でも改善したと語る。
谷郷氏としては、もとよりホロライブというIPをアイドルグループとして売り込んでいくような、キャラクターIP的な展開を考えていたという。そしてファンの本当のニーズを考えたときに、一人一人が目標を持って晴れ舞台に立つ姿を見たい、羽ばたく姿を応援したいということが求められていると考え、ライブもその潜在ニーズをとらえた動きのひとつだと振り返る。ちなみに、VTuber黎明期は最初に提供された衣装でそのまま活動し続けることがトレンドとしてあったなかで、このライブではメンバーたちが統一感のあるアイドル衣装でパフォーマンスを行うという、大規模な取り組みを行ったと付け加えた。
IPビジネスにおけるVTuberの強みとして、ファンとの共創があることも触れられていた。従来のIPビジネスはプロが製作したコンテンツをファンが消費するPGC(Professional Generated Content)が中心となっているが、VTuberの市場においてはユーザーが作るコンテンツであるUGC(User Generated Content)も大きいと説明。特に代表されるのは、配信映像から面白いシーンなどの見どころの部分を切り抜いて、字幕を付けるなどの編集を加えて投稿する、切り抜き動画が非常に多いという。ホロライブプロダクションと対象とした切り抜き動画専門チャンネルも多数存在し、チャンネル登録者数や再生回数も極めて多いという。
加えて歌ってみた動画や踊ってみた動画、ファン有志による応援広告や自作ゲームなどもある。こうしてPGCとUGCによってファンには大量のコンテンツが提供される形となり、コンテンツのボリュームやスピードが向上し、エンゲージメントも高まっていくと説明する。またUGCを促進する環境整備として、二次創作ガイドラインを制定。二次創作は非営利に限るものの、一定の条件で収益化を認め、クリエーターによる創作意欲を高める還元エコシステムを構築しているという。
UGC活用の具体例として、ホロライブ3期生の宝鐘マリンさんによる、2023年7月リリースの楽曲「美少女無罪♡パイレーツ」を例に挙げた。YouTubeの公式ミュージックビデオでは3390万再生(2024年1月17日時点)で人気となっているのだが、UGCにあたるこの楽曲を使用したTikTokの動画は6万本が投稿され、3億再生されたという。さらにYouTubeでも4000本の動画が新たに誕生。これによってコンテンツのパワーにレバレッジがかかり、より多くの人の目に触れることで、新たなファン層を取り込む可能性が高まると解説する。
今後のVTuber市場の可能性についても言及。IPビジネスにおいて日本では、マンガやアニメ、ゲームが長い年月をかけて世界で人気を獲得し、キャラクターIP産業は日本を代表する一大産業になった一方、世界各国でも市場が生まれ、開発も進んでいる。そして各国で新たなプレイヤーたちとの競争も激しくなっている状況を指摘。それでもなお、日本発のキャラクターIP産業は世界を驚かせ、感動と熱狂を生み出していると主張する。
VTuber市場についても、世界で競争が激しくなっていくことは想定しており、すでに北米などVTuberが浸透している地域がある一方、時差の関係でライブ配信が視聴しずらい欧州などではVTuberの盛り上がりがまだまだというところで、市場を拡大していける余地があるという。すでにホロライブプロダクションのVTuberには海外ファンも多く、ホロライブEnglishといった海外圏に向けたVTuberグループも存在しており、海外との接点を多く保有していることに強みがあるという。
また、昨今ではアバターを活用したライブ配信活動そのものは、誰でも始められるというぐらいに敷居が低くなっている。一方でVTuberとして人気を獲得していくという観点においては、テクノロジーに支えられた高クオリティのコンテンツやファンコミュニティの構築、世界発信に向けての多言語翻訳など、いわゆるトップタレントを生み出すためにはさまざまなサポートが必要で、参入障壁が高いビジネスとなっており、カバーにとっては模倣困難な競争優位性があると語る。
谷郷氏は、VTuberが日本の新しい産業になり得る可能性があるとし、キャラクターIPビジネスで世界でも新しいカルチャーのスタンダードを作るという意気込みで事業展開を進めていくとした。
質疑応答のなかではさまざまな質問が行われた。人気を得られるような広く受け入れられるVTuberというのはどういうものか、どのような素質を持っているべきなのかという質問に対しては、「そもそも広く受け入れられることが正解なのか、というのが前提としてある」と指摘。美術に造詣が深い儒烏風亭(じゅうふうてい)らでんさんを例にあげ、これまで芸術に対して深く言及するようなVTuberが存在しなかったことから、新しい視聴者層を取り込むことによって人気を獲得することができたという。谷郷氏としてはホロライブプロダクション全体として、たくさんの人に受け入れられるかを考えており、新しい需要を喚起できないと新規ファンを獲得できないことを踏まえると、一人一人に対しては今までに無かった需要を満たしていくことが重要と説いた。
またVTuberの活動には少なからずランニングコストがかかるなかで、人気が出ない場合の見切り判断の基準について質問がおよぶと「ディスコン(※ディスコンティニュードの略で「打ち切り」の意味)の判断はしない会社」とキッパリ。いわゆる“多産多死”の方針をとっておらず、年間でデビューする人数や間隔を開けるなどの調整を行い、一人一人、そしてひとつのユニットをプロモーションも含めてしっかり押し出していく体制を構築することで、ディスコンを避ける方針にしているという。さらに、タレント本人のやる気を維持することが最も重要であることに触れつつ、前述のようにライブ配信であれば日常的な活動においてそこまでコストがかからない状況であり、やる気さえあれば維持できる環境であることも付け加えた。
VTuberの“中の人”における、生成AIの活用の可能性についても質問が及んだ。谷郷氏は、すでに所属タレントをベースにした生成AI版のVTuberを実験的に試みたという。
これを踏まえたうえで、カバーのビジネスとして可能性はないと回答。VTuberのビジネス構造として、ファンはタレントの目標や将来なりたいビジョンを応援する形であり、「本質は応援すること」であることを改めて説明し、「会話をしてくれる生成AI版のVTuberを作ることはできても、応援する気持ちにはなりにくいのではないか」と指摘する。
生成AIを活用するVTuberについては、ボーカロイドを活用したビジネスに近いという見解を示す。ボーカロイドでは「ボカロP」と呼ばれるクリエーターが楽曲を生みだしており、そういったクリエーターに対してのファンが存在する。谷郷氏は生成AI版のVTuberを作るクリエーターが面白い動画を作ることで、応援のビジネスとは違う動画ビジネスという方向性であれば、すでに海外でも事例があるという。このことを踏まえ、カバーとして目指している、応援されるVTuberのビジネスとしては違うものととらえているという。
VTuberにおけるリスク管理についても質問がおよぶと、谷郷氏はVTuberについて社会人経験が少ないまま活動していたり、若年層に支持されている現状から、社会人経験がない状態で活動を始めるタレントも増えていく可能性もあると指摘。カバーとしてはできる限り準備期間を置いて教育を行ったり、定期的な注意喚起を行うなどの啓蒙活動をしていくと説明。また、昨今において誹謗中傷が非常に激しくなってきている状況も踏まえ、モデレーターがライブ配信を24時間体制で監視を行い、誹謗中傷やタレントの失言に対しては即時対応できるようにしているという。加えて、長期的な活動という観点から、計画的に休暇を勧め、メンタルを守ることもしていると語った。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス