「『Android』をたたきつぶす。なぜなら盗作だからだ」。Steve Jobs氏は、Walter Isaacson氏が執筆し2011年に出版されたJobs氏の伝記で、こう語っている。
Jobs氏のGoogleとAndroidに対する怒りは文書にもはっきりと残っているし、AppleとさまざまなAndroidパートナーが関与する数多くの訴訟が、Jobs氏の盗作という主張は本気だったことを示している。しかし現実には、AppleとGoogleは長年にわたって互いにインスピレーションを与え合ってきたと言っていいだろう。どちらについても、一方がなければ、もう一方の今の製品はなかったはずだ。
最初のAndroidスマートフォンであるT-Mobileの「G1」の発売から、2023年で15周年になる。この節目に、両社がITの世界で強い影響力を持つ企業になるまでの軌跡と、競争がいかに両社のイノベーションを加速してきたかについて振り返ってみたい。
スマートフォンが、人類史上のどの発明よりも大きく世界を変えたことは間違いない。スマートフォンは人間同士のコミュニケーションのあり方を変え、さまざまなモバイル技術を扱う、まったく新しい企業のカテゴリーを生み出した。始めの頃にJobs氏が辛辣にAndroidを批判していたことは確かだが、その後、AppleとGoogleの間でさまざまなアイデアやインスピレーションが行き来していたことは明白だ。
この15年の競争の間には、何度も、一緒に遊んでいるきょうだいが、どちらが先におもちゃを取ったかで口げんかをし始め、おもちゃが取られたと大声で親に言いつけているのを見ているような気分にさせられた。大抵のきょうだいは生涯の間にある程度けんかをするものだが、歴史を振り返れば、競い合うことでお互いを成功に導いたきょうだいもたくさんいる。
テニスの世界的なスター選手であるVenus Willams氏は、現役時代にグランドスラムで圧倒的な強さを誇った妹のSerena Williams氏との競争について、「妹と対戦するときには、いつもお互いのプレーを高め合っている」と語ったことがある。
Williams姉妹は競争の中で育ち、コートの上でお互いに戦い、相手の動きを正確に読みとるすべを学んだことで、カウンター攻撃を行うために必要なプレイで応戦し、勝利することができるようになった。2人は、最高の相手と競い合ったことで、お互いだけでなくほかの選手にも勝てる方法を身に付け、テニス界の頂点に立った。ちょうど、AppleとGoogleがそうだったように。
両社は互いに一進一退の攻防を繰り広げるうちに、かつては強い影響力を誇ったBlackBerryや、Nokiaと短命に終わった同社の「Symbian」プラットフォームなどのほかの挑戦者を退けた。IT業界の雄であるMicrosoftと同社の「Windows Phone」でさえ、AppleとGoogleが繰り広げる激しい競争の前では成功を収めることはできなかった。
今日のAppleとGoogleの関係は、Williams姉妹の友好的で家族愛が伴うライバル関係と比較できるようなものではないが、昔からずっと角を突き合わせていたわけではない。歴史を振り返ってみよう。
Androidは2003年に独立した企業として創業し、2005年にGoogleに買収された。一方、Appleはすでに「iPod」という形でモバイル製品で成功を収めていた。iPhoneの開発は2004年に秘密裏に始まっていたが、Jobs氏はこの頃に、Googleの最高経営責任者(CEO)への就任を打診されたことがあると言われている。
Jobs氏はそれを断り、GoogleはEric Schmidt氏をCEOに据えたが、そのSchmidt氏は、2006年にAppleの取締役会に加わることになる。ジャーナリストのSteven Levy氏は、2011年に出版した「グーグル ネット覇者の真実」の中で、「人事の行き来は非常に多く、AppleとGoogleは1つの会社かと思えるほどだった」と述べている。しかし、その安穏とした状況は長くは続かなかった。
Appleが2007年1月に初代iPhoneを発表すると、同年11月にはGoogleが2つのプロトタイプを披露した。そのうち1つは、ハードウェアのボタンとスクロールホイールが付いたBlackBerry風のスマートフォンで、少し前から試作段階に入っていた製品だった。しかしもう1つの新しいプロトタイプは、大きなタッチスクリーンを持っており、ずっとiPhoneに似ていた。
Jobs氏はこれが気に食わず、「Appleの銀行残高である400億ドルすべて」を費やしてでもAndroidを潰すと息巻いた。Androidの最初のスマートフォンである「T-Mobile G1」は、この2つのプロトタイプの要素を併せ持っており、タッチスクリーンがスライドして物理的なキーボードが現れるようになっていた。Schmidt氏が2009年に、利益相反の可能性があることを理由にAppleの取締役会を去ると、スマートフォン関連特許をめぐって、AppleとGoogleのさまざまなパートナー企業を巻き込んだ一連の訴訟合戦が始まった。
Googleのパートナー企業で最も注目されたのはサムスンで、Appleはダブルタップで画面を拡大縮小する機能や、スライドで端末をアンロックする機能などの基本機能に関するものを含む、数多くの特許を侵害したとしてサムスンを訴えた。これらの法廷闘争は何年も続き、Appleが「サムスンがあからさまに当社のデザインをコピーしたのは事実だ」と主張すれば、サムスンはそれに反論した。長い係争は2018年にようやく終結し、両社は法廷外で和解案に合意する。
長い法廷闘争の間、両者の主張は対立していたが、ソフトウェアや、それを実行するスマートフォンの発展の流れを見れば、両者がお互いに、相手のアイデアを大胆に借用し続けていたことは明らかだ。
「iOS」のピクチャーインピクチャー、ライブ留守番電話、ロック画面のカスタマイズ、ライブ翻訳などは、いずれも類似の機能が先にAndroidに実装されていた。また、ホーム画面をウィジェットでカスタマイズする機能は、長い間Androidだけの特長だと考えられてきたが、この機能も最終的にはiOSに導入された。
逆にAndroidのニアバイシェア機能はAppleの「AirDrop」に酷似しているし、Androidのスマートフォンに「おやすみ時間モード」やスクリーンショットを撮影する機能が導入されたのは、iPhoneに同様のものが搭載されてからしばらく経ってからのことだった。
Appleは2016年9月にiPhoneから3.5mmヘッドホンジャックを廃止したが、筆者は、Googleがその翌月に行った「Pixel」のお披露目で、壇上の幹部が「Pixelにはヘッドホンジャックがある」と言って会場がクスクスと笑いに包まれたのをはっきりと覚えている。そのGoogleも、「Pixel 2」ではヘッドホンジャックをなくした。
両者がお互いのアイデアをコピーし合っているのか、それとも消費者の動向やマスコミのうわさ、関連技術の一般的な進化に注目した結果、同じ結論に達しただけなのかを判断するのは不可能に近い。
AppleがiPhone Xで物理的なホームボタンを廃止するといううわさは、2017年9月に正式に発表されるずっと前から流れていた。サムスンがそれに対抗して、同年に先んじて「Galaxy S8」からホームボタンをなくし、「Appleを打ち負かした」といううわさは正しいのだろうか。それとも、これらの大きな設計上の決断は、両者がそれぞれ独自に下したものなのだろうか。
この論争でどちらか一方の肩を持つのは不可能だし、そうしようとするのはいささか短絡的すぎると思える。いずれにせよ結果的には、AndroidとAppleのスマートフォンやOSが足並みを揃えて進化しているように見える状況になっている。
2023年現在のスマートフォンプラットフォームの市場シェアは、Appleが28.4%であるのに対して、Androidが70.8%と圧倒的に優位に立っている(出典:Statista)。しかしGoogleは、常に50ドル(約7200円)以下のスマートフォンから1500ドル(約22万円)を超えるものまで、できるだけ多くのデバイスにAndroidを載せることを目標としてきた。一方、AppleはiOSを自社のデバイスにしか搭載しておらず、これらのデバイスは非常に高額なため、iOSがAndroidほど普及していないのは当然とも言える。
Googleのビジネスモデルの中心はサービスプロバイダーであり、ハードウェアの製造ではない。同社の主な収益源はあらゆるプラットフォームで広告を販売することであり、マスマーケットを狙うことでメリットを得られる典型的な例だと言える。Android自体の企業利用は無料であるため、当然ながらインストール数も多くなる。しかし、Googleのサービス(「Gmail」「YouTube」「Chrome」などや「Google Play」ストアへのアクセス)を利用するには、企業がGoogleにライセンス料を支払う必要がある。それでも、サムスン、Motorola、OnePlus、OPPO、Nothingなどの多種多様なブランドのスマートフォンにAndroidが搭載されているのは、自由に使えるからだ。そしてもちろん、AndroidはGoogleのPixelシリーズでも使われている。
一方、Appleは閉鎖的な企業だ。iOSを使えるのはiPhoneだけであり、Appleはこの体制を断固として維持するつもりでいる。AppleはiPhone上でのソフトウェアの動作を完全にコントロールでき(そして同社の「App Store」で販売されるアプリに対して相応の料金を課している)、ハードウェアに合わせたiOSの最適化についてもコントロールしている。スペック上は劣っているにもかかわらず、Appleのスマートフォンが、多くのハイエンドAndroidスマートフォンよりも性能がいいのはそのためだ。Androidは本質的に、「全サイズ共通」のアプローチを取らざるを得ず、どのバージョンのAndroidも、画面のサイズも、使われている部品も異なる非常に多様なデバイスでうまく動作しなければならない。
Androidはタブレットの登場で苦戦を強いられた。4インチのスマートフォン用に設計されたソフトウェアを、はるかに大きいサイズの画面に対応させなければならなかったからだ。タブレットに最適化した「Android 3.0 Honeycomb」が設計されたが、さまざまな問題があって長くは続かず、一部の機能は以後のバージョンに吸収された。一方、Appleは異なるアプローチを取っている。当初は両方でiOSを使用していたが、今では画面が小さいスマートフォンではiOSを使い、タブレットでは新たに開発した「iPadOS」を使っている。
しかし、AndroidとiOSが長年の間に似てきたことは明らかだ。カスタマイズ性は以前からiOSよりもAndroidの方が高かったが、Appleはホーム画面のウィジェットや、ロック画面のカスタマイズ機能や、デバイスの見た目を変えられるアイコンのテーマを作成する機能などを導入した。
一方Googleは、Androidの断片化が原因で起こる問題を最小限に抑えるために懸命に取り組んできたのに加え、自社製のデバイスではまちがいなく「Apple的」なアプローチを取るようになった。最近のPixelシリーズは(最新の「Pixel 8 Pro」を含めて)、iPhoneのように「Googleのベスト」を誇示できるように設計されており。プロセッサーも(AppleがiPhoneで行っているように)自社生産している上、ソフトウェアもPixel用に最適化されている。
Googleは、ユーザー数ではAndroidの方が優っていても、高級で洗練されたハードウェア体験の提供という面ではAppleの方がリードしていると認識しており、その答えとしてPixelシリーズがある。筆者自身が「Pixel 8 Pro」「Pixel 7 Pro」「Pixel 6 Pro」をレビューした経験から言っても、これらは最もApple的な体験が得られるAndroidスマートフォンだと断言できる。
CCS Insightの業界アナリストであるBen Woods氏は、Androidは興味深い岐路を迎えており、「同社が量の面で成功していることには議論の余地はないが、プレミアムスマートフォン市場では徐々にAppleにシェアを奪われている」と述べている。GoogleのPixelシリーズは、最高クラスのAndroidスマートフォンだが、その販売台数はiPhoneの数分の一だ。
Androidのパートナー企業を見れば、また話は違ってくる。特にサムスンは、Appleと世界一のスマートフォンメーカーの座を争っており、首位は激しく入れ替わっている。サムスンはAppleよりもはるかに製品の幅が広く、低価格なスマートフォンの数が多いため、販売台数が大きいものの、プレミアム市場は依然としてAppleが支配しており、その勢いに衰えは見えない。
一方、Android陣営は、折りたたみスマートフォンによる長期的な成功に重きを置くようになっている。サムスンの「Galaxy Z Flip」や「Galaxy Z Fold」はすでに世代を重ねており、2023年には、OPPOやMotorola、OnePlusなどの折りたたみ式スマートフォンのほか、Googleの「Pixel Fold」も発売された。それに対して、Appleはまだ折りたたみ式のデバイスを発表していない。単に準備ができていないのか、このジャンルは(3Dディスプレイや曲線デザインのように)一過性の流行だと考えているからなのかは分からない。
Appleは、折りたたみ式ディスプレイのような実験的なイノベーションには目を向けず、最新のiPhone 15 Proシリーズにチタンデザインや改良されたカメラを搭載するなど、既存のハードウェアに磨きをかける方向に向かっている。またAppleのアプローチには、もっと大きなAppleのエコシステムにユーザーを引き入れることも含まれている。例えばiPhoneは、「Apple Watch」「iPad」「Mac」「HomePod」「Apple TV」など他のAppleデバイスとシームレスに同期できる。
Appleは、iPhoneの新規ユーザーを1人獲得するたびに、他の自社製品や「iCloud」「Apple Music」「Apple Fitness」、およびストリーミングサービス「Apple TV+」などを売り込む機会も獲得している。Googleも多少はこの種の製品やサービスを持っているが、Appleのようなまとまりのあるパッケージは提供していない。このことが、新規顧客に対するGoogle製品の魅力を損なっており、AndroidユーザーのApple製品への乗り換えに繋がっている可能性もある。
それでも、Androidは低価格帯の端末で広く使われているため、予算が限られている人々への人気が衰えることはないだろう。また、サードパーティーメーカーが提供する膨大な数のデバイスに搭載されているため、スマートフォンが生活の中で果たす役割を問い直すイノベーションが生まれる機会は多くなる。
2023年のスマートフォンの出荷台数は過去10年間で最低を記録するとみられており、刺激的な新技術によってユーザーの注目を集めようと工夫を凝らし、物事の新たなやり方を提示する製品を提供しようとする企業が増えるだろう。今後は、Androidやそのパートナー企業、そしてiPhoneやそのソフトウェア、周辺機器(Appleの「Vision Pro」ヘッドセットなどがその好例だ)から、さまざまなイノベーションが生まれてくるはずだ。
さらに、あらゆる面からサステナビリティーに関する取り組みが見られるようになるだろう。例えばAppleは、9月に開催した「iPhone 15」の発表イベントで、環境に配慮した製品作りをしきりにアピールした。またサムスンがサステナビリティーに関する取り組みを強化し、Fairphoneなどの地球に優しい機能を一番の売りにしている小規模な企業もある一方で、サステナビリティーを重要な要素としてビジネスモデルに取り込めてないメーカーもある。これからの消費者は環境に優しい製品を選ぶようになる可能性が強く、スマートフォン業界における次の大きな競争のポイントは、どの企業が最も環境に優しい製品を作れるかになるかもしれない。
iOSとAndroidの発展は、ソフトウェアとハードウェアのどちらについても、ときにはほぼ同時に起こり、ときには一方がある機能を発表すると、もう一方もそれを真似る形で進んできた。市場環境がますます厳しくなっていくことを考えれば、Williams姉妹がライバルとして競い合うことでテニス界で新たな高みに到達したのと同じように、AppleとAndroidも競争精神を発揮して、成功のための新たな方法を模索していく必要があるだろう。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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