メディアが報じないフードテックの深層--食糧危機に瀕する日本が考えるべきこと

 朝日インタラクティブは10月23日~11月2日、オンラインイベント「CNET Japan FoodTech Festival 2023 フードテック最前線、日本の作る、育てる、残さないが変わる」を開催した。

 年々重要度が増す日本のフードテック。最新事情に関するセッションが連日行われる中で、トップを飾ったのは、農林水産省の農林水産研究所客員研究員として活動するスペックホルダー 代表取締役社長の大野泰敬氏だ。朝日インタラクティブ 戦略アドバイザーも務める。「メディアが報じないフードテックの深層 ―日本が成長するのに必要なこと―」をテーマに、世界各国で展開されるフードテックの最新動向とそれに対する各国政府の動き、日本が直面している課題などを語った。

スペックホルダー 代表取締役社長 大野泰敬氏(右下)、CNET Japan編集長 加納恵(右上)
スペックホルダー 代表取締役社長 大野泰敬氏(右下)、CNET Japan編集長 加納恵(右上)

食料自給率が低く、フードテック関連情報も投資額も少ない日本

 冒頭で大野氏は、「フードテックに関する情報は、日本では一部分しか報道されていない」と述べ、日本の食料・農業環境の問題点をファクトベースで指摘した。まず日本の現状に目を向けると、食料自給率はカロリーベースで37%で、これは1965年以降で最低の数値となっている(大野氏)とのこと。野菜作りの99.5%が1世代しか生産できないF1種を使っており、その種子を交配する際にも90%を外国の種に頼っているという。

日本の食料自給率は1965年以降最低を記録している
日本の食料自給率は1965年以降最低を記録している

 また、養殖では餌代にかかるコスト割合が70%にのぼる中で、魚粉の国際価格が3倍に高騰し、養殖業者は危機的状況にあるという。餌代コストの上昇は酪農・畜産分野にも及び、酪農家の赤字件数は85%、その中で4割以上が月100万円以上の赤字で、86%が借金をし、6軒に1軒は1億円以上の借金を抱えている。「これらの情報はごく一部で、実はわれわれが知らないうちに、生産者はかなり厳しい状況にある」と大野氏は指摘した。

 一方で、日本国内では大豆ミートや昆虫養殖などが、市場として成長しているという調査レポートやメディアでの報道をよく目にするが、世界最大の大豆ミート企業の株価は2022年と比較して94%も急落、取引先も減少し、レイオフを実施し、一部のアナリストは年内に倒産すると予測しており、良い部分だけの市場レポートが独り歩きをしていて実態が伴っていない事例も多いとのこと。

 フードテック分野への投資については、「調査機関によって順位や数字が多少異なるが、どの報告レポートでも日本はトップ10に入ることは少ない」(大野氏)と話した。

世界各国のフードテック投資額比較。各調査機関からレポートが発行されているが、日本はどれも順位が低い
世界各国のフードテック投資額比較。各調査機関からレポートが発行されているが、日本はどれも順位が低い

お手本にすべきシンガポールの取り組み

 その中で大野氏は、シンガポールに注目。「もともと食に取り組んでいなかった国が、今では世界屈指のフードテック先進国として生まれ変わっている。日本が見習うべきポイントが多い」と評する。同国ではこれまで約9割を輸入に頼っていたが、政府が食品自給率を2030年までに30%に高める目標を制定。ただし農業用地は国土の1%にも満たないため、フードテックやアグリテックを育成する方針を定めた。その際に、次世代有望産業とするべくスタートアップを育成し、周辺諸国に輸出もする方針だという。

シンガポール政府の取り組み
シンガポール政府の取り組み

 取組内容としては、植物・養殖の効率化に最大85%を支援するほか、IT導入時の支援、アクセラレータープログラムの運用など、ベンチャーをサポートする動きを行っているという。それ以外にも政府系ファンドの運用や、グローバルで自国の地位を強化するための団体を発足するなど、食品産業の高度化に向けた活動を行っている。特に、「資本力がないスタートアップを支援するため、政府が製造委託工場を用意して素早く量産化できるようにしており、日本に比べて5-10倍の製品開発スピードがある」(大野氏)という。

シンガポールの具体的なフードテック支援策
シンガポールの具体的なフードテック支援策

米国最大の農地保有者はビル・ゲイツ氏--海外のフードテック先進企業

 続いて大野氏は、食・農業分野の課題を解決する海外のフードテック先進企業を紹介。

 ノルウェーのMowiは、テクノロジーを活用して大きな生け簀の中で正確に養殖を行い、世界のサーモン需要の5分の1を担う。米国のUPSIDE Foodsは、細胞農業の技術を使い、動物の細胞を採取してそれを増やしていく形で、肉と同じ味と質感を持つ食料を生産。オランダのBird Control Groupは、レーザー技術を使って農業や畜産に害を与える鳥や動物を安全に追い払う技術を持つ。

ノルウェー Mowiの事業内容
ノルウェー Mowiの事業内容

 英国のBetter Originは、コンテナ内でゴミを餌に昆虫を養殖し、それを鳥や魚などの餌にする仕組みを提供している。米国のIndigo Agricultureは、環境技術を使いつつ生産能力を高める農業技術や仕組みを提供し、農家の収益向上に寄与する。フランスのYnsectは、飼料や肥料、魚粉に使われる昆虫養殖で世界最大の生産能力を誇る。米国のNature’s Fyndは、微生物の中から栄養豊富や食品と飲料を生産する技術を持ち、多くの賞を受賞して注目されているという。

英国 Better Originの事業内容
英国 Better Originの事業内容

 こういった企業が続々誕生する背景にいるのが、大手IT系企業だ。フードテックに関心を寄せる企業・人物は多く、たとえばマイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏は、現在米国最大の農地保有者であるとのこと。さまざまな研究を始めており、アフリカや南アジアで、女性でもできるような畜産や持続可能な養殖の実現を支援するための投資やシステム構築に注力しているという。

 中華系の動きも活発化し、「アリババとテンセントは把握できているだけで8兆円以上投資しており、数十兆円単位になる可能性もある。それくらい両社はカネと労力を使って活動している」と大野氏は分析する。

 ソフトバンクグループやソフトバンク・ビジョン・ファンドでも積極的な投資を行っている。先述したNature’s FyndとUPSIDE Foods、駐車場の空きスペースをレストランやデリバリーの拠点に変える米国REEF Technology、バイオ企業の米国Zymergen、屋内垂直農法で都市型農業を実現するplenty、さらにnuro、DiDi、Grabなどの物流企業を含め投資額は5.4兆円を超える。「フードテック急伸の裏側には、大手ITが絡んでいる。資金が莫大に流れ、世界中の企業が新しい取り組みに挑戦している。フードテック企業としては、それらの投資をどう集めるかがポイントになる」(大野氏)

大手IT企業が続々とフードビジネス領域に参入している
大手IT企業が続々とフードビジネス領域に参入している

大手から地方企業まで国内の有望なフードテックに注目

 そのような世界的潮流の中で、日本には投資が集まらないため生産規模が小さくなり、フードテックの黒字化が難しいのだという。解決策として大野氏は、「政府や産業、教育機関が連携しながら、ベンチャーやフードテック企業が資金を得られやすい仕組み、人材育成プログラムの構築を行う必要がある」と説く。

 一方、国内にも有望なフードテックはたくさんあるという。まず大手では日本製紙が木から食品添加物や飼料、肥料、魚粉を創り出す技術を有し、食品の賞味期限の延長、味の改善、コスト削減や家畜・魚の餌の生産を可能としている。

木から食品添加物、飼料などを作り出す技術を保有
木から食品添加物、飼料などを作り出す技術を保有

 ソフトバンクの子会社のSBプレイヤーズでは、たねまきという事業子会社が国内最大級のトマト施設園芸プロジェクトを展開、黒字化の見通しも立っているという。LINEヤフー株式会社は、Yahoo!マートという小売りと物流拠点の機能を持った施設を作り始め、大野氏は「MFCのような動きを今後仕掛けてくるのではないか」と予測する。

 また丸紅は国内最大級の5300トンとかなり大規模な陸上養殖を来年度から開始。西本Wismettacホールディングスが国内技術を複数事業化をしてグローバルに展開するなど、大手企業も積極的にビジネスとしてのフードテックに投資している。

国内の陸上養殖を変える動きを、丸紅が2024年から本格展開
国内の陸上養殖を変える動きを、丸紅が2024年から本格展開
2024年にはフードテックを実施している新規事業部隊の黒字化を目指す
2024年にはフードテックを実施している新規事業部隊の黒字化を目指す

 地域企業では、食品加工工場から出てくる排水をエネルギーに変える愛研化工機、静岡県の農業試験場から生まれた高糖度トマトを生産し、スペインでは現地流通の10倍の価格で販売するサンファーマーズ、愛媛県の魚粉を使わないで、テクノロジーを活用した新しいサステナブルな養殖を行う赤坂水産、発生する食品残渣の水分を効率的に取り除く装置を作る川口精機など、「各地に隠れた優秀な企業がたくさんある」(大野氏)という。

 それらの状況を受けて大野氏は、地方に目を向ける重要性を訴える。「地域には産業クラスターを培ってきた、強みを持つ企業がある。そんな企業を見つけ出して一緒に取り組めば、他ではできないような新しいことが実現できるし、地域経済を守って行くためには、この産業クラスターを生かす新しい事業が必要。」(大野氏)

「地域の産業クラスターの中で生まれた企業は、世界でも通用する技術力を持っている。」と大野氏は語る
「地域の産業クラスターの中で生まれた企業は、世界でも通用する技術力を持っている。」と大野氏は語る

 最後に大野氏は日本の食の現状について、「このままでいくと危機的な状況になる可能性が高い」と警鐘を鳴らす。

 「すべてを連携させて進めていかないと、課題は解決できない。海外には数十兆円の投資をしている国や、サポート制度を運用している国がある。日本もやってはいるが国だけでは難しいので、自治体や民間企業が1つになることが鍵になる。私もサポートしているので、挑戦する際には連絡してほしい」(大野氏)

食料問題に意識が低い国、ビジネスサイドと消費者も声を上げるべき

 セッションの後半では、編集部と視聴者の質問に大野氏が回答した。

 まず、ここ数年のフードテック環境の変化について大野氏は、大手IT企業の参入を挙げる。「大手ITと連携できるかが事業拡大の鍵になる。海外には成功して売上の桁が3つ違う会社がたくさんある。日本もこうした企業から資本を集め、早く追い付いていかないといけない」と回答。

 世界との比較に関しては、日本はアジア諸国に後れをとり、世界での日本のフードテック企業の認知度に関しても、「知られていることはあっても、投資や取引でビジネスをしようと思っている人はまだほとんどいない」(大野氏)とのこと。

 第一次産業がうまく回っている国については、国がしっかりサポートしているという。「他国では、農業水産分野で原価の上昇などの問題が発生したときには、生産者を守るために国が買い付けを行ったり、需要を喚起し、市場にカネが流れる仕組みを作るなどしているが、日本ではカネをばらまくだけ。消費を回復する策を国が考えていく必要がある」(大野氏)としている。

 また政策面に関しては、フードテックだけでなくスタートアップ支援制度が整っていないことが問題で、特に「圧倒的に弱いのが海外からカネを集めてくるための仕組みづくりと、最初にスタートアップの背中を押す資金力が他国に比べて弱い」と大野氏は説明する。

 各国でフードテック、アグリテックに投資が進んでいる理由としては、世界の人口増に伴う食糧不足に伴い、自国が食料を調達し国民を守れるかを考えているからで、その中で日本は遅れをとっている。「自給率37%だが、飼料も肥料も魚粉、種も海外に依存している。もしそれらが入ってこなくなると数字は極端に下がっていく。そこを国だけでなくわれわれ消費者も声を上げ意識していかないと状況は変わらない」(大野氏)。

 実際にフードテックを推進していくにあたっては、ビジネスとしての感覚を持つことが重要とのこと。そのための手段として大野氏は、「さまざまな企業とアライアンスを組みながら産業化し、どうビジネスを創っていくかが大事なポイントになる。それらを実行して行くためには、単なるオープンイノベーションのイベントを実施するだけでは生まれない。地域の産業クラスターの中で生まれた、製造、加工、品質管理など、優れた食品に関する技術と大手企業のノウハウが融合して、勝てる、優位性のある事業やビジネスモデルを作って行くことが大事だ。」と回答した。

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