テレビCMのキャラクターに「AIタレント」を起用して話題を呼んだ伊藤園「お~いお茶 カテキン緑茶」には、実はもう一つ別のAIが使われている。それが、PLUGが開発した「商品デザイン用画像生成AI」だ。お~いお茶 カテキン緑茶では、このパイロット版を使い、パッケージデザインのベースを作成。それをもとにデザイナーがイラストやデザインを作り直すことでパッケージデザインを完成させている。
またたく間に世界中に広がった生成AIを商品パッケージに活用する理由は何か。商品のアイコンとして機能するパッケージデザインにAIはどんな変化をもたらすのか。商品デザイン用画像生成AIを開発し、公益社団法人 日本パッケージデザイン協会理事長も務める、プラグ 代表取締役社長の小川亮氏聞いた。
――商品デザイン用画像生成AIについて教えてください。
画面の中に「ビール」「爽快」などのテキストを入れるだけでパッケージデザインができあがる、デザイン生成に特化した、プラグ独自のチューニングを施した画像生成AIになっています。日本らしいデザインに仕上げられることが特長で、そのために数多くのデザインパッケージを学習させています。
――パイロット版を使われたとのことですが、お~いお茶とのコラボレーションはどういったきっかけでスタートしたのですか。
2022年秋に、海外の生成AIがいくつか登場し、かなり話題になっていましたが、そのタイミングで先方から「AIでパッケージを開発できないか」というお問合せをいただいたのがきっかけです。
その時点で、私たちは海外版の生成AIを使ってパッケージができるAIを研究開発していたので、それを使い、プロジェクトを開始しました。プラグでは「パッケージデザインAI」をすでにリリースしていて、ウェブサイトで検索してお問い合わせをいただいたそうです。
――お~いお茶は9月に発売とのことですが、スタートからパッケージデザイン完成までどのくらいの期間がかかっているのでしょう。
お問い合わせをいただいたのが2022年12月で、2023年1月にオリエンテーションを受け、そこからスタートしたので、2~3カ月で完成できました。通常のデザイン制作では、オリエンテーションから初回のデザイン提案まで2~3週間かかりますが、今回はオリエンテーションの3日後にAIで生成したデザインを提案し、そのデザインをみながらディスカッションを重ね、1週間後にデザイナーが作った30案ほどをご提案させていただきました。
日数的には、通常のデザイン制作に比べて半分程度になっています。加えて、その間に打ち合わせを重ね、方向性のすり合わせなどもできますので、微調整をしながら制作できるのもメリットですね。
今までですと3週間後にデザイン案を出して、方向性が違うといちから作り直しのような時間も生じてしまっていたのですが、AIで作ったイメージを共有することで方向性の違いを都度確認ができる。その分、時間を短縮できたと思っています。
――いわゆるちゃぶ台がえしのようなことがなくなるイメージですか。
なくなると思います。もう一つ、伊藤園の方から言われたのは、ダメ出しがしやすくなったということでした。例えば3週間かけてデザイナーが作ってくれたデザインに対して「ちょっと違うな」と思っても、「これは違う」とは言いづらい空気になることがある。それがAIだと、だめなものはダメと言いやすいということでした。私たちとしてもこの方向性はないというのをはっきりと消していただくことで、より確度の高いデザインをご提案できるメリットがあります。
デザインを決定する工程で、従来は消費者調査を実施しますが、その代わりにパッケージデザインAIで評価した後、さらにデザイナーによるブラッシュアップをしています。こうした流れの中で、背景のイメージを作り直したり、デザインを見直したりということを複数回重ねながら完成に至っています。
通常のパッケージ開発が、消費者調査まで含めると半年から1年くらいかかるのに対し、今回はその半分程度、2~3カ月でできています。
――パッケージデザイン開発期間が短くなることで、企業側にはどんなメリットがあるのでしょう。
市場の声に早く対応できますから、利益が出やすい構造を構築できます。AIを使うことで市場への対応スピードは一気に上がってくる感じはします。ただ、パッケージデザインだけにAIを活用してスピードアップしても、全体の開発スピードが上がらなければ、結局は変わりませんから、いかに早く意思決定ができるか、ものづくりの現場はスピードアップに対応できているかが、今多くの企業で問われているかなと思います。
――企業側がAI対応できているかということでしょうか。
そうですね。ただ、生成AIは急に出てきた動きだと思うので、どの企業もこれに対応する開発プロセスにはなっていない。そのなかでも伊藤園はとても対応が早かったです。お~いお茶 カテキン緑茶は、約1年前に発売時期が決まっていて、その中で画像生成AIという新技術が登場してきた。開発プロセスの中に、新しい動きを柔軟に取り入れた。取り組みとしては他社より数カ月早いイメージでした。
――伊藤園側と御社側のやりとりの密度というのは。
オンラインでの打ち合わせもありましたし、通常プロセスとそれほどかわらないと思います。ただ、あいだ間の時間は確実に短くて、今まで3週間後としていた次回のミーティングを3日後に設定できたり、動いている期間がギュッと圧縮されている感じですね。
また、お客様である伊藤園の方とその場で見ながら、話し合えることで、お客様が欲しがっているもの、スイートスポットを探しやすい。その場で一緒に考えられるというのがかなりの時間短縮になると思います。
一緒にパッケージデザイン案を見ながら打ち合わせをしていると、お互いアイデアがどんどんでてくるんですよ。「これはあるかもしれない」という新しいアイデアが広がることも大きなメリットでしたね。
お~いお茶 カテキン緑茶でいえば、今回茶葉の生命力を表現しました。AIが生成したデザインを見て、曲線を使い躍動感を表現する方向性はあるなと。こういう新しい可能性をクライアントとデザイナーが一緒に考えられるのは、今までのプロセスでは難しかったように感じます。
――従来のイメージから脱したパッケージデザインを提示しにくい環境だったからでしょうか。
1つは、短時間でパッケージデザイン案をここまでたくさん作ることはできなかったこと。もう1つは、人が作ると「これはないよね」とはさすがに言いづらいからだと思います。やはり目の前に全力で作ってくれたデザイナーがいる場ではっきりとしたダメ出しはしづらい。しかしAIは、そういう意味で「がんばって」はいないので、そのAIが作ったパッケージを見ながらデザイナーとともに考えられる。もちろんAIが作るので、中にはとんでもないのがでてきたりするのですが、その奇抜さも面白がりながら一緒に考えられる工程が、創造性を広げるとともに時間短縮にも効いてると思います。
今回のお~いお茶 カテキン緑茶では、提案までの速さと幅と量が違うと、伊藤園の方から言われました。速さや量はAIを使うことである程度想像がつきますが、幅は、AIには得意不得意がないので幅広く作れます。人間のデザイナーはある程度得意分野があって、このカテゴリーをつくるのならば、この人にお願いしたいという幅が決まっていますが、AIはそれがないので、幅広い案の中から選べるのがメリットだと感じられたようです。
――デザインのアイデアに奥行きがでるという感じでしょうか。
奥行きというよりも、やっぱり幅なんだと思います。もちろん1つひとつの完成度は、最初の段階ではそれほど高いものではありません。ですが、それを持って議論できるのはすごく新しい感覚です。パッケージデザインの初期段階において必要なのは、完成度の高いものではなく、発想を広げるための幅なのかもしれないです。
幅があると、このパーツとこのパーツみたいな形で面白いアイデア同士を組み合わせたりして、また新しいイメージにつながったりする。この間、面白かったのは、カップラーメンのパッケージを作ろうとしたときに、フォークが3つ出てきたんです。3人で食べているのかもしれないし、ものすごくお腹が減っているからフォークを3つ使って食べようとしているのかもしれないのですが、見た時にものすごく迫力があるなと。このアイデアはなぜ今までなかったのだろうと思ったんですね。AIを使うとそういう発見がある。新しいアイデアを発掘できる。これは面白いなと。AIが作ったものの中にヒントやアイデアがあるんですね。
――パッケージデザイン開発においてAIの恩恵はかなり感じられます。逆にAIだから大変といった部分はありますか。
選択する必要があるということでしょうか。例えば経験豊富なデザイナーの方から3つの案を出していただいたら、その中から一番いいものを選べばいい。しかしAIのように数が出てくると、正しい答えにたどり着くのが難しいというリスクはありますね。
AIが提案する数多くのデザイン案を集約し、1つのパッケージデザインに落とし込むのがデザイナーの方の腕の見せ所で、そこがうまくできないと使いこなせないのかもしれません。
――AIとデザイナーの方の力の融合が必要だと。
そうですね。加えて、AIはロゴやネーミングなどの文字情報が不得意なので、このあたりもデザイナーの力があってこそです。最終的な落とし込みは、経験のあるデザイナーだからこそできる部分であって、AIがベースを作る時代に入った今、正しいものを選択し、パッケージデザインを完成させるという意味では、今以上にデザイナーの力が必要になってくると思います。
――1つのパッケージデザインにかかわるデザイナーの方の数というのは。
通常3~4人で作ることが多いですが、お~いお茶 カテキン緑茶では、メインは2人で微減という感じでした。人数よりも時間を短縮できるメリットが大きかったかもしれません。例えば、茶葉の躍動感を表現するためにイラストを使ってみたいとなったときに、描き起こしにはすごく時間がかかる。最初のプレゼンでイラストを使った案を提示したくても、通るかどうかわからないものに対して時間の制約がある中ではなかなか提案しづらいという部分があります。AIを使えばイラスト部分のイメージを提示し、次のプレゼンにはきちんとデザインしたものをご提案できる。今までは、工程や時間の関係で提案できなかったようなものを、方向性を確認した上でご提案できるのはデザイナー側のメリットだと思います。
加えて、テーマは見えていてもイメージがつかみくいものの場合もAIを使うことは有効だなと感じています。例えば「近未来」「未来的」なデザインにしたいと言われたとき、人によって思い描くイメージは異なるでしょう。このあたりのアイデアのすり合わせも、AIだとやりやすいと感じています。
――AIを仕事に活用する際には、人間の仕事がAIに奪われる的な思想がどうしても出てきますが、今回に限ってはそういうイメージがありません。
スタンスの違いかもしれないですね。テクノロジーだけをやっている人であれば、デザイナーのいらない未来を作りたいと思っているかもしれませんが、私はそう思っていません。もっとデザイナーの想像をふくらませる使い方を提案していきたいと考えています。
元々、パッケージデザイン開発は、デザイン案を絞り込んでからもロゴや色味を少しずつ変えたり、市場調査を重ねたりと時間とお金がかかります。この部分を短縮して、クリエイティブな部分に時間をかけられるようにしようと考えたのが、今回のAIです。デザイナーも商品開発担当者も、よりいいものをつくるためにAIを使う形を進めていきたいと思います。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス