最近は、人工知能(AI)が人間の生活を支配しようとしているように見えるが、科学者によれば、いずれは生きた人間の脳細胞から作られる「オルガノイドインテリジェンス」(OI)が、どのような人工システムも太刀打ちできない性能と効率性を発揮するようになるという。
オルガノイドとは、研究者たちが何年にもわたって培養と実験を重ねてきた、生体組織からなる三次元の構造体だ。ジョンズ・ホプキンス大学環境衛生学部のThomas Hartung教授が率いる研究チームは、脳オルガノイドの研究に取り組んでおり、いずれ人間の脳細胞を使った「バイオコンピューター」が登場する可能性がある。
「バイオコンピューティングを実現する技術は成熟しつつある」と、Hartung氏はメールで述べた。「人間の脳が持つ驚くべき機能の一部を、OIという形で実現できる可能性がある。例えば、不完全で矛盾した情報をもとに素早く決断する能力(直観的思考)などだ」
Hartung氏らは米国時間2月28日に「Frontiers in Science」誌に掲載された論文の中で、OIの未来について壮大なビジョンを描いている。
同氏の研究チームには、Cortical Labsの科学者も参加している。Cortical Labsは2022年、シャーレで培養したヒトの脳細胞に、世界で初めてヒットしたビデオゲーム「ポン」の遊び方を教えたところ、すぐに学習したという研究結果を発表し、話題になった。
細胞から培養されるオルガノイドは、人体実験や動物実験を必要としないため、科学者にとっては好都合だ。Hartung氏は2012年から、ヒトの皮膚細胞を胚性幹細胞に近い状態に再プログラム化し、これをもとに脳オルガノイドを作ってきた。こうした細胞をもとに擬似的な脳細胞を作り、記憶や継続学習といった基本的な機能を備えた機能性ニューロンとオルガノイドを作ることは不可能ではない。
「これは人間の脳の働きに関する研究を新たな段階に導くものだ」とHartung氏は声明の中で述べた。「倫理的な理由から人間の脳を使うことができない実験を、人為的に作ったシステムを使って行えるようになるからだ」
同氏のチームは、脳オルガノイドから、既存のスーパーコンピューターよりもはるかにエネルギー効率の高い、新しい形のバイオコンピューターを生み出そうとしている。
「現代のコンピューターは、まだヒトの脳にはかなわない」とHartung氏は言う。「ケンタッキー州にある最新のスパコン『Frontier』は6億ドル(約820億円)をかけて設置された。専有面積は6800平方フィート(約632平方m)にも及ぶ。Frontierは2022年6月にようやく人間の脳1個分の計算能力を超えたが、使用したエネルギーは人間の100万倍だ」
同氏によれば、数字やデータの処理はコンピューターの方が速いが、複雑な論理的問題への対応は人間の脳の方が優れているという。
「コンピューターの時代が始まって以来、科学者はコンピューターを人間の脳に近づけようと努力してきた。それでもコンピューターと脳は同じではない。OIの登場は、この構図に新たな側面をもたらすだろう」
バイオコンピューターやOIといった概念は、新たな倫理的議論を大量に生み出す可能性がある。この技術は、現時点ではまだ成熟していないと考えられているが、オルガノイドが感覚や意識、自我を持つ可能性や、それがもたらす意味は何年も前から議論されてきた。
「どんな技術も予想外の影響をもたらす」とHartung氏は語る。「こうしたリスクを排除することは難しいが、人間がインプットとアウトプット、そしてアウトプットがもたらす結果についての脳へのフィードバックをコントロールしている限り、制御権は人間にある。しかしAIと同様に、AIやOIに自律性を持たせれば、途端に問題が発生するだろう。従来型のコンピューターであれバイオコンピューターであれ、人間の生命に関わる決定を機械に委ねてはならない」
研究チームのメンバーのうち、生命倫理学の専門家たちは、OIの活用がもたらす倫理的な影響を見定めようとしている。
OIやバイオコンピューターが、近い将来に従来型のAIや人間の脳を脅かすことはないだろう。しかしHartung氏は、既存のコンピューターシステムの欠点を解消するための飛躍的な進歩を遂げるには、さらに多くの脳オルガノイドを作り、AIによるトレーニングを開始する必要があると考えている。
「何であれ、既存のコンピューターに匹敵するものを実現するには何十年もかかるだろう」とHartung氏は言う。「今、資金調達を始めなければ、その道のりははるかに厳しくなるはずだ」
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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