デジタル遺産とは亡くなった人がデジタル形式で保管していた財産のことで、典型例として暗号資産(仮想通貨)や電子マネー、クレジットカードのポイントなどが挙げられる。デジタル遺産には相続に関して一般的な遺産とは異なる注意点があるため、必要に応じて弁護士のアドバイスを受けながら、デジタル遺産の相続手続きや生前整理を適切に行う必要がある。ゆら総合法律事務所代表弁護士の阿部由羅氏が、デジタル遺産の相続や生前整理に関する注意点を解説する。
「デジタル遺産」について法律上の定義はないが、亡くなった人がデジタル形式で保管していた財産(遺産)を意味するのが一般的だ。相続の金銭的な側面に着目して、財産的な価値のあるものだけを指して言う場合もある。
亡くなった人が死亡時に有した財産は、原則として相続の対象となる(民法896条)。現金や不動産など形のある財産だけでなく、デジタル遺産も相続の対象だ。
特に近年では、暗号資産(仮想通貨)や電子マネーなどをはじめとして、デジタル形式の財産が多様化および一般化していることから、デジタル遺産の相続が問題となるケースが増えている。
デジタル遺産には、以下の種類がある。
「暗号資産(仮想通貨)」とは、情報通信ネットワーク上にある端末同士を直接接続するブロックチェーン技術を用いて保管および取引されるデジタル遺産だ。ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)などが有名であり、2017年以降幅広く普及した。
暗号資産(仮想通貨)は、主に暗号資産交換業者(bitFlyer:ビットフライヤー、Coincheck:コインチェックなど)を通じて取引される。相場の乱高下が起きやすいのが大きな特徴で、銘柄や時期によっては高値で取引される場合もある。
近年において顕著となったキャッシュレス化の進展に伴い、幅広く普及した「電子マネー」も、デジタル遺産の典型例だ。
クレジットカードを利用すると、利用額に応じて加算されるポイントも、財産的価値のあるデジタル遺産にあたる。
また、航空券を購入した際に付与される航空会社のマイレージも、デジタル遺産の一種である。
近年では、パソコンやスマートフォンなどのデジタル端末を用いて、音楽や画像、動画などの著作物を制作する人が増えている。
著作物には著作権が認められ、その訴求力などに応じて財産的価値が生じる。たとえば未公表の音楽データは、それを公に配信した際に得られる収益などを基準に財産的価値が認められる。
このようなデジタルの著作物(著作権)は、財産的価値のあるデジタル遺産にあたる。
デジタル形式で制作されたアート作品には、「NFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)」を用いた鑑定書や所有証明書が付されることがある。
NFTとは、ブロックチェーン技術を活用して作成された、代替不可能なデジタルデータである。一般的には複製可能なデジタルアートについて、オリジナルの制作者を証明することなどを目的としてNFTが用いられている。
制作者の知名度や訴求力などに応じて、NFTアートには非常に高い価値が認められることがあるため、デジタル遺産として相続争いが生じるケースも想定される。
ネット銀行やネット証券の口座残高も、デジタル遺産に含めて論じられることがある。オンライン上で残高を管理したり把握したりする点では、確かにデジタル遺産としての側面を持っていると言えるだろう。
ただし現在では、インターネットバンキングなどオンライン上での取引が主流化したため、店舗を有する金融機関と、ネット銀行やネット証券の違いは相対的なものだ。
そのため、ネット銀行の口座残高は「預金」、ネット証券の口座残高は「有価証券」などと捉えればよく、あえて「デジタル遺産」として区別する必然性は乏しいように思われる。
デジタル遺産の相続手続きの流れは、一般的な遺産と基本的に同じだ。ただし、名義変更の方法と手続きについては、デジタル遺産の種類や保管サービスの利用規約などに応じて異なる点に注意が必要だ。
デジタル遺産の相続手続きは、大まかに以下の流れで進行する。
亡くなった人の遺言書があれば、原則としてその内容に従い遺産分割を行う。まずは遺品や公証役場、法務局をあたり、遺言書の有無を確認しよう。
遺産分割を行う前提として、相続財産と相続人を確定する必要がある。
相続財産については、本人から伝え聞いた情報や遺品に含まれる資料を手掛かりとして、できる限り網羅的に把握しよう。
相続人については、戸籍資料を取り寄せれば把握できる。読み方がわからない場合や、家族構成が複雑で戸籍資料の取得が大変な場合は、弁護士に相談するとよいだろう。
遺言書がない場合は、相続人全員で、デジタル遺産を含めた遺産分割の方法を話し合うことになる。合意に至ったら、その内容をまとめた遺産分割協議書を作成し、相続人全員が調印する。
遺産分割協議がまとまらない場合は、家庭裁判所の調停や審判を通じて遺産分割の方法を決定することになる。
遺言、協議、調停、審判で決まった遺産分割の内容に応じて、遺産の名義変更を行う必要がある。
たとえば、不動産については法務局での相続登記、預金については金融機関の相続手続きが必要だ。デジタル遺産の名義変更については、種類や保管サービスの利用規約などに照らした検討を要するため、弁護士に相談しよう。
相続税の申告を要する場合は、相続の開始を知った日の翌日から10カ月以内に、税務署に対して申告書などを提出しなければならない。相続税の納付期限も、申告期限と同様だ。
特に遺産が多額に及ぶ場合は、相続税の申告や納付を要する可能性があるので、早めに税理士などへ相談しよう。弁護士を経由して税理士の紹介を受けることも可能だ。
デジタル遺産の相続については、ほかの遺産と比較すると、特に以下のポイントに注意が必要となる。
デジタル遺産は目に見えないため、遺品整理などの際に発見することは、決して容易ではない。その存在について通知が来るケースは稀であるため、デジタル遺産の所有者が亡くなると、相続人には探す方法がなくなってしまうこともよくある。
デジタル遺産の把握漏れが生じると、税務調査の際に追徴課税を受ける可能性がある。その場合、本税に加えて過少申告加算税などが課されてしまう。
デジタル遺産を所有している場合は、相続人がその存在を把握できるように、生前の段階でリストを作成しておくことが望ましいだろう。
デジタル遺産を相続する際には、その種類や性質に応じた手続きをとる必要がある。しかし、相続手続きが確立されていないデジタル遺産も少なくない。
たとえば暗号資産(仮想通貨)の場合、日本の暗号資産交換業者の口座で保管されているものについては、相続手続きが確立されている。
これに対して、海外事業者が運営するウォレットサービスで保管されている暗号資産(仮想通貨)については、多くの場合、相続手続きが確立されていない。
また、買い物に利用できるポイントなどについては、利用規約によって相続が不可とされているケースもある。
デジタル遺産の保管場所がわかっても、相続手続きが確立されていなければ、相続人がデジタル遺産をスムーズに取得できない可能性があるので注意が必要だ。
デジタル遺産にアクセスするためのログイン情報をパソコンやスマートフォンなどに記録している場合、その端末が故障するとアクセスできなくなる可能性がある。また、パソコンやスマートフォンの端末上にのみ保存されているデジタル遺産(著作物など)については、端末の故障によって永久に失われてしまうリスクがある。
デジタル遺産そのものや、関連する情報が記録してある端末のデータについては、SSD、HDD、USBメモリなどの記録媒体やクラウドサービスを用いて、定期的にバックアップをとっておこう。
デジタル遺産の相続については、一般的な遺産とは異なるポイントにも気をつけなければならない。特に名義変更の手続きは、デジタル遺産の種類や保管サービスの利用規約によって異なる点に注意が必要となる。
スムーズにデジタル遺産を相続するためには、専門家に相談するのがよいだろう。弁護士は、デジタル遺産を含めた遺産相続を総合的にサポートできるので、困ったら早めに相談してみよう。
(この記事は朝日新聞社が運営するポータルサイト「相続会議」からの転載となります。2023年8月1日時点の情報に基づいています)
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