11月1〜3日、ベルサール渋谷で開催された、「Nostrasia」というイベントをご存知だろうか。
700人以上が参加したこのイベントは、「Twitter」(現X)創業者のジャック・ドーシー氏が支援する「Nostr」という分散型SNSのプロトコルの祭典で、すべて彼の私費で賄って開催された。
一部では盛り上がっているのにまだ注目度の低いNostrとは、一体何なのだろうか。
筆者が登壇したイベント初日には、オリジナルカクテルと日本酒、寿司が振る舞われ、マグロの解体ショーも行われた。二日目にはジャック・ドーシー氏と、元NSA(米国家安全保障局)のエドワード・スノーデン氏をオンラインでつないだ対談もあり大いに盛り上がったが、報道するメディアの取材がなく、個人ブログなどでしか取り扱われていない。イベント自体は大盛況だったため、取材があれば大きく取り扱われていたはずだ。
Nostrの始まりは2020年頃、fiatjaf氏と呼ばれる一人のビットコイナーによって、オープンソースでプロトコルの開発が始まった。
Nostrは、「Notes and Other Stuff Transmitted by Relays」の頭文字を取って名付けられている。従来のSNSとは違い、単一障害点がなく、耐検閲性を持った分散型SNSを主軸とするプロトコルだ。耐検閲性があるため、エドワード氏もNostrを利用している。
2022年12月には、fiatjaf氏に対してジャック・ドーシー氏が、14BTC(約5000万円)を支援。その後の2023年2月、「Twitter」の“アカウント凍結祭り”発生のタイミングで、Nostrを利用したSNSアプリ「Damus」がリリースされ、注目が集まった。
2023年5月 、ジャック氏がさらに500万ドル(約7億円)をfiatjaf氏に支援し、現在に至る。
なぜ、ジャック氏が支援しているのか、簡単に説明しよう。
Twitterの中央集権状態に問題を感じていたジャック氏は、中央集権から逃れるために「Bluesky」構想を打ち立てた。Twitterの非中央集権を目指すほど、decentralized(分散型)の仕組みに傾倒していたのだ。究極の分散型プロトコルであるNostrに魅了され、支援せずにはいられなかったのだろう。
事実、彼は毎日のようにNostr上で投稿している。一時期彼はTwitterのアイコンを、ダチョウにまたがった姿に変えていたほどだ。
他のSNSと分散型SNS、ジャック氏を魅了したNostrの構成を見てみよう。
従来の中央集権型のSNS(図1)のフロントのサーバーは、(機能としては)一つになっている。対して、分散型(図2、図3)となるとサーバーが複数となり、サーバーを新たに立てることも自由だ。立てたい人が立てて運営するという形になっている。
図2のMastodonタイプの場合、どのサーバーに所属するかはユーザーが選択し、ユーザーのデータは選択したサーバー内に保管される。他のサーバーに所属するユーザーの投稿の閲覧は、サーバーの連合機能で実現する。そのため、選択したサーバーの運営者がある日突然運営をやめてしまうと、ユーザーのデータが失われてしまうという問題がある。
Nostr(図3)の場合は、ユーザーの投稿は、複数のサーバーに同時に送信される。そのため送信先のサーバーのいずれかが運営を停止しても、同時に送信していた別のサーバーに過去のデータが保持されており、問題なく利用できる。ただし、ユーザー同士が少なくとも一つ以上同じサーバーに対して送信していないと、お互いの投稿が見えない状態になる。
Nostrのサーバーはリレーサーバーと呼ばれており、プロトコル仕様の策定はgithub上で行われている。
創始者のfiatjaf氏がビットコイナーであることもあり、ブロックチェーン(図4)に似ているが、チェーンのないブロックというべき仕組み(図5)になっている。秘密鍵で署名されたブロック(event)がどこに存在しても、その秘密鍵の所有者が作成したものであることが保証される。
一番最初に盛り上がったタイミングは2023年2月、Nostrのクライアントアプリの一つとなるDamusだろう。当初は新しいSNSのDamusとして紹介されることが多く、DamusというSNSができたと筆者も勘違いしていた。しかし、DamusはSNSではない。Nostrプロトコルを利用したクライアントアプリの名称という認識が正しい。
Damusは「iOS」向けアプリだが、「Android」向けには「Amethyst」というクライアントアプリが人気だ。そして、ブラウザーで動くクライアントアプリとして日本産のものも作られている。初心者向けの「Nostter」と、「TweetDeck」風のUIの「Rabbit」が人気だ。
2023年の3月19~21日には、「Nostrica」というイベントがコスタリカで開催された。Nostrasia同様、ジャック氏の私費で賄われた大きなイベントで、開催後の4月5日には、次回は東京で開催するとアナウンスされていた。ジャック氏は3月8日、日本に対して「Japan confirmed punk」と発言しており(図6)、この時にはすでにNostrの日本の状況について関心があったと思われる。
その後の4月12日にも、「ええと、日本は目覚めています」と投稿しており(図7)、日本への関心の高さが伺える。
では、Nostrの日本のユーザー比率は、どの程度なのだろうか。投稿から言語を推定し、独自に計測してみた。
言語別ユーザー比率(図8)を見ると、最も多いのは英語、2位が中国語となっているが、中国語はスパムbotが異常に多く、実際には10分の1以下ではないかと思われる。恐らく、実質の2位は日本語といっていいだろう。
そして言語別の投稿数の比率(図9)を見ると、ユーザー数に比べて圧倒的に日本語の投稿が多いことがわかる。言語別のDAU(Daily Active User)の計測で英語ユーザーの10分の1程度が日本語ユーザーであることがわかるため、日本語ユーザーの1人あたりの投稿頻度は英語ユーザーの5倍程度だろう。日本人のSNSのハマり方は、世界でも特異なようだ。
日本人のNostr開発者の貢献が認められ、創始者のfiatjaf氏により、それぞれ0.05 BTCが日本人5人に対して送られている。筆者もそのうちの一人だ。
もともとビットコインのコンテキストがあり、ビットコインのレイヤー2の仕組みである「lightning」で投げ銭もできる。OpenSatsという公的慈善団体にNostrの開発をしていると申請すれば、ビットコインで支援を受けることが可能だ。実際に支援を受け本業の収入を越えてしまった日本人も居る。
なお、日本人が作成したNostr関連の制作物は「awesome-nostr-japan」にまとまっている。
ジャック氏がなぜ従来の中央集権型のSNSに嫌気が差してしまったのかは、動画で詳しく語られている。
簡単に説明すると、ジャック氏は一社が独占してサービスを運営すると、利益追求のために広告主を優先することや、ユーザーがないがしろにされて感情を揺さぶられSNS中毒になってしまうこと、CEOの判断が単一障害点となり、大きな責任を持たなければならないことを懸念しているようだ。
そうならないための要件を備えた、自由で単一障害点のないNostrに大きな将来性を感じているのだろう。
Nostrasiaの中でもジャック氏は、Nostrはスーパーアプリになっていくと将来の展望を述べた。実際、ユーザーの認証機構に通信が必要ないため、ログインが非常に簡単に扱える。さまざまなアプリがNostrの秘密鍵でログインできるようになれば利便性はさらに向上するだろう。一社独占でないため、サービスの永続性があるのも大きな強みだ。
現在はまだユーザーの少ないSNSだが、単一障害点のある従来のSNSと違い、変化をしながら長く生き残っていくだろう。
まだまだ時間はかかるかもしれないが、単一障害点のある従来のSNSのように、会社の存続が危ぶまれることはない。また、言論弾圧が進んだ場合、最も威力を発揮する存在となるだろう。
長期的に見れば、利益を優先してユーザーが踊らされることのない永続性のあるSNSが今後重要視されていくのではないか。
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