アップルがゴールドマン・サックスとの提携を解消へ--「Apple Card」はどうなる?

Jason Perlow (Special to ZDNET.com) 翻訳校正: 川村インターナショナル2023年12月05日 07時30分

 AppleとGoldman Sachsが提携し、2019年に発表された「Apple Card」は、すぐに単なるクレジットカードを超えた存在となり、テクノロジーと個人ファイナンスのシームレスな融合の象徴になった。米国に670万人以上の保有者がおり、その60%がメインのクレジットカードとして使用しているApple Cardは、消費者のクレジット体験に大きな変化をもたらした。「Apple Pay」を通して仮想的に使用する場合でも、洗練されたチタン製のカードで物理的に使用する場合でも、Apple Cardの多用途性は金融業界に新たなベンチマークを打ち立てた。

iPhoneとキャッシュカードと鍵
提供:Maria Diaz/ZDNET

 しかし、最近の動向を見てみると、どうやらAppleとGoldman Sachsの関係に重大な変化が生じているようだ。Appleは、Apple CardやApple Cardの普通預金口座を含むGoldman Sachsとの金融事業提携を12~15カ月以内に解消することを提案したという。この決定は、かつて金融テクノロジーにおける画期的な提携とみなされた両社の関係に転換点が訪れたことを示している。

 報道によると、この動きは、消費者金融事業の縮小を目指すGoldman Sachsの戦略に沿ったものであるという。同社はAppleとの提携で多額の損失を被っている。一方、Appleは、独自の決済処理技術やインフラ開発を目的とした「Project Breakout」に社内で取り組んでおり、金融事業の独立性を高めることを目指している。

  1. Apple Cardの技術的優位性
  2. Goldman Sachsの消費者向け事業
  3. 予想される買収シナリオ
  4. 新たなパートナー候補
  5. ユーザーの期待値は今後も高い
  6. 新しい提携先の前途は多難

Apple Cardの技術的優位性

 物理的な特徴以外にも、Apple Cardがエコシステムに統合されたことは実に革新的であった。Apple Cardは「iPhone」上で独自のユーザーインターフェースが提供されており、ユーザーは簡単に自分の支出を分類して追跡したり、特定の購入記録を見つけたり、デバイスから直接決済したりできる。

 さらに、Apple Cardには、iPhoneや「iPad」などのApple製品を24カ月間無利息の分割払いで購入できる、Apple Cardで買い物をした場合に最大で3%がキャッシュバックされる、といった金銭面での魅力的な特典も用意されている。

 Apple Cardの際立った特徴は、そのセキュリティである。これは、以下の2つの重要な革新的テクノロジーによって支えられている。

  • Secure Element(SE):すべてのiPhoneと「Apple Watch」に組み込まれている特殊なチップで、決済情報のとりでとなっている。Apple Payでの取引の際、SEはNFCテクノロジーを使用して、決済カードをエミュレートする。この隔離された非常に安全な環境によって、機密性の高い決済データの保護を確実なものとしている。デジタルセキュリティが何よりも重視される現代において、この機能は極めて重要だ。
  • トークン化テクノロジー:Goldman SachsはApple Card向けに独自のトークン化システムを開発した。このシステムは、取引ごとに従来のクレジットカード番号(PAN)を一意のワンタイムトークンに置き換えるというものだ。このトークンは、見た目も機能性もクレジットカード番号に似ているが、元のPANは含まれていない。そのため、犯罪者にとっては利用価値がなく、スキミングなどの従来の詐欺手法の被害に遭うリスクも大幅に軽減される。

Goldman Sachsの消費者向け事業

 Goldman Sachsの消費者向け事業は、1067億ドル相当の規模で、以下の主要セグメントから構成される。

  • コンシューマーバンキングプラットフォーム「Marcus」:1000億ドルの預金規模。
  • 個人向けローン:45億ドル(うち10億ドルは、売却を発表済み)。
  • クレジットカードの提携:上記、個人向けローンの一部で、AppleやGMとのパートナーシップも含まれる。
  • 消費者向け融資部門GreenSky:22億ドル規模(ただし、10月に売却が発表された)。

予想される買収シナリオ

  • 全面的なポートフォリオの買収:JPMorgan ChaseやBank of Americaのような大手金融機関が自行の大規模な消費者向け銀行業務を活用して、ポートフォリオ全体を買収するといったシナリオだ。
  • 部分的な買収:地方銀行やフィンテック企業、専門のクレジットカード発行会社など、多種多様な企業が、Goldman Sachsの事業のさまざまなセグメントに魅力を感じるのではないだろうか。

新たなパートナー候補

  • JPMorgan Chase:1兆1400億ドルの資産を持つChaseには、この買収を実行する力が十分にある。同社のデジタルインフラと、テクノロジー企業との協業の経験は、高度なトークン化技術を含め、Apple Cardの管理に理想的だ。
  • American Express:1兆300億ドルの資産基盤があるにもかかわらず、American Expressの独自の決済ネットワークは、MastercardをベースとしたApple Cardと統合する際の課題になる。それでも、同社の卓越した顧客サービスと優れたデジタル技術はプラスになるかもしれない。
  • Citi:5634億ドルの資産を保有するCitiは、世界的に強力な存在感があり、デジタルバンキングのイノベーションにも取り組んでいる。そのため、Apple Cardの高度なテクノロジーをはじめとした、Goldman Sachsの多様な資産を統合する有力な候補となっている。
  • Capital One:5345億ドルの資産を保有し、デジタルファーストのアプローチを採用しているCapital Oneは、革新的な方法でApple Cardを管理できるかもしれない。しかし、Goldman Sachsの消費者向け事業全体を統合するとしたら、そう簡単にはいかないだろう。
  • Bank of America:4806億ドルの資産を保有し、テクノロジーに多額の投資を行っているBank of Americaは、Apple Cardを管理して、Goldman Sachsの大規模な消費者向け事業を統合する有力な候補といえる。ただし、それには大規模な戦略的計画が必要になるだろう。
  • Synchrony Financial:The Wall Street Journalによると、SynchronyはApple Cardの買収に関心を示しているという。米国最大規模の店舗用クレジットカード発行会社であるSynchronyは、信用度の低い消費者を含む幅広いカテゴリーの消費者に融資を行っている。同社は、Appleがクレジットカードプログラムを開始する際に、Goldman Sachsと入札で競合し、敗れている。個人的には、上述の大手金融機関と比較すると、Synchronyはワイルドカードという印象である。同社にとっては、Apple Cardに必要なテクノロジーの実装が大きな課題となるからだ。

ユーザーの期待値は今後も高い

 この移行は、Apple Cardユーザーに大きな影響を及ぼすだろう。カードのセキュリティと機能性、そして、ユーザーの信頼を維持することは極めて重要だ。Apple Cardのユーザーは、優秀な技術サポートによって問題を解決してもらうことに慣れている。それは、特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが最悪の状況にあったときに、筆者自身が経験したことだ。金融事業でAppleと新たに提携する企業は、Appleの「ウォレット」のユーザーエクスペリエンスを支え、優れた電話サポートも提供する必要がある。

 とはいえ、Appleのユーザーが実際に懸念すべき問題は、それほど多くないのではないだろうか。Appleは、ユーザーを見捨てたり、機能性を下げる変更によってユーザーに負担をかけたり、製品を使いにくくしたりするような企業ではない。むしろ、筆者としては状況が改善するのではないかと期待している。例えば、申請と承認のプロセスが簡単になるといったことだ。Goldman Sachsの管理下では、申請と承認にバイアスがあることが問題となっていた。

新しい提携先の前途は多難

 AppleとGoldman Sachsの提携解消から、今後どのような状況が想定されるだろうか。筆者は現在、Chaseが発行しているAmazonクレジットカードを使用しており、30年前から同行をメインバンクとして利用している。Costcoで買い物をするときのために、Citiカードも所有している。このポートフォリオに別の銀行を追加しなければならないという状況は避けたい。

 これに関して、最も苦労するのはAmerican Expressだろう。支払い条件を理由に、以前から同社の採用を好まない業者がいるからだ。だがもしAmerican ExpressがApple Cardを引き継いだら、そうした業者もApple Cardを採用しようと考えるかもしれない。それに、MasterCardを失うことで生じる手間と引き換えに、いくつかの新しいメリット(American Expressラウンジの利用など)も期待できるかもしれない。

 また、金融サービスの複雑な規制環境をうまく乗り切ることはこの移行に不可欠であり、新たな提携先は、コンプライアンスとオペレーショナルリスク管理に細心の注意を払う必要がある。

 Apple Cardを含むGoldman Sachsの消費者向け事業の一部または全体を買収するという決定は、金融投資であり、市場でのポジショニングやテクノロジーの統合、規制順守を伴う戦略的な活動でもある。どの企業がApple Cardの新たなパートナーになるとしても、この取引はデジタルバンキングと消費者金融の分野で新たな基準を打ち立て、関係者はもとより、広範な業界の状況に影響を与えるだろう。

この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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