気鋭の起業家たちが語る「スタートアップという選択肢」--朝日地球会議2023でトークセッション

 10月9~12日にかけて、東京・有楽町朝日ホールで朝日新聞社主催の国際シンポジウム「朝日地球会議2023」が開催された。「対話でひらく コロナ後の世界」をメインテーマとし、4日間にわたって著名人、識者によるセッションが行われるなかで、11日にスタートアップをテーマに掲げたトークセッション「スタートアップという選択肢」が行われ、筑波大学准教授/ピクシーダストテクノロジーズCEO 落合陽一氏、READYFOR 代表取締役CEO 米良はるか氏、PKSHA Technology代表取締役 上野山勝也氏という現在活躍中の起業家が登場。「何故スタートアップという選択肢を選んだか」「起業の大変さについて」「日本は起業しやすいか」という3つのテーマに沿って、それぞれの思いの丈を語った。

  1. 「新しい資本主義」の元で育成5カ年計画が開始
  2. 資本主義の市場原理では解決できない社会課題を解決する
  3. 起業の際にアイデアの有無は重要ではない
  4. 入口より出口の強化、国レベルで環境整備が必要
  5. 面白い人にどんどん会いに行き、神経を揺さぶることが大切
(左から)朝日新聞経済部記者 和気真也氏、筑波大学准教授/ピクシーダストテクノロジーズCEO 落合陽一氏、READYFOR 代表取締役CEO 米良はるか氏、PKSHA Technology代表取締役 上野山勝也氏
(左から)朝日新聞経済部記者 和気真也氏、筑波大学准教授/ピクシーダストテクノロジーズCEO 落合陽一氏、READYFOR 代表取締役CEO 米良はるか氏、PKSHA Technology代表取締役 上野山勝也氏

「新しい資本主義」の元で育成5カ年計画が開始

 日本では、長きにわたり特定の企業が市場を守り、働き方として新卒一括採用からの年功序列、終身雇用型制度が定着してきた。そのため多くの優秀な人材が大企業に吸収されて、新しい領域を切り拓くスタートアップが誕生しにくい構造が生じており、それが経済の停滞の一因ともなっている。実際に開業率やユニコーン(時価総額1000億円超の未上場企業)の数は、米国や欧州に比べ極めて低い水準にとどまっている。

 そのなかで、2010年代後半からオープンイノベーションや共創という動きが活発化し、スタートアップ、ベンチャー企業に対する見方にも変化が生じている。さらに現政権は「新しい資本主義」という旗頭のもと、2022年に「スタートアップ育成5カ年計画」を開始。政策面から新規の起業や国内のスタートアップの育成を強化しており、日本のスタートアップを取り巻く状況は少しずつ変わりつつある。

 そのような動きがあるなかで、今回のセッションに登壇した3名は、その前から起業し成功を収めている先駆者的存在といえる。ほぼ同年代だが、それぞれスタートアップを立ち上げた経緯も動機も異なっている。

 落合氏は、メディアアーティスト、筑波大学の准教授という多彩な顔を持つ。起業家としては、大学在籍時にデザイン会社を立ち上げ、2017年には大学発ベンチャーのピクシーダストテクノロジーズを起業。同社では波動制御技術や吸音防音メタマテリアル材を開発し、アンファーと共同開発の超音波スカルプケアデバイス「SonoRepro(ソノリプロ)」や、吸音材の「iwasemi」シリーズなどを製品化。2023年8月には、米国Nasdaq市場への上場を果たしている。

 落合氏は多才で活動量も多く、その延長線上にビジネスや起業があるというスタンスで、ピクシーダスト社の起業に関しては大学の研究室の成果が起点となっている。落合氏は起業の経緯について、「大学で研究をしていても、助成金を貰うための活動に終始したり、学会や業界内だけでバズって満足しているのでは意味がない。世の中にとって便利な技術を作っているのなら、実際に使いたい人に届けないといけない。机上の空論ではなく、ちゃんと実装すべき」と語る。

落合氏
落合氏

資本主義の市場原理では解決できない社会課題を解決する

 米良氏は、慶應義塾大学在学中に日本初のクラウドファンディングサービス「READYFOR」を立ち上げ、2014年に会社として事業を開始。日本人史上最年少でダボス会議に参加し、国内では内閣官房の「新しい資本主義実現会議」などの政策会議にも参加している。一般社団法人インパクトスタートアップ協会を立ち上げ、代表理事も務める。

 米良氏は大学を卒業してそのまま起業したが、きっかけとなったのは、大学3年時の東京大学松尾豊研究室との共同研究と、スタンフォード大学への留学体験であったという。「当時はタイピングすらできないレベルだったが、その時の周りの人たちやテクノロジーとの出会いがあって、自分は社会を未来に向かって動かすような仕事がしたいと思うようになった。その上で、シリコンバレーで起業家という選択肢があり、それが社会で一番尊敬されている仕事だと知り、自分も起業したいと思った」と明かす。

 また、自らガンを患った実体験から、希少性の高い疾患に製薬会社が投資できていない現状を知り、「資本主義の市場原理では解決できない新たなお金の流れを作りたいとの思いで、自分の人生をかけて社会課題を解決するための事業に取り組んでいる」という。クラウドファンディングはその一環で、現在はそこから寄付市場のマッチングや社会課題を解決するスタートアップの支援などに活動の幅を広げている。

米良氏
米良氏

 上野山氏は新卒でコンサルファームに就職し、その後東大松尾研究室で機械学習の博士号を取得し、2012年にAIサービスを提供するPKSHA Technologyを起業した。エンタープライズAIサービスの先駆けで、現在従業員数500人という大きな組織に成長。企業と組んだAIの研究開発事業と、「PKSHA AI SaaS」という企業の業務を代行するAIアシスタントサービスを提供し、「5000体くらいのAIを企業に派遣している」(上野山氏)という。

 上野山氏の場合、就職する前に訪れたシリコンバレーでの体験が、企業に繋がる働き方の原体験となっているという。「日本では働くことは辛そうなイメージだったが、現地の日本人と話したら、それぞれ働くことはこうだという持論を持っていて、楽しく働くという選択肢があると知った。そのなかで情報技術×社会実装の領域は、比較的自分が好きなことを貫きながら社会貢献ができるので、そこで生きていきたいと感じた」と語る。

上野山氏
上野山氏

起業の際にアイデアの有無は重要ではない

 次に、起業の大変さについて。モデレータを務めた朝日新聞経済部記者 和気真也氏は、日本政策金融公庫が公表している2022年度版の調査を引用し、起業をためらう理由として上位に挙げられている「お金の心配」「ビジネスのアイデアが思いつかない」「失敗したときのリスク」を提示する。

 まず落合氏は、「そもそも個人事業的な自己起業とスタートアップとでは話が違ってくる」と視点を整理。アイデアに関しては、「アイデアは重要ではない。起業には世の中で何がはやっているかが重要で、オリジナリティはいらない」と言い切る。

 米良氏は、起業における大変さに関して「起業時も今も大変であることは変わらない。その中で、自分が好きなことをしていることでプラスになっている」と表現する。ただしお金に関しては、「リスク許容量が人によって違うので、100億円借金したというような話に影響されるのは良くない」と警鐘を鳴らす。

 上野山氏は、「起業というフォーマットが特別に大変という訳ではない」と話す。またアイデアに関しては、殆どが創業者の勘違いと指摘する。「アイデアがあるから起業する訳ではない。アイデア通りにうまくいっているのは5%くらい。残りは市場と相互作用しながら紡ぎだされていく。これはおかしいという社会課題とこの領域が好きだという偏愛的なもの、この2つが必要」と説く。

入口より出口の強化、国レベルで環境整備が必要

 最後のテーマは、日本の起業のしやすさについて。現在政府の動きをはじめ国内でスタートアップ支援が強化されているが、まず落合氏は日本の現状について、「個人起業の場合は、日本は起業大国だが、資本市場でレバレッジをしてスケールしていくような起業は少ない。日本のスタートアップが少ないと言われているゆえんはそこで、国策レベルで機関投資家からマネーを呼び込む環境を整備する必要がある」と表現する。

 環境整備で重要なこととして落合氏は、IPOの資金調達市場やM&A数を増やすなど、イグジット先を強化することと説く。「日本は東証の審査基準が厳しいので、レバレッジを効かせようとしても難しく、アマゾンやテスラのような会社が生まれにくい。入り口強化よりも出口強化が必要だ。我々もディープテック企業でどんどん投資をしていきたいので米国市場で上場した」と落合氏。

 会議の民間議員を務め、会社としてソーシャルスタートアップの支援もしている米良氏は、「国の予算の配分がスタートアップに割かれていることはポジティブに捉えていい」との見解を示す。「今は、年功序列的な大企業からいかにスタートアップの市場に人材を流動化させていくかが重要な局面になっている。政権が声高にスタートアップと言っていることによって、世界的に投資市場が冷え込んでいる中で日本は比較的緩い状況で、今もスタートアップがどんどん増えていっている」(米良氏)

 上野山氏は、「日本という大きな主語で考えてしまうところに、日本での起業がうまくいかないことに関する問題点がある。まずはそこを小さくしていくこと」と語る。一方国の政策については、「日本政府という観点であれば、非常にポジティブな影響を今の起業家に与えていることは間違いない。規制によって阻まれていた部分がかなり取り払われていて、米国と比べると明らかに応援され、刺激もされていて、本当にそれをしたいと思っている人たちが本気で頑張れている」と評価する。

面白い人にどんどん会いに行き、神経を揺さぶることが大切

 最後に、これからスタートアップとしての起業を目指す人々に対して、それぞれがメッセージを送った。

 上野山氏は、リアルな体験が重要と語る。「自分はシリコンバレーに行って、リアルな場で異国に住む日本人と喧々諤々議論をした。そこで神経を揺さぶられ、心とモチベーションに火が付いた。今はネットで誰にでも会いに行ける。起業したいのにできないという人は、神経の揺さぶり方が足りない。面白い人に会いに行っていろいろ揺さぶられることによって、世界が色とりどりのものに見えてくる」(上野山氏)

 米良氏は、結局大事なのは自分の人生であると説く。「そのために会社を作っているし、関わってくれる人たちを豊かにし、使ってくれる人の人生が豊かになってくれるようなサービスを提供していきたいと思っている。何が何でも起業しないといけないとステレオタイプで見ていくよりも、自分が幸せになるためにどうすればいいか、そのなかに起業という手段があると考えるべき。『やらなきゃ』ではなく、『自分はどうしたら幸せになれるのか』という部分に解があり、スタートアップや起業という選択肢がある」(米良氏)

 落合氏は、AIやコンピューティングリソースが身近になり、誰でもスマホが使える状態にあるなかで、何もしない人は多いという現状を指摘し、その中で「何もしなくていいと思う人が、何かをしなくてはいけないと思って不安になる必要なない」とアドバイスを送る。「起業して何かをやろうと思っている人たちのおかげでこの世の中があるし、逆もまたある。どちらが偉いという話ではなく、双方が助け合うことが重要。自分がどちらかをしっかりと見極めて、好きなことをして欲しい」(落合氏)

「朝日地球会議2023」

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