企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。当連載では現在、森ビルが東京・虎ノ門で展開する大企業向けインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる注目の方々を中心にご紹介していますが、今回はARCH入居企業である日揮が国内で産学官を巻き込んで展開中の注目の新規事業と、その担当者を紹介します。
今回ご登場いただくのは、日揮ホールディングス サスティナビリティ協創ユニット 資源循環・バイオ事業化グループ SAF事業チーム アシスタントプログラムマネージャーの植村文香氏です。日揮HDは現在、コスモ石油、レボインターナショナルと「合同会社SAFFAIRE SKY ENERGY」(サファイアスカイエナジー)を設立し、廃食用油を原料とした国産SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の精製・製造事業に取り組んでいます。植村氏は事業の立ち上げ前夜から参加し、サファイアにも籍を置きつつ、家庭や店舗で発生する廃食用油からSAFをつくる活動「Fry to Fly Project」の事務局も担当し、フロントパーソンとして活動の舵取り役を担っています。前編では、グローバルでのSAFに対する注目度と課題、日揮の中で植村さんたちがSAF事業を立ち上げるまでのエピソードについてお伝えします。
角氏:まずは植村さんが事業化に取り組まれている「SAF」について教えてください。最近あちこちで耳にするようになった気がしますが、どのようなものなのか改めて説明していただけますか?
植村氏:SAFとは「持続可能な航空燃料の略称」です。SAFそのものは廃食用油、サトウキビなどのバイオマス由来原料や、都市ごみなどから生産されます。従来の航空燃料が原油から精製されるのに対して、廃棄物などを原料としたSAFを使う事で、ライフサイクルでのCO2排出量を大幅に削減できるのです。航空業界は鉄道などに比べ輸送量あたりのCO2の排出量が多く、排出量を減らしていかないといけないという認識で、世界的にSAFに注目が集まっている状況です。その中で我々は、国内で廃食用油からSAFを製造する事業に挑戦しています。
角氏:なるほど。欧州で飛行機は「飛び恥」などと言われていますしね。
植村氏:同じ乗り物でも自動車は電気や水素燃料の方向に進んでいますが、飛行機は旅客機という面からも大きなバッテリーを積むことはできないので、エネルギー密度が高い液体燃料であるSAFが必要とされているのです。充電ステーションなどを新たに作る必要もなく、SAFとして精製される燃料自体も従来ほぼ同じ成分なので、給油設備もそのまま使えることもメリットですね。
角氏:植村さんはもともと学生の頃から環境問題に強い関心があったのですか?
植村氏:いいえ、基本的に大学に入るまでは部活も課外活動もほとんどせず、受験勉強に没頭していました。
角氏:進学校だったんですか?
植村氏:それもありますが、私は「まずこれ」と1つに決めないと頑張れないタイプなんですよ。それで高校を卒業したときに、「勉強以外何もやってなかったな」との思いに至って、大学からでも始められることを探し、入学後合気道部に入部しました。
角氏:ニッチなところに行きましたね。
植村氏:合気道には関節技やテクニックもあるし、体の大きさも関係ないので、ほぼスタートラインが一緒なんです。それで今度はずっと合気道をひたすら頑張って、3年時に部の記念行事でペルーに行って演武をしたり日系人の方と一緒に稽古をしたり。でも逆に勉強は全然しなくなってしまったという、そんな大学生活でした。
角氏:没頭するタイプなんですね。そこから就職したのですか?
植村氏:大学は化学システム工学科に在籍していて、一応就職活動はしたのですが、そのような調子だったので「このままだとどこにも行けない」と思い、大学院に進学したんです。その後の就活で日揮を選んだのですが、当時は日揮という会社について全く知りませんでした。複数の化学メーカーのOBがリクルーターとして来てくれたのですが、その時に決め手がなく迷っていたところ、日揮のOBがお昼をいいところに連れて行ってくれたんです(笑)
角氏:なんと(笑)
植村氏:他社さんも色々と食事に連れていってくれたのですが、大学の近くだからだいたい知っているお店が多い訳です。それが日揮のリクルーターは全然知らないお店を選んでくれて、そのリサーチ力に驚いて「こんなところがあったんだ、なんだこの会社は!」と(笑)。それで話を聞くと社員が何でも一生懸命やっていたり、毎日やっていることが違ったり、化学工学という分野が生かせるなどという話をしてくれたので、当社を第一志望にして、縁あって入社することができました。
角氏:何かにつけて一歩抜き出ることは大事というエピソードですね(笑)、とても参考になります。入社してからは?
植村氏:化学工学出身の人間は、まずプロセス設計の部門に配属されることが多いんです。日揮グループは、エネルギーや化学品などを精製する大規模なプラントや設備に関する設計(Engineering)、調達(Procurement)、建設(Construction)を行う「EPC事業」を生業としているのですが、その中でプロセス設計はプラントの基礎設計を担います。プロセス設計部門が最初の大枠の設計を担い、それに基づいて計装制御部門や、電気部門、配管部門、機械部門などの専門部門が動いていく形になります。私は最初に国内の石炭ガス化したガスからCO2を分離・回収ガス化するプラントを設計するプロジェクトに配属され、3カ月程度プロセス設計を勉強したのち、現場研修として、オーストラリアのLNGプラントに配属されました。現地のワーカーさんと協力しながら、プラントの生産工程を制御する計装制御の部門で現場体験をさせてもらいました。
角氏:全体のプロセス設計を学んだ上で、最終的に工場やプラントの現場がどう動いているのかを理解し、そこから帰国して次のステップに進んだのですね。
植村氏:翌年から化学関連のプラントの設計を担当し、2年間設計や計算、図面を書いたり直したり、お客様からのコメントに対応したりという形でプロセス設計そのものを学んでいたのですが、その仕事が終盤に差し掛かったときに、今一緒にSAF事業に取り組んでいる上司の西村(日揮ホールディングス サスティナビリティ協創部資源循環・バイオ事業化グループ SAF事業ユニットプログラムマネージャー兼SAFFAIRE SKY ENERGY 最高執行責任者COOの西村勇毅氏)から、「てんぷらを揚げた油を使って飛行機の燃料を作ろうと考えているんだけど、一緒にやらないか?」と誘われまして。
角氏:そこからSAFにつながっていった訳ですか。
植村氏:プロセス設計部門に、日揮の技術を使って新しいことができないかを考える技術営業という有志のワーキンググループがあって、そこにいた人たちから「次に資源循環が来る」と教えてもらったのです。そこで西村に、「今から検討を始めるんだけど、入ってみない?」と誘ってもらえて、「やります」と。その時から2人で環境にやさしい飛行機の燃料を作るという取り組みに着手しました。
角氏:今は大勢を巻き込んだ動きになっていますが、2人で始められたのですね。
植村氏:その時は日揮社内の取り組みだったので、まずはパートナー探しから始めて、色々な方々にアプローチし、「使用済み食用油から飛行機の燃料づくりをやりませんか?」と声を掛けていきました。そこから結果として、当社とコスモ石油さんと、レボインターナショナルさんの3社で廃食用油からSAFを製造するという事業が生まれたのです。
レボインターナショナルさんはもともと当社の顧客で、廃食用油を全国から集めてきて、自社でバイオディーゼル燃料を製造されています。全国から廃食用油を集めてくるノウハウとネットワークをお持ちです。原料の領域にレボさんがいて、製造面でずっと飛行機の燃料を作ってきたノウハウをお持ちのコスモ石油さんがいて、弊社が全体のサプライチェーン構築を担当するという形で動いています。
角氏:SAFにも色々な種類があるとのことですが、なぜてんぷら油というか、廃食用油を原料に選んだのでしょうか?
植村氏:実は燃料を燃やすときのCO2排出量は、SAFは既存の航空燃料と変わらないんです。ただ今までは、石油を地下から掘り起こす際に地中から炭素(=石油など)を掘り起こし、地上で燃焼させることで地上のCO2濃度が上昇しています。それに対し植物油は元々地上にあるもので、かつ植物は光合成をしてCO2を吸収するので、実質CO2排出量ゼロとみなす、カーボンニュートラルという考え方になります。さらに廃食用油から作るSAFが、SAFの中でも最もかなり排出量が少なく、従来の84%くらい削減できるのです。
角氏:燃やす事によってCO2は出るけれど、原料が化石由来ではないため、環境に優しいということですね。ただ、家庭に一度ばらまかれて使われたものをもう一度集めるほうが大変じゃないですか?
植村氏:はい。廃食用油から燃料を精製することは我々やコスモ石油さんのノウハウを持ってすればハードルは高いということはないのですが、廃食用油を大規模に集めてくることが一番難しいです。
角氏:面倒くさいし、そっちの方がハイコストだと思ってしまう。
植村氏:そうなのですが、航空業界は脱炭素化を進めていかなければならず、何とかSAFを作らねばならない状況なのです。その中で現在大量生産が実現しているものの、ほとんどは廃食用油や動物性油脂由来のSAFで、諸外国もまずはそこから始めています。
角氏:家庭で揚げ物に使った油が集まっているのですか?
植村氏:量の観点から考えると事業系の外食とか食品工場から出てくる廃食用油が多いので、まずはそこからですね。一方、もちろん家庭からも考えています。ただ事業系の油は、日本国内ではほぼ100%リサイクルされていて、集めるネットワーク自体はあるんですよ。そこをSAFに変えていけばいいという話なのですが、実はその廃食用油の一部は輸出されているんです。
角氏:集めた油が輸出されているんですか?
植村氏:欧米や欧米企業が所有する東南アジア工場に輸出されています。日本は脱酸素の取り組みは遅れているのに対し、欧米は環境活動家が多いこともあって意識が高いんですね。なので各国にバイオ燃料の工場が作られていて、原料として日本から廃食用油が輸出されているのです。
角氏:でもそこに物流コストもかかりますよね。オイオイって話じゃないですか!
植村氏:コストもそうですし、それによってCO2も出ています。
角氏:それって、欧米の人たちが「自分たちは環境に配慮しています」というアリバイ作りのために、環境に良くないことをやっていることになりますよね。
植村氏:現在国内での事業系の廃食用油は約40万トン、そのうち12万トンくらい輸出されていると言われているのですが、我々はその輸出されている“資源”を国内回帰させ、国内で使っていこうとしています。
角氏:子どもが考えても絶対にわかる理屈ですよね。
植村氏:そこで国内での取り組みを大きくしていくために、色々な方に声を掛けているのです。
後編では、植村さんたちが実践してきたSAFの製造事業拡大に向けた社内外でのさまざまな活動について伺います。
プレスリリース【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力