リモートワークの定着で誰もがどこでも働けるようになりつつあるなか、遠隔操作できるコミュニケーション・ロボットやサイネージに投影されたCGキャラクターを通じて、バーチャルとフィジカルを融合させた新しい働き方を模索する動きが始まっている。
国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、大阪大学教授の石黒浩氏がプロジェクトマネージャーを担当する、ムーンショット型研究開発事業「アバター共生社会プロジェクト」の一環として、サイバネテイック・アバター(CA)と呼ぶアバターを1つの施設内で同時に100体以上運用する実証実験「アバター100」(通称:アバターまつり)を7月11〜20日かけて、大阪の咲洲(さきしま)にある複合商業施設、アジア太平洋トレードセンターATCのITM棟ならびにO's(オーズ)棟で10〜17時まで開催される。参加は無料。
CAは、サイバースペースやメタバースで自分の分身となるアバターとは異なり、サイバー空間を経由して遠隔操作でフィジカル空間にいる人たちとつながることができるアバターのことを指す。身体、認知、知覚能力を拡張し、生身の人間が行けないような宇宙や体内を動き回ることもできる。開催前日の発表会でATRの宮下敬宏氏は「CAの特徴はその後ろに必ず人がいること。AIの助けを借りながらアバターを複数同時に動かすこともでき、働き方や日常生活を変えることで社会参加の選択肢を増やせる」と説明する。
実証実験では7種類のロボットとアンドロイド、3タイプのCG-CA、計104体をさまざまな場所に配置し、施設や店舗、イベントを案内する。運用は3階にある遠隔操作室などにいるスタッフが行うが、新開発のシステムで1人に付き3台を同時に運用できる。ロボットは設置型と移動型があり、後者は目的地まで利用者を案内できるガイド機能も搭載されている。
アバターは基本的に自律で動き、トイレの場所など定型の回答が用意され、ボタン一つで回答できる。遠隔操作者はPC上でアバターからの視界を確認し、状況にあわせて生の声で対応するモードに切り替えられる。認識された音声に対して表示し、それにあわせて操作はすぐに覚えるようにしているが、会場では一般参加者がアバターの運用を体験できるコーナーを設け、実際にすぐ操作が可能かも検証する。
今回の最大の目的は、一般の人たちにアバター共生社会を疑似体験してもらうことで、社会受容性を調査し、研究開発へフィードバックするのが狙いだ。そのため会場ではほかにもプロジェクトに参加する大学や企業らにより、複数のロボットが連携して案内したり、CAをどのように動かせば人のより良い行動を引き出せるのかを調べたり、技術だけでなく生体行動学の観点などからさまざまな実験が行われる。
中でもユニークなのは、コミュニケーションロボットの「Sota」を11体同時に動かす遠隔接客実験で、操作者の声にあわせて複数が同時に動くのが圧巻だ。実験を担当するサイバーエージェントの馬場惇氏は、「スーパーや販売店で同じタイプのロボットを使った接客実験の経験はあるが「これだけたくさんのアバターが同時に動かすのは初めての経験。上手く操作できるのか、集客や接客の質にどう影響するのかいろいろ見ていきたい」と話す。
2020年12月にスタートした本プロジェクトは、これまで40以上の実証実験が行われてきたが、商用施設で100体以上のアバターを動かすのは、かなり大きなチャレンジだという。例えばアバターとのやりとりは音声で行うが、ネットワーク状況やノイズの問題は大きい。会場見学に訪れていた石黒氏は「実社会でのCA運用を考えれば、これだけの規模で一般の人たちに利用してもらうのは技術検証として重要。もちろんこうした環境に対応するため、周囲のノイズを軽減するなどいろんな技術が取り入れられている」と話す。
プロジェクトのゴールは2050年にアバター共生社会を実現することで、石黒氏はその前に2025年の大阪・関西万博でも同様に、国内外からリモートでアバター共生社会を体験する実証実験を予定しており、今回はそのプレ実証実験ともいえる。生成系AIの登場で人の仕事が奪われるのではないかという声が大きくなるなかで、サイバーとフィジカルを自在に行き来するCAがどのような位置づけになっていくのかは気になるところだ。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス