公募プログラムと新会社を立ち上げ、社内に事業創出の仕組みを構築--パッチワークキルト藤井弾氏【前編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は、森ビルが東京・虎ノ門で展開する大企業向けインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる注目の方々を中心にご紹介しています。

 今回は、ハウス食品グループ本社(ハウス食品グループ) 新規事業開発部部長 兼パッチワークキルト(パッチワークキルト)代表取締役社長の藤井弾さんにご登場いただきました。パッチワークキルトは、ハウス食品グループ内での新規事業開発を推進するために設立した事業実証会社で、藤井さんは本社内で新規事業創出プログラムを回しつつ、新会社の社長として冷凍幼児食のEC販売「Kidslation」(キッズレーション)」、保育園設置自動販売機での惣菜販売「タスミィ」などの社内プログラムから生まれた新規ビジネスの立ち上げを支えています。前編では、藤井さんが新規事業畑に辿り着くまでのキャリアと、パッチワークキルトという独自の仕掛けの中身について伺います。

ハウス食品グループ本社 新規事業開発部部長兼パッチワークキルト 代表取締役社長の藤井弾氏(左)、フィラメントCEOの角勝氏(右)
ハウス食品グループ本社 新規事業開発部部長兼パッチワークキルト 代表取締役社長の藤井弾氏(左)、フィラメントCEOの角勝氏(右)

最初はしっくりこなかった新規事業開発という仕事

角氏:まずは藤井さんの経歴、ここに至るまでどのようなことをされていたか伺えますか。

藤井氏:私は1972年生まれで、角さんとは同い年で学年も一緒なんですよね。

角氏:おお!それは親近感がわきます(笑)

藤井氏:私もです(笑)。それで経歴ですが、大学院卒業後ハウス食品に入社して、まずR&D部門で6年ほど研究開発をしていました。その後東京本社の商品企画部門に移動になり、そこで5年くらいスパイス製品を作る企画開発を担当していたのですが、「GABAN」という香辛料製品の家庭用製品発売の担当をしました。その時に一気に300近い製品を出すということで忙殺されて、「企画の仕事とはこういうものか?」と少し悩んだりもしました。それで、社内に自分の活躍の場を模索するような形でほかの部署を色々とヒアリングしていたら、たまたま海外事業を強化する流れで、海外事業部へ異動することになったんです。当時ハウス食品にはアメリカと中国に現地法人があったのですが、第3のエリアとして東南アジアのタイに現地法人を設立することになり、その立ち上げメンバーとして参加しました。

角氏:ちょうどいいタイミングだったんですね。

藤井氏:自分の気持ち的には10年くらいタイにいるつもりだったのですが、4年駐在して軌道に乗ってきたところで帰国の辞令が。それで帰ってきたところが、今の新規事業開発部署です。当初は新規事業開発と言われてもピンとこなかったのですが、後々考えたら、タイでやっていたのも事業開発だったなと。帰国した当初はタイの仕事をやり残した思いを抱えていたのですが、しばらくしたら新規事業の仕事も面白いと思うようになってきました。

角氏:なるほどなるほど。

藤井氏:新規事業開発部署ができたのが2015年で、私がジョインしたのがその翌年でした。当時はひとまず、与えられたプロジェクトテーマに取り組むという形でやっていたんですが……。

 結果的にそれらのテーマは、「事業として形にはならずに」クローズすることになりました。では「新しいテーマをどうしていこうか」となり、何とかせねばと部下と3〜4人でアイデア出しやブレストを続けたのですが、ちょっと我々だけでは埒が明かないなと。それであるベンチャーキャピタル(VC)のセミナーに参加したところ、大手企業の伴走もしているという話だったので、ご一緒してもらうことにしたのです。そこで手始めに、社内の若手や研究所のメンバーを集めて新規事業創出のワークショップを開いたら、それがすごく面白かったんですね。それで担当役員からも社内から新しい事業を募った方がいいのではとの話も出て、「これだ」と。そのような経緯で、「GRIT」という社内の公募プログラムを新規事業開発部と人材戦略部で2020年に立ち上げることになったのです。

“やり抜く力”に軸足を置いた新規事業創出プログラムを開始

角氏:GRITについてもう少し。そもそも何でGRITというネーミングなんですか?

藤井氏:本のタイトルから頂戴しました。

角氏:「GRIT やり抜く力」(ダイヤモンド社/アンジェラ・ダックワース著)ですね。

藤井氏:それまで商品開発や事業開発に取り組んできて、結局事業が成功するとか商品が売れるというのは、アイデアの良し悪しもあるけど、結局その人がどこまでやり切るかだとの思いがあったので、この名前になりました。事業計画の立案段階でまわりの人に色々言われてやめてしまえば、そこですべて終わってしまいますが、それを世の中に出してみたらお客様が違う反応をするかもしれない。だからやり抜こうと。

 よくこういう取り組みをすると、社内では研修のように捉えられて、「勉強になりました!」で終わってしまうことが多いですよね。でも私たちは事業部なので、それがゴールではない。そのため、「うまくいかなくてももう一度リエントリーしよう」とか、「とにかくやり始めたら最後までやろう」という部分を伝えて、プログラム自体も座学っぽいインプット系ではなく、自身でフィールドワークをしてアウトプットをしていってくださいという形で進めています。

 スケジュールは、5月くらいに募集し書類審査をして、それからプログラムがスタートして、フィールドワーク等にも行ってもらいながら事業計画を作成していき、12月に最終審査を行います。そこまでは、現部署の仕事と兼業という形で参加してもらいますが、最終選考で選ばれれば、翌年度の4月に新規事業開発部に異動で来てもらうという流れになっています。

角氏:異動まで織り込まれているんですね。それは腹が座った会社じゃないとできないと思います。でも人を異動させるとなると、そっちの部署からは……。

藤井氏:そこに関しては人事部門が協力をしてくれているので、少しずつですが部署から理解もしてもらえてきています。

グループ内から事業の実証を受託するという画期的な建付け

角氏:そこからパッチワークキルトにはどうつながっていくのですか?

藤井氏:GRITを通過したテーマと人を新規事業開発部が預かり、PoCを行って、その後はお客様に実際に販売をしてみるという流れで新規事業開発を進めていきます。そのフェーズでパッチワークキルトを活用していきます。パッチワークキルトは単にGRITの取り組みを円滑に事業化させていくことだけを目的として設立したわけではなく、それ以外にも動機はあるんです。

 ハウス食品グループでは、新規事業以外にも各事業会社や各部門での新しい取り組みを推奨しているのですが、アイデアは結構出てくるものの、なかなか事業化には至りません。我々は事業会社なので、アイデアが出てくるだけで終わらせては意味がなく、事業として実装させ、ビジネスとしてもマネタイズもさせないといけないのに、そこに行く前のフェーズで終わってしまうことが多いです。特に我々は食品会社なので、安心・安全に対する高いハードルがあり、その上でのチャレンジは二律背反っぽくなってしまい、なかなかコトが進まないんですね。そのようなことも踏まえて、これは会社を分けるしかないと思い、パッチワークキルトを設立することにしたのです。

角氏:そういうことだったんですね。でも何故パッチワークキルトという社名にしたのですか?

藤井氏:うちの社員は、ハウスという会社が大好きなんです。それで自分のアイデアで失敗して、看板を傷つけてはいけないという思いを持つ人が多い。それで、ハウスという名前がついていない社名にしようと思った訳です。

角氏:動機の部分までは理解できましたが、そもそもパッチワークキルトはどんな業務をする会社なのですか?

藤井氏:パッチワークキルト自体は事業会社ではなく、グループ内にある新価値や新規事業のテーマの事業実証(実証実験)をする会社です。その事業の実証をするためには世の中に商品やサービスを出して、販売もしなければならないため、販売をはじめとするさまざまな機能も持つ必要がありますが、説明する上では実証実験をする会社ということになります。

角氏:実証実験をする会社なんだ。それはなかなか聞かないパターンです。いや、すごい切り口で会社を作りましたね!

藤井氏:新規事業を始める際には、経営層にも伝わるように話をしなければならないという課題があります。その際にも事業アイデアや計画の段階だと、なかなか話が噛み合わないこともあります。経営層も個々の新規事業を完璧に把握できいるわけではありませんから。

角氏:リアリティがない状態ですからね。どうしても「それは売れるのか?」という話になりがちです。

藤井氏:そのため、「実際に販売してみたら売れました」「こうやったら採算性が取れます」「お客様の需要もあります」と、リアルにデータを取って説明しないと噛み合わないと思ったんです。それでパッチワークキルトの事業を経営層に説明する際には、「経営判断の素材を集める実証実験なんです。それを通して、事業の蓋然性を示すためにやっています」という表現をしました。

アイデアとその人と“お金”を持ってきてもらう

角氏:すごいですね。大規模な実験施設のような会社というわけだ。でも会社自体に利益を生む構造はあるのですか?

藤井氏:そこは肝のところで、我々はホールディングカンパニーの中にいろいろある会社の中で生まれたテーマの実証事業を受託する訳ですが、事業としては調査会社のような形になります。例えば「こんな商品を考えました」といったときに、発案した本人が所属する組織から、その商品と委託費用をもらって実証実験をする訳です。

角氏:おおなるほど、それなら成立しますね。するとGRITで優勝するなり、好成績を収めて実際にやってみようとなった段階で、パッチワークキルトに任せようという流れになるんですか?

藤井氏:基本的にはそうですが、1つだけ違うことがあります。それは、この会社は場だけということです。パッチワークキルト自体には私を含めて2人しか所属しておらず、新規事業を考えた人がビジネスアイデアとその人自身と、所属している会社からの資金と、全部セットで来てもらいます。そのテーマを事業化するために、お金とアイデアと人を持ってきてもらうのです。

角氏:実証実験の場であり、調査会社であり、コンサル的な雰囲気もあると。

藤井氏:それを販売するための場所もあります。

角氏:そこで成果も出てきているんですか?

藤井氏:現在はGRITの第一期を通過したキッズレーションとタスミィという2つのサービスを、ベータ版のような形でリリースしています。

 後編では、キッズレーションとタスミィという2つの新規事業と、藤井氏が可視化したハウス食品グループが目指す新規事業づくりの方向性について伺います。

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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