食のスタートアップが利益を出せる事業モデルとは--大手アクセラ米Union Kitchen創業者に聞く

熊谷伸栄 (Wildcard Incubator)2023年11月28日 09時00分

 フードテックのスタートアップ、とりわけ「食品(原料等含む)を開発する」スタートアップにとってもっともコストがかさむのが、「製造設備」である。

 ソフトウェアの開発やサービス系のビジネスモデルとは違い、モノづくりのスタートアップは「モノを作る」必要があるわけで、それを自前で設備を構えるのか、外注・アウトソースをするのか、いずれかの選択肢を行うこととなる。

 ただ、モノづくりをその会社の価値に据える場合、安易に製造工程を外注したくない、という経営判断もある。たとえば、知財ビジネスとしてノウハウを製造外注先に供与することでライセンスビジネスモデルを構築する方法もあるが、自社内でその開発技術を守っておきたいもの。

米首都ワシントンDCに構える、「Co-Kitchenスペース付き」フードスタートアップのアクセラとして老舗大手Union Kitchenの共同創業者、Cullen Gilchrist氏(写真提供:Union Kitchen)
米首都ワシントンDCに構える、「Co-Kitchenスペース付き」フードスタートアップのアクセラとして老舗大手Union Kitchenの共同創業者、Cullen Gilchrist氏(写真提供:Union Kitchen)

 そんな食品開発スタートアップの悩みを少しでも軽減させるために展開するのが、Co-Workingスペースならぬ、「Co-Kitchenスペース」を提供するフードテック・スタートアップのアクセラレーターだ。日本でも少しづつ出始めているものの、未だに総じて手薄感が否めない感があるようだ。日本でも2021年3月28日に新大久保に「K,D,C,,,」がJR東日本を中心とする支援組織等で生まれたことで、Co-Kitchenスペースが始動したと考えられた。また関西には日本の製菓ブランドの老舗のユーハイムが展開するBaum Hausもある。

 だが、国内で年々増える食開発のスタートアップのこうした「製造設備のアウトソース」ニーズに応えきるには、まだこれらだけでは手薄なのが実情だ。

名古屋市内にある、ユーハイムが運営するBAUM HAUS(バウムハウス)の外観。筆者撮影
名古屋市内にある、ユーハイムが運営するBAUM HAUS(バウムハウス)の外観。筆者撮影

Co-Kitchenスペースを活用した食品開発スタートアップ支援が進む米国

 一方の米国では、2010年半ばころから食品を製造する小規模事業者向けの支援が各地で盛んになりはじめていた。たとえば、サンフランシスコ/シリコンバレーの中間地に位置するサンマテオに拠点を構えるKitchentown Centralは、2024年に大手総合商社である丸紅との提携を発表したり、2020年にオイシックス系のFuture Food Fundと連携したりした。さらにはカゴメやその他の日本の大手食品メーカーからCVCとの連携を盛んに行っており、日本のフードテック関係者でも今やよくその名を知られる存在だ。その他、Kitchentownほど知られていないかもしれないが、シカゴのThe Hatcheryや中西部(ソルトレークシティー)にあるSpice Kitchenをはじめ、全米の主要都市圏ではこうしたCo-Kitchenスペースを提供する支援業者は充実している。

主な全米のCo-Kitchenスペース付きアクセラ事例。米Food Corridorレポート、その他公開情報を基に作成
主な全米のCo-Kitchenスペース付きアクセラ事例。米Food Corridorレポート、その他公開情報を基に作成

 上記の通り、フード事業未経験者が新たにフード事業をゼロから立ち上げて独り立ちをし、その後のスケールアップまで資金提供までを手掛ける「一気通貫型」でのサービスモデルが確立されているケースが多い。

 このうち、日本での認知度はKitchentown等と比べてあまり高くないものの、全米のShared-Kitchenのコンセプトと“シリコンバレー的”な初期インキュベーションから成長期過程のアクセラプログラム、そしてベンチャー投資を融合させた独自のサービスモデルを構築するプレーヤーが、Union Kitchenだ。彼らは、首都ワシントンDC(メリーランド州)に拠点を構え、2012年に「The Blind Dog Cafe」という地元のカフェ事業者としての創業がきっかけであったが、その後、現在の「Co-Kitchenスペース×アクセラ×VCファンド」という一気通貫型のフードテック・スタートアップ支援モデルに大きく変貌を果たす。他の類似業者と比べてその支援実績の規模と、Exitに全米規模のブランドを次々と生み出している点で大きく抜きんでている存在だ。

 日本国内においてもこれから少しづつこうしたCo-Kitchenスペースを加味したサービスが進むと予想される中、今回、Union Kitchenとは筆者が代表社員を務めるWildcard Incubatorが日米でフードテック領域での各種取り組みで連携をする間柄であることもあり、創業代表のCullen Gilchrist氏に直接彼らの軌跡とこれからの戦略について、語ってもらった。

Co-Kitchenスペース付きフードテック・アクセラ〜VCモデルの強み

――Union Kitchenについて、誕生の背景などを教えてください。

 まず、われわれUnion Kitchenは、新興の食品ブランド(スタートアップ、その他)を、立ち上げ段階からローカル市場での商品販売、その後の全米規模での段階的な成長プロセスまでをサポートする仕組みを持つ食品ベンチャーのアクセラです。また、名前の通り支援をする事業者が使用できるCo-Kitchenスペースを持っていますが、それだけではなく、彼らの商品が消費者に届くためのリテール店舗も構えている点が大きな特徴です。

 2012年に創業しましたが、当初はThe Blind Dog Caféというフードサービス事業を立ち上げたのがきっかけです。ただ、この事業を進める中でキッチン設備の費用が高いことに苦労をした点や、われわれ以外の地元の同業の事業者も同じ悩みを抱えていることに目を付け、そこで、「皆でキッチン設備を共有できるサービスを始めよう」と思い立ったのが、今のCo-Kitchenスペース事業のきっかけです。

Union Kitchenのキャッチフレーズ: “Make it, Move it, Sell it.”。写真提供:Union Kitchen
Union Kitchenのキャッチフレーズ: “Make it, Move it, Sell it.”。写真提供:Union Kitchen

――すると、最初はまったく違う業態で始まり、その苦労から今のCo-Kitchen付きアクセラ事業の発想が生まれたわけですね。

 そうですね。生産キャパが不足し始めてしまい、いろいろと新たな生産用スペースを探しましたが、結構苦労しました。この経験から、最適な生産スペースを探したり、必要な道具を購入したりすることがいかに大変なことかを、自分たちが身に染みて経験ができたので、ほかの地元の食品従事者も同じ課題を抱えていることに気づいたわけです。当時はまだこうしたCo-Kitchenスペースが盛んになる前でした。

――世界中で今増えつつあるCo-Kitchen系のフードテック・アクセラレーターと比べて何を特徴とされているのでしょうか?

 われわれの包括的なエコシステムが大きな特徴であり、強みであると思います。自前でキッチン設備と最初の実験市場としての機能を果たす自前の小売店、創業期から全米規模での成長ステージまでの4つの各ステージの手厚いアクセラ支援体制、さらには大きくスケール化の見込める支援先企業への投資を行うベンチャーファンドも運営する、フルセットでのサービスモデルが大きな強みです。

 このモデルに辿り着く際に、フードビジネスが成長する上での3つの「課題」に焦点を当てました:「キッチン」「食の流通」「小売」です。これらの3つの要素を、Union Kitchen Ecosystemの中ですべて享受できるような仕組みを構築しています。

同社のアクセラモデル。Phase 4の段階に辿り着いた支援先フードスタートアップの中から、初めて同社のファンド投資の対象となる。Union Kitchen提供資料より引用
同社のアクセラモデル。Phase 4の段階に辿り着いた支援先フードスタートアップの中から、初めて同社のファンド投資の対象となる。Union Kitchen提供資料より引用

――Union Kitchenとして、フードスタートアップにとって自前の製造設備(キッチン)を構えることが戦略上有効であるとのお考えですね。

 はい、われわれは、製造設備を自前でコントロール出来ることと、支援する各社ごとにそれぞれの成長段階に合わせた支援を行う体制を確立することに主眼を置いています。

 スタートアップにとって、自前で製造プロセスの構えることでノウハウを維持でき、自分達のブランドの運命を自分達でコントロールしやすくなります。

 具体的には、食品市場には特徴があり、消費者の好みやトレンドは頻繁に変わりやすい傾向にありますが、そうしたトレンドにスタートアップは常に適応し続ける必要があります。そうした際、やはり自社で独自の製法をテストし、適宜新たな要素を加えていくことが出来るようにしておくことで、市場に常に順応できるようになります。

 さらに、最近多くみられるアクセラモデルではフードスタートアップを立ち上げから一気に加速をさせる動きがみられますが、これは大きな誤りです。本来、食を開発する事業者は、各成長段階に応じてコツコツを成長を踏んでいくべきであり、そこを通り越して一気にスケールアップを目指し過ぎることが、多くのフードスタートアップがとん挫する大きな理由であると考えます。

シリコンバレーは理想的なテスト市場ではない?--Union Kitchenのアクセラモデルと辿り着いた支援先

――シリコンバレーやニューヨークではなくて、なぜ首都ワシントンDCを拠点にしたのですか?

Union Kitchenの移動式ショップ
Union Kitchenの移動式ショップ

 自分は2010年にワシントンDCに移り住んだのですが、その理由はこの街がある意味食の市場を始めるにあたり、理想的な都市であると捉えたからです。首都ワシントンDCは政治の中心というのもあるせいか、活気と共に多様性がある地域であり、また知性の豊かな都市でもあると捉えています。

 さらに、シリコンバレーやニューヨークのような極端な特徴のある街文化があるわけでもない点が挙げられます。サンフランシスコやシリコンバレー、ニューヨークは魅力的な市場圏でありますが、必ずしもそこでの成功モデルが全米に通用するとは言えません。その点、ワシントンは全米の平均的な都市圏とそれほど乖離していないと感じていますので、ここで成功モデルを構築できれば、ある程度全米規模で適用可能な持続的な商品開発、事業モデルが確立しやすい、と捉えています。つまり、ワシントンDCは全米規模でフードブランドの成功モデルを実験〜確立するための理想的な街と考えています。

――今や、「スマートキッチン」と言われる、AIやセンシングといった未来志向の技術が従来のキッチンに置き換えられることで労働集約型のコスト構造を改善する試みが活発化していますが、Union Kitchenでもキッチン設備の導入は積極的ですか?

 もちろん、必要とされる新たな厨房設備は適宜取り入れていく方針です。また、こうしたAIやスマートIT技術で面白い技術を持つ日本のスタートアップや大手企業ともこれから積極的に連携や協業の機会も増えればと期待しています。

食品系スタートアップにとっての課題:「持続的な成長モデル確立」に対する示唆

――プラントベース市場は、当初の右肩上がりの成長からひとまずは踊り場を迎えており、食を手掛ける新興ブランドにとっても生き残るのが厳しい市場になったとの見方もあります。

 プラントベース食品市場の人気はここ数年で急速に高まりましたので、市場は飽和状態にあることは事実です。一方で、食品市場は一部の大手企業がほぼ寡占状態を維持している市場でもあります。それは、チャンスでもあります。食品市場は非常に大きい一方で、諸費者の求めるものは細やかに分かれます。従って、絶えずそうした消費者の声、トレンド、彼らが欲しがるものを探求し続けることで、自分たちの市場を確立することは可能です。そして、正しいステップを踏んでいけば、先ほど申し上げた通り、持続可能なブランドモデルを構築することは十分可能であると考えています。そして、大手が手の行き届かない市場を掌握できれば、今度は大手ブランドが手を組みたくなるようになるわけです。

全米の大手食品ブランドによる新興フードブランドのM&A:主な事例:Union Kitchen提供
全米の大手食品ブランドによる新興フードブランドのM&A:主な事例:Union Kitchen提供

――高度な食品科学の技術を持つ「培養肉」のようなテーマを掲げるスタートアップと比べて、CPG、B2C系のスタートアップは粗利率が低く利益を出しにくいと言われます。スタートアップが利益を確保しながら持続的な成長モデルを確立するための秘策はありそうですか?

 それについては、先ほどの答えと重複しますが、大切なことは二つあると考えています。一つは、初期投資は嵩みますが、やはり自前で製造力を持つことで、より付加価値の高い商品を生み出す力が担保されると考えています。二つ目は、失敗例としてありがちな「急成長カーブ」を目指すのではなく、まずは地場のマーケットでファンを掴む⇒地域の市場を抑える→全米規模での展開に着手する、という段階を必ず時間をかけながら踏んでいくことで、ビジネスとして持続性を保てる価格とコスト構造を獲得できると思います。

出典:Union Kitchen提供資料より引用
出典:Union Kitchen提供資料より引用

日本の食文化の可能性、そして日本の食品市場に期待したいこと

――日本の食文化は世界的にも発酵文化をはじめ、まだまだ埋もれた素材があると思いますが、米国で日本の食文化を活かして米国の消費者に受け入れてもらうには何が必要だと思いますか?

 まず、日本の食文化はわれわれも非常に魅力を感じており、そしてリスペクトしています。一方で、そうした奥深さを知る消費者は実際はまだまだ限られており、未だに少ないと思います。従って、あなたのコンセプトを良く知らない市場に何か新しい概念を紹介する場合、気を付けるべきことはいくつかあります。それは、「啓蒙(Education)」「物語(Storytelling)」「適応(Adaptation)」。その次に、いわゆる成長戦略を考えることです。大抵、成長戦略ばかり先に頭と労力ばかりかけてしまい、とても大切なこれらの3つの要素がおろそかになりがちなのです。

 みなさんが米国市場を目指してまず最初に注力すべきなのは、あなたが持ち込もうとする概念を、その国(=米国)の消費者の目線から考えてみる、ということです。彼らが慣れている食べ物に置き換えてみること。

 そのステップをきちんと踏むことで、ターゲットとする消費者・市場をはじめて教育することが出来ると思います。彼らは、前段の「置き換え」のないままでは一切受け入れません。受け入れたとしても、ごく一部の「日本通の」非常に限られた層にしか訴求できません。

 市場=消費者こそ、みなさん(日本からのフードベンチャー・ブランド)に示唆を与えてくれるわけですから、彼ら、彼女達の目線で物事を捕えようとすること、フィードバックに耳を傾けること、そして自分達の商品を適応させていくことこそ、最初の上市の秘訣ではないかと考えています。

 まずは特定の米国内での「地元市場」の基盤を固めてから、その次に成長戦略を進めていくことで、サステイナブルな商品ポートフォリオ、マネタイズモデルが確立しやすくなると、われわれが手掛けてきた多くのフードベンチャーのトラックレコードを見ても、思います。

ドミニカ共和国のフルーツ類をテーマにした健康志向のジュースを開発製造するCaribe Juice。他国の食文化を米国市場に適応出来た事例のうちの1社
ドミニカ共和国のフルーツ類をテーマにした健康志向のジュースを開発製造するCaribe Juice。他国の食文化を米国市場に適応出来た事例のうちの1社

――これから目指すUnion Kitchenの将来像を教えてください。また、日本の食品産業やスタートアップに期待することがあれば、教えてください。

 創業以来、累計で650社以上のフードベンチャーを育成してきました。そのうち100社はわれわれのアクセラプログラムを経て世に羽ばたいていきました。これからも起業家をサポートするエコシステムを構築するために、ネットワークとリソースを拡大していきます。当初は地元のフードベンチャーが中心でしたが、やがてジャマイカ等、国籍も多様な支援先も今や増えており、これからもますます多様性のある支援先を開拓して行きたいと強く考えています。日本のスタートアップの皆様ともこれからパイプを構築していきたいと思います。

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インタビューを終えて:

 Union Kitchen創業者のCullenが語る内容に一番印象に残るのが、「現地の市場の声に耳を傾ける〜現地目線の商品設計を定義づけること」の重要性を説いた点だ。

 日本人にとって馴染みの深い多くの健康志向な食材は、今や「サステイナビリティ、食の無駄な廃棄をなくす動き、プラントベースのタンパク源」といった潮流が盛り上がる中、日本だけで閉じ込めていくにはもったいないと思えるほど、たくさんのネタがある。日本のサンジルシ醸造が米国市場で日本の醤油を現地の消費者の嗜好を捉えた「たまり醤油(Tamari)」のコンセプトの誕生と、その後の米国都市圏高級オーガニック市場(カリフォルニア、他)を中心とする巧みな高級志向のブランディングでの成功事例のように、先駆者はいるものの、日本の多くのフードスタートアップにはこの点が実はまだまだ欠けているように思える。それが主な要因か否かは検証が必要だが、米国で定着できた日本発の新興フードブランドは、ここ数年シリコンバレーを見ていても、皆無に近い。現地市場における商品の定義づけを、まずは米国の特定地域に特化をして育て上げていく忍耐(+資金力)が重要でありそうだ。

 最後に、冒頭に触れた通り、日本国内ではまだまだ製造設備を構えるほど資金を蓄えるフードスタートアップは少なく、そうしたスタートアップを支えるエコシステムが「発展途上」の段階にあると思われる。これから日本国内でもこうしたキッチンスペースの提供から自前のファンドでの出資までの、一気通貫型のフードテックスタートップの支援モデルか、それぞれのプレーヤーが役割分担をするエコスステムの構築となるか(Co-Kitchenスペース提供者、食事業のプロ・専門家による指導、アクセラ、VC)、いずれの形にせよ、米国の彼らのようなモデルを参考にしてみる価値は十分にありそうだ。

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