米国シリコンバレーに在住し、新規事業創出サービスなどを手がけるアドライトの熊谷伸栄氏が、代替タンパク食品や培養肉に関する動向や今後の注目点などについて解説する。
アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration、略称FDA)は11月16日(日本時間)、培養肉開発を手掛ける米UPSIDE Foods(旧Memphis Meats)に対し、安全性に対する「No Question(異議なし)」との判断を下した。これは、EUと並んで世界最大の潜在培養肉市場とみられる米国で初めて培養肉の食としての安全性に対する認可をFDAが下した初の事例であり、既に日本を含めて大きく報道されている。
ただし、UPSIDE Foodsが米国内で販売が出来るようになるためには、その培養肉製造設備の許認可をはじめ、アメリカ合衆国農務省食品安全検査局(the United States Department of Agriculture Food Safety and Inspection Service (USDA-FSIS))からの検査許可を得る、などのプロセスを経る必要が残るものの、EU全体に次ぐ培養肉市場規模を持つとみられる米国内で、少なくとも私達にとっての食としての安全性に対する疑義がないと認められた点は、特筆すべきであろう。2023年にはUPSIDE FoodsへのUSDA-FSISによる認可が期待されるだけでなく、同社に続くFDA認可のケースが出始めるかにも注目だ。
主要国や地域における、プラントベースをも含む代替タンパク食品に関する法制度の現況を比較したのが以下の通りである。
米国・EU・英国・シンガポールの代替タンパク食品のガイドラインの概要比較
シンガポールは世界で初めて培養肉の認可を出しているものの、市場規模でみれば、やはり米国と欧州と比べると実に小さい。また、EUは潜在市場規模では一番大きい一方で、許認可が下りるまでの道のりが一番長いこともわかる。培養肉の制度的枠組みが今回の米FDAの動きを受けて、2023年にはEUや世界各国でどのように形成されていくのかが注目される。
一方で我が国では、2020年10月に発足した農水省フードテック官民協議会を筆頭に、活発な議論が官民とアカデミアとの間でされているものの、諸外国と比べて具体的な指針についてはまだ出遅れている印象だ。われわれが日頃近しく接する欧米の培養肉スタートアップの中には日本市場への売り込みに関心を寄せる会社があり、彼らは日本の法整備に期待を寄せている。
こうして2022年は培養肉開発の市場で大きな進展がみられた一方、培養肉がわれわれの日常的に食べる肉として世の中に普及するには依然として高いハードルがいろいろとある。そこで、2023年に特に注目されそうなテーマと、引き続き中長期的な課題となりそうな点を触れておきたい。
UPSIDE Foodsの件も含めてこれからさらに培養肉の上市が現実味を帯び始めたことで(とはいえ、以下に述べるように、まだ道のりは険しい)、今後は、培養肉開発においては、肝心な食としての付加価値(具体的には食感、味、風味、そして栄養素、といった商品としての魅力)をどう実現させていくかが、大きなテーマである。その肝になりそうなのが、「油脂」「脂質」だ。今、この油脂における「代替油脂」が、米シリコンバレーをはじめ、新たにフォーカスされ始めている。
脂質は「人間の第6の味覚」とも最近では解釈されているが、われわれが日頃食べ親しんできた動物性のお肉が「美味しい」とわれわれが味覚で感じる重要な要因として、「脂分」だと言われる。国内外の研究グループにおいても、「甘味、塩味、酸味、苦味、うま味」に続く第6の味覚として、「脂味」が存在することが確認されている。
従って、将来的に培養肉がわれわれ消費者に受け入れられていくためには、この「脂肪分」が商品価値を左右する大きな要因になりそうだ。
プラントベースや培養肉において脂肪成分に特に求められるのは、従来の油脂と同様の特性(成分、融点、栄養価、風味、品質、など)を満たすだけにとどまらず、既存の油脂生産の抱える問題(例:畜産から発生するCO2排出、森林破壊、動物福祉的な問題、コレステロールや飽和脂肪酸といった体に良くないと言われる成分、等)を解決するような代替素材を創り出すことにある。特に牛脂や豚脂といった動物性油脂やパーム油、ココナッツ油といった森林由来の油脂と比べて、植物由来の油脂は融点が低いとされており、加熱調理をするまで固形状態を保つ脂分が求められる代替肉の油脂としての課題がある。
こうした代替油脂の本格的な開発競争はすでにここシリコンバレーや欧州、あるいはイスラエルでは始まっており、代替肉スタートアップの数と比べればまだまだその総数は少ないものの、2022年に入ってからその数は徐々に増え始めている。
一つ事例をあげると、Yali Bioはサンフランシスコで創業した2021年に設立されたばかりの代替油脂開発のスタートアップだが、早くも2022年2月に300万9000米ドルのシードファイナンスを集めている(累計調達総額:500万米ドル:約6.8億円)。 彼らは、精密発酵や合成生物学の知恵に基づき、従来の動物性脂肪に代わる、「地球にも動物にも優しい新たな油脂成分をデザインする」“Designer Fats”を創り上げることを標ぼうする、面白いスタートアップだ。
従来プラントベースの代替肉の製造過程でココナッツ油が使用されるケースが多いらしいが、味の再現で課題があるといわれる。その結果、現状では代替肉スタートアップ等においては味の充実を図る為には何らかの添加剤に頼らざるを得ず、結果として「クリーンレーベル」表示を満たせなくなるという大きなジレンマに陥っているというのだ。
こうした現状課題に対して、Yali Bioは自社の技術が解決できると考えており、培養肉の開発等に取り組む会社が彼らの新たに開発する油脂成分を使用することで、クリーンな条件下で肉の味を向上させることを目指している。既に一部の日本企業も含めて世界中の大手企業からも注目をされ始めているようであり、2023年の展開が非常に楽しみな会社だ。
ただ、まだまだ大きな課題はある。培養肉の社会実装化に向けた最大の課題と捉えられているのが、量産化の為の技術スタックの構築体系化の実装と、法整備を含めた社会システムの確立だ。
2013年にMosa Meatsの創業者であるMark Post教授が一個32.5万ドル(約4500万円)もするハンバーガーを世に公表して以来、2023年でちょうど10年目を迎えるが、この間、培養タンパク食品の開発は2022年11月のUPSIDE FoodsのFDAによる安全性認可取得に至るまで着実に成長してきている。だが、世界人口が80億人に達すると予想される地球全体の人類にタンパク質を供給するための新たなタンパク源の確保するため、ここから何年かけて世界中の人類を十分養うだけの培養肉を生産できる仕組みが実現するのかが、引き続き課題とされている。
世界の有力調査機関による各種予測では、全世界の培養肉の売上は今から約8年後の2030年には200億ドルから250億ドル(約2兆7322億円~約3兆4200億円)に到達し(マッキンゼー)、2040年までには4500億ドル(約62兆円)まで伸びるとの予測が出ている。食肉市場全体の2割、2050年には約4割のシェアをとる計算だ(英バークレイズ)。
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