コロナ禍を経て、オンライン教育の普及は一段と進んでいる。しかし、英会話教室の市場規模は約1600億円なのに対して、オンライン英会話の市場規模は未だ約300億円程度だ。
オンライン英会話大手のDMM英会話は、生成AIが話題を集めていた8月1日、日本初となる「ChatGPT」を搭載したAI英会話サービス「DMM英会話 AI」をローンチした。9月26日にはそのベータ版を公開し、すべての会員にAIロールプレイ会話のサービスを無料で提供している。
約2カ月で生成AI活用のサービスを展開できたのはなぜか。DMM英会話で代表を務める坂根健太郎氏と、CTO兼COOで技術と教材開発の要を担うLuke McCrohon(ルーク・マクロホーン)氏、カスタマーサポート マネジャーの吉田歩美氏にAI導入の狙い、今後の戦略について話を聞いた。
DMM英会話は、2023年にローンチ10周年を迎えた。2013年からの創業メンバーで、現在代表を務める坂根氏によると、スタート時点は完全なゼロベースで、DMM.comの社員は1人もいなかったという。「私の名刺に“亀チョク本部”と書いてあるが、この本部では会長の亀山(敬司氏)に向けた社外からの新規事業やM&Aなどの提案を受けている。この本部から、社内ベンチャー的に英会話事業が立ち上がった」(坂根氏)
日本人の英語学習に足りないのは「圧倒的に話す機会」と捉え、自分の好きな時間に30分講師を独り占めできることを強みに、まずフィリピンに法人を作るところからスタートした。
「フィリピンを拠点にした理由は、地理的に日本の南にあって時差がないから。当時は円高だったこともあり、フィリピン人の講師は欧米の講師に比べて安い価格で教えていただけた。2015年からは講師も自宅で教えられるようになったが、発足当時はフィリピン国内の通信事情も今ほど良くなかったので、マニラとセブとダバオのセンターまで講師に足を運んでもらい、授業をしていた。現在は世界120カ国にわたる1万人の講師がいるが、2013年当時は200人のフィリピン人の講師のみでスタートした」(坂根氏)
DMM英会話の一番の強みは、バラエティ豊富な講師陣だ。さまざまな年代で、多様なジェンダーを持つ講師がいる。特にヨーロッパでは“東欧のフィリピン”と呼ばれ、出稼ぎが多く、英語を話す機会の多いセルビア人講師を中心に、各国へネットワークを広げていった。
しかし、生徒からは「英語で英語の説明をされてもわからない」という声があり、2017年からは日本人講師を導入する。カスタマーサポートを務める吉田氏は「日本人講師は外国人の講師より価格が上がるが、やはりものすごく人気。文法からしっかりと学びたい方は、日本人の講師が安心できるようだ」と語る。
オンラインの外国語教室は、現在でも「Skype」「Zoom」を使う企業が多い。吉田氏は「当初はSkype自体のトラブルも多く、障害が起きるとサービスがすべて止まってしまって大変だった」と振り返る。
また、ユーザーはDMM英会話とSkypeの双方に登録しないといけない。かつ、Skypeでは講師のアカウントや状況把握がしにくかった部分も難点で、長年の経営課題だった。そこでDMM英会話は、独自のビデオレッスンシステム「Eikaiwa Live」を2019年に開発する。
このEikaiwa Liveの技術力を担ったのが、現在CTO兼COOのMcCrohon氏だ。もともと英会話アプリの「iKnow!」を手掛けていたMcCrohon氏ら8人が、2015年にセレゴ・ジャパンからDMM.comに参画。McCrohon氏は当時のDMM英会話の様子を、「Skypeの代わりに使える動画システムがないから、大変そうに見えた」と話す。
そこからDMM英会話は、徐々にテクノロジー活用を推進。現在ではEikaiwa Liveで開発されたサービスを「Bellbird」というブランド名で、DMMオンラインクリニックをはじめとしたグループ企業内や各種学校、企業に利用されるまでになった。さらに坂根氏は、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時期は、「DMM英会話が語学を超えたコミュニケーションプラットフォームになるかも」と感じたという。
「世界中の人が自室に籠もっていた時期、DMM英会話をすることで、講師もユーザーも心の拠り所を感じたそうだ。互いの国の状況を話し合って心配することで、講師と生徒の関係を超えて、友だちのような関係性になっていったエピソードをたくさん聞いた」(坂根氏)
言語学の博士号を持つMcCrohon氏は、海外在住が3年ある日本人でも「英語を話せますか」と聞くと「ちょっと…」と謙遜して返すところが面白いと話す。一方、日本に来た外国人に「日本語を話せますか」と問うと、自己紹介ぐらいしか話せなくても、堂々と「話せますよ」とこたえるという。「興味深いのはこのギャップだ」(McCrohon氏)
McCrohon氏は、日本人の英語学習で大事なことは、ミスをしても怖くないと理解してもらうことと語る。それを裏付けるかのように、DMM英会話で一番人気のあるのはフィリピン人の講師なのだそうだ。「ネイティブに英語を話す人でなければ、日本人はそれほど怖くない。しかもフィリピン人の講師は、いつも明るくフォローをしてくれる。だからAIも同じだと思った。AIの前でミスしても、いくら会話を待たせても、誰も気にしないのではないか」(McCrohon氏)
McCrohon氏のチームでは、数年前から英語のチャットボットを使って、試作を繰り返していたという。良いものを作ろうとするならば、数億円のプロジェクトになると試算していたところ、2023年に入り生成AIが一気に広まっていく。McCrohon氏のチームで「生成AIで教材を作れるか」と話し合ったところ、既に研究開発に着手済みで、空港の入国審査などをはじめとしたロールプレイの日常会話コンテンツをすぐにリリースできそうだったという。
「ネイティブの人の英会話にプレッシャーを感じる人は、必ずいる。だから、DMM英会話のユーザーには“AIで何ができるか”というコンセプトをいち早く見せたかった」(McCrohon氏)
実際にユーザーからはこんな声が届いている。「音声入力も当然使えるが、通勤時に電車の中でもスマートフォンで手入力できるようになっており、好評をいただいている。今までネイティブの講師に踏み出したいけど、躊躇していたユーザーにはすごくいいと思う。一番好評なのはフィードバックだ。自分が今話した文法はどうだったのか、他に適切な言い回しがなかったか。他の表現を瞬時に教えてもらうことができる」(吉田氏)
英会話学習にAIを導入したことで、坂根氏は「オンライン英会話のマーケットがさらに広がる」と語る。「オンライン英会話を楽しめる人は、実のところ英語の中級者以上。もっと言うと、大学受験の経験者。だから適切なフィードバック機能が付いていることで、中学校程度の文法や語彙力の方にも英語を話す楽しみ、喜びがオンライン上で感じられるようになった」(坂根氏)
8月1日にローンチしたDMM英会話 AIは、既に会員に繰り返し使われているという。1人当たりの平均会話数は8回。リピート率は25%で、12月末で、ユーザーは3万5000人を超えている。「同じシチュエーションでも違う反応が返ってくることを、早くもわかっていらっしゃるユーザーもいる」(吉田氏)
DMM英会話 AIは今後、財産となっている国籍豊かなリアル講師とAI、両方をうまく組み合わせていくという。「理由は、英会話はコミュニケーションだから。会話がうまくなりたかったら、リアルな人間とコミュニケーションをしないとダメ。いくらアプリを使って単語や文法を覚えても、少し話すだけで『言っていることはなんとなくわかるけど、きちんと話したことがないんだろうな』というような、ボヤッとした英語を話すことになる」(McCrohon氏)
2024年の早い時期にリリース予定があるのは、「写真描写」と「デイリーニュース」。写真描写は、写真に何が写っているかを英語で説明する教材で、そこにAIを搭載し、予習復習ができるようにするという。また、デイリーニュースは、毎日話題のニュース5本を解説付きで紹介しているもので、リアルな講師とのレッスンで使うユーザーが特に多いMcCrohon氏も力を入れている教材だ。この教材を使ってレッスンに挑むユーザーは、事前に「今日はこんな風に話そう」と予習をする人も多いらしく、「その練習版としてAIのロールプレイができたら」とMcCrohon氏は話す。
リアルな講師とのやり取りの最中に文法や表現を質問できるbotの「AI講師」や、AIを相手にロールプレイの入国審査シーンを3回行うと、本物のリアルな講師が出てくるようなゲーミフィケーション的な構想もあるという。
実際に東京大学で言語学の博士号を取得しているMcCrohon氏は、母語以外の言語を獲得する術について「語学を習得したかったら、毎日少しずつやるのが一番大事。実際にDMM英会話でも、週1回のユーザーより週4回こまめに勉強する人の方が長く続けている。そういう人にとっても、DMM英会話のサイトを訪れるたびに毎日違うAIのロールプレイレッスンがあれば、きっと通勤時間の短い時間でも飽きさせないように学べるはず」(McCrohon氏)と話した。
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