教育研修としての企業ワーケーションの意味と効果--リコー、富士通などの事例も紹介

湯田健一郎 (執筆:古地優菜)2023年10月10日 08時00分

 本連載ではこれまで、企業がワーケーションに取り組む上で知っておいていただきたいさまざまな内容について取り上げてきた。最終回では、教育トレーニング研修の観点でワーケーションを紐解いていきたい。

 第1回でもお話した通り、ワーケーションは「Work&Vacation」の造語として生まれた言葉だ。しかし「Vacation」については、今では「Innovation」や「Motivation(up)」、「Education」や「Collaboration」など、目的に合わせて言葉を置き換えている地域や企業も多く見られ、言葉尻にとらわれない多様な取り組みが行われている。

 ある調査結果では、ワーケーション経験者はそうでない人と比べて活力や熱意、没頭という面で優位であるという結果も出ている。普段とは異なる場所で起こるさまざまなコラボレーションや体験が、越境学習そのものとなっているわけだ。もしくは、ワーケーションに興味のある人の傾向として活力や熱意、没頭度の高い人が多いという見方もできる。そうした従業員を見つけるためにワーケーションを上手に活用している企業も現れ始めている。

ワーケーションを用いた企業の教育研修の事例

 ここからは、教育トレーニング研修の観点で行われたワーケーションの実例を取り上げたい。観光庁の「新たな旅のスタイル促進事業」のモデル事業として採択された、リコーの事例を見ていこう。

 リコーでは、新卒入社2年目の従業員を対象にワーケーションを実施している。社歴が同じでも、部門が違えば顔を合わせることはほとんどない、という企業は多いのではないだろうか。ワーケーションを通して、普段とは異なる場所に同期が集まることで、今の自身の立ち位置やスキルに対する考えの広がりを期待した。

 また、リコーではSDGsの観点から、以前から環境問題や地域課題の理解促進についても取り組んでいる。ワーケーションを通して社会問題を考えることで、従業員同士の仲間意識も醸成されるのではという狙いもあったという。

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 リコーのワーケーション地であった北海道富良野市では、自社の取り組む環境への取り組みと地域がどのように結びついているのか、地域課題を体感できるプログラムが提供されている。

 森を歩きながら、どのように資源が巡っているのかを五感を使って考えるコンテンツや、富良野市が主な舞台となっているドラマ「北の国から」の監督・倉本聰氏が携わる公設民営劇場「ふらの演劇工房」にて、役者の方々とともに表現の仕方や伝え方などを学ぶチームワーキングなど、体系的に従業員教育を行うことが可能だ。

 富良野市だけではない。富士通Japanでは、新潟県糸魚川市でのフィールドワークで地域課題解決プログラムを実施したり、ビッグローブは大分県別府市にて新たな働き方「温泉ワーケーション」の投資対効果を、従業員自らが体験を通して検証したりと、全国各地でさまざまなワーケーションが実施されている。

実証結果と検証時の注意点

 では、実際に効果はあったのか。ワーケーションの効果検証については、従業員へのヒアリングだけでなく、さまざまなデバイスを使った取り組みが行われている。

 例えば、トライアル前後の脳波のゆらぎを検証することで、外部環境に対しての従業員の気持ちが、オープンな状態になっていることが明らかになった。また、コミュニケーション意欲の向上なども見られ、チームビルディングにポジティブな効果が現れていることも実証されている。

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 そのほか、心拍数の変動データを用いて集中度が高まっているのか、ストレスが軽減されているのかなどを見ているものもある。海外の先行研究では、副交感神経が高まることで従業員のエンゲージメント向上の可能性も示唆されている。

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 ワーケーションを従業員教育の側面で活用する際には、実践中だけでなくその前後の数値も測定し、どう変化したか、終了後も変化は維持できているかなどについても確認しておくことが重要だ。

 多くの企業では、人材育成や教育訓練プログラムは大体1人2万円程度で作られるのが相場だという。一方、ワーケーションでは宿泊が伴うことが多いため、教育研修としての費用対効果を問われることもある。福利厚生だけでなく人材育成研修という観点で見るときには、デジタルデバイスを活用した効果検証や時間軸での変化についても把握しておくと良いだろう。

激動の時代に求められる教育研修の在り方とワーケーション

 ある企業では、ワーケーションを通して休み方を考える、という取り組みを行ったところもある。変化の激しい現代において、従業員それぞれが社会とどういう接点を持ち、何を課題として捉えるかというのは、企業にとっても重要なポイントとなる。この企業では休日にライフステージに合わせたインプットができているのかを考えるために、休日の過ごし方をテーマにしているという。

 こうした流れをみていくと、従業員をオフィスに隔離し管理範囲を狭めながら、組織人の役割やスキルについて教え込む教育ではなく、従業員一人一人が外部からの刺激を受け、社会人としての成長を促すことが、企業の業績に良い影響をもたらすのではないだろうか。

 また、従業員の心身の健康増進は企業にとって必要不可欠となっており、QOL(生活の質)をどう高めるかについて考えることは命題となっている。今までのように座学でスキルを高めるものではなく、良質なインプットを感じ取れるようになること、またそれを他のメンバーに共有するためのコミュニケーション基盤を作るためのものという観点で教育研修を捉えると、研修プログラムとしてのワーケーションの活用法が見えてくるのではないだろうか。

 近年は副業解禁の広がりもあり、従業員と企業との関わりをこれまで以上にタイムラインを伸ばしてみていくことが、中長期的な人材育成では必要となっている。仕事とプライベートの境界が曖昧になるからこそ、ベーシックなルールを定めて従業員に認知させることが重要だ。従業員の意識や行動の変容を求めるために、第2回からお伝えしてきたような制度のあり方やヒント、セキュリティなどワーケーションする上で注意すべき点などを捉えながら、企業の活力となるようにワーケーションを導入いただきたいと思う。

 

湯田健一郎

株式会社パソナ 営業統括本部 リンクワークスタイル推進統括 など

組織戦略・BPO・CRMのコンサルティングに携わり、特にICTを活用した事業プロセス最適化の視点から、幅広い業界・企業を担当。株式会社パソナにて営業企画、事業開発、システム推進、Webブランディングの責任者を経て、現在は、ICTを活用し、場所を問わず多様な人材の能力を活かす、「LINK WORK(リンクワーク)」の推進を統括。2014年5月に設立したクラウドソーシング事業者の業界団体である一般社団法人クラウドソーシング協会の事務局長も務め、テレワーク、パラレルワーク、クラウドソーシング、シェアリングエコノミー、フリーランス活用分野の専門家として、政府の働き方改革推進施策にも多数関わりつつ、自身もハイブリッドワークを実践している。
また、国家戦略特区として、テレワーク推進を展開している東京テレワーク推進センターの統括の他、多数のテレワーク推進事業のアドバイザーも兼務。政府の働き方改革推進に関連する経済産業省の「雇用関係によらない働き方に関する研究会」や厚生労働省の「柔軟な働き方に関する検討会」「雇用類似の働き方に関する検討会」「仲介事業に関するルール検討委員会」委員等も務める。

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