ドローンをはじめとする無人機を制御する、オープンソースソフトウェア「ArduPilot(アルデュパイロット)」。このプログラミングをイチから学べる、世界的にも珍しいスクール「ドローンエンジニア養成塾」第15期が、5月27日にスタートした。
ArduPilotとは、ドローンのなかでもマルチコプターと呼ばれる回転翼機、VTOLとも呼ばれる固定翼機、陸上を走行する無人ロボットであるローバーや、水上で自律移動もできるボート、遠隔操作型の水中ドローンなど、陸海空の無人機の制御に幅広く対応したオープンソースで、世界的に活用が進んでいる。
その背景には、グローバルに広がるArduPilot開発者コミュニティがある。ArduPilotは、無料で利用できる上に、「GitHub」を通じてArduPilot自体の開発に誰でも参加できるのだ。週2回の開発者会議にも(もちろん英語だが)参加可能で、日々のチャットで開発中の悩みを投げると、世界各国のエンジニアからアドバイスを得られるため、開発スピードが上がる。
また、毎年開催の「ArduPilot Developer Conference(アルデュパイロット開発者会議)」では、リード開発者らが重点プロジェクトのテーマや開発状況を発表する。世界中の開発者らが時差を無視してオンラインで無料視聴し、常に熱気が溢れている。今年の同日は、日本でも銚子市の古民家 「farm&stay YAOYA」を貸し切って、ArduPilotエンジニアらが集結するイベントが開かれた。泊まり込みで会議を視聴し、次の企画を話し合っていたようだ。
そんなArduPilotの世界屈指のリード開発者、ランディ・マッケィ氏が塾長をつとめるのが「ドローンエンジニア養成塾」だ。2016年に東京で開塾以来、7年間の春秋開講で、515人のArduPilotエンジニアを輩出した。コロナ渦中、オンラインに切り替えたところ、むしろ受講生は沖縄から北海道まで、日本全国に広がったという。
5月27日、ドローンエンジニア養成塾 第15期が開講した。初日は、卒業生による製品の飛行デモを含む「成果発表会」が行われたためリアル開催だったが、このあとの講義は隔週のオンライン開催。ただし、受講生が自ら無人機を組み立てて制御する、という希望者向けの実技も用意されており、その日は再びリアル開催となる。
初日、取材に訪れてまず驚いたのは、受講生の多さだ。聞けば、過去最高の55人を記録。もともとは、個人でラジコンを飛ばしている、ドローンを自作したい、といったアーリーアダプター層に人気だったが、ここ数年は従業員のリスキリングや、新規事業開発を目的とした法人の社外研修が一気に増えたという。
例えば、ドローンの社会実装が進みつつあるなかで、自社のアセットとArduPilotを組み合わせて新たな製品やサービスを開発したい、あるいはArduPilotを活用して自社独自の機体やシステムをスピーディに仕上げ、社会の豊さに役立つ事業をスケールさせたい、といったものだ。“空もの”以外でも、各産業領域で省人化の必要性が叫ばれるなか、さまざまな視点で無人機開発のニーズが高まっている。
エンジニア個人のキャリア構築としても、ドローンエンジニア養成塾は大きく分けて2つ、非常に興味深い点がある。1つはリスキリングによって活動の幅を自律的に広げることができる点だ。
講師陣は全員、ドローンエンジニア養成塾の卒業生で、現在は無人機開発や運用に携わるエキスパートとして活躍しているが、例えばもともと測量分野に精通していた、アプリ開発に強みを持つなど、もともと培ってきたスキルとArduPilotを融合することで、新たなキャリアを自律的に切り拓くことを体現している。そもそもランディ塾長も、ArduPilotと出会う以前は、金融系システム開発だった経歴を持つ。
今回の成果発表会で、ドローンのLTE通信が途絶した際の予備回線を用意しておく通信の多重化や、飛行中でも別ルートに変更できる機能を装備した「Droncoシステム」をお披露目した2期卒業生の松本氏は、大手通信事業企業に勤務する傍ら、個人でArduPilotの技術開発を続けている。同システムは、有志集団Team ArduPilot Japanが、LTE通信が不安定になる山間での山岳救助コンテストJapan Innovation Challengeで活用しており、“複業”の好事例といえよう。
もう1つは、ArduPilot開発者集団として、養成塾がコミュニティ化しているという点だ。受講中の自作機開発トライアルで、受講生がトラブルに直面したときには、養成塾のクローズドなFacebookグループ内で、いつでも相談してトラブル解消できる。講師陣のみならず、卒業生からアドバイスを得られることも少なくないという。
また、養成塾を修了後も、ArduPilot開発者としてお互いに切磋琢磨し合いながら、異業種交流が続いていくことは、長期的にキャリアを捉えるにあたって非常に有益だろう。
実際、成果発表会で物流用の国産VTOLを披露した空解のCTO小宮氏は養成塾第1期生だが、第2期生で養成塾リード講師の川村氏とも協業しながら、ソフトウェア開発を進めているという。このほかにも開発内容によっては、ランディ塾長がグローバルから知見を集めて紹介することもあるという。
成果発表会では、こうした「修了後の活動」が結実して製品化やサービス化が進んだ事例が、いくつも紹介され実演も行われた。
第1期生の小宮氏(空解)は、2022年に製品化した国産VTOL「QUKAI FUSION」の飛行を披露した。LTE遠隔制御、ネットワークRTKにも対応済みで、飛行は非常に安定していた。また、機体に搭載したスマホアプリのボタンを1プッシュするだけで離陸オペレーションが起動する、というユーザビリティには歓声が上がっていた。「QUKAI FUSION」は、2021年に利根川上空で、62kmという長距離自動飛行の公開実証を実施してから、国内でも非常に注目度の高い機体だが、2023年にはさらに大型の新型機を「Japan Drone展」でお披露目する予定で、製品化の目処も立っているという。
「QUKAI FUSION」離陸から飛行
第14期生の中山氏(ドローンショー・ジャパン)は、インドアドローンショーを披露した。同社は、2020年設立の石川県金沢に本拠地を置くスタートアップ。2023年5月に国立競技場で開催されたJリーグ30周年イベントで、自社開発のドローンショー専用機体200機を使ってパフォーマンスを行うなど、目覚ましい躍進を遂げている企業だが、実は屋内のドローンショーも2022年から提供を開始しており、現在は安価に提供できるシステムの開発や全国産化にも力を入れているという。UWB(超広域帯無線)通信を活用した群制御技術を紹介した。大掛かりなセットはなく、中山氏はワンオペでショーを披露していた。
インドアドローンショー。通常は数百万円で提供しているサービスのため、離陸から40秒でカット
13期生の五百部氏(五百部商事)は、LTE通信対応で重量約4kgの荷物を約30分飛行して運べ、機体価格約50万円という脅威的な低コストを実現した、自動飛行物流システムを発表した。
11期生で総合MVPを受賞した山崎氏(TKKワークス)は、1Wという高出力の電波により5〜10km以上のテレメトリや映像の長距離伝送を実現した、長距離対応無線システムを発表した。いずれも、養成塾での学び以降、製品化を果たした事例だ。
講師陣も、ランディ塾長がジンバル付きカメラが撮影した被写体の緯度経度高度を自動算出する技術などを発表したほか、自動草刈ロボットサービスや、ArduPilot開発におけるChatGPT活用、電圧が異なる製品を組み合わせて使用する際の留意点を解消する技術、MAVLink Common Messageを使ったドローン飛行中のオンラインでの異常監視システムなど、ドローンの社会実装をより促進する、あるいは障壁を取り除くことを念頭に置いた、さまざまなArduPilot活用事例を発表した。
約10年前、ランディ塾長を口説いて、日本にArduPilotのプログラミングを学べるスクールをともに開いたドローン・ジャパンの勝俣氏は、本成果発表会についてこのようにコメントした。
「ドローンの社会実装を進める上で、ドローンエンジニア養成塾の卒業生たちが、どんな役に立つものを開発しているのか、それによって社会をどうやって豊かにしていくのか、またArduPilotがどのように役立つものなのか、お伝えできたと思う。また、日本でのArduPilotエンジニア集団が、ドローン業界の革新に貢献している片鱗をお見せできたのではないだろうか」(勝俣氏)
成果発表会は、3年に1度開催されており、前回の2020年は「無人機の多様性」が印象的だったが、今回は製品化や社会実装が進んだことにとても感銘を受けた。今後もArduPilotエンジニアの企みや挑戦を楽しみにしたい。
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