田舎の地方自治体が取り組むDX推進の課題と展望--静岡県で人口が最も少ない松崎町に聞く

 伊豆半島に位置する静岡県松崎町は、ニューホライズンコレクティブ(NH)と電通国際情報サービス(ISID)は、2022年9月に包括連携を締結。DX化推進に向けた取り組みを開始した。

 松崎町は伊豆半島に位置し、町民人口約6000人で静岡県で最も人口が少ないとされている。NHは、個人事業主や法人代表として活躍するミドルシニアのプロフェッショナル人材が集い、ミドルシニア世代の学びなおしの機会と自由に挑戦する環境を提供できる新しい価値の提供を目指して活動。ISIDは、社会や企業のデジタルトランスフォーメーションを、ITソリューションで支援する専門家集団で、地方自治体における行政サービスのデジタル化をはじめとするDX推進支援に多数取り組んでいる。

 この提携では人口減少や人材不足、急速なデジタル化といった社会課題に対して、町のデジタル化推進、役場内業務の効率化、住民サービスの向上などを通じて地域の活性化を目指すものという。

 今回、松崎町の町長である深澤準弥氏、副町長の木村仁氏、そしてNHのメンバーで松崎町に移住して活動している神健一氏に、地方自治体として抱える社会課題なども含めて、提携にまつわる経緯や今後の展望などを聞いた。

松崎町町長の深澤準弥氏(中央)、副町長の木村仁氏(左)、ニューホライズンコレクティブの神健一氏(右)
松崎町町長の深澤準弥氏(中央)、副町長の木村仁氏(左)、ニューホライズンコレクティブの神健一氏(右)

人口の分母が少なく財政にも乏しい自治体の現状と、DX推進の高いハードル

――まず、今回の提携に関する背景や経緯をお話しいただけますか。

深澤氏:私どもの町は、伊豆半島のいわゆる“先のほう”にありまして、南部地域は賀茂地区(※下田市、東伊豆町、河津町、南伊豆町、松崎町、西伊豆町の1市5町)と呼ばれています。やはり下田市は有名で、歴史的にも市の名前としても知られていますが、松崎町は知名度が高くないというのが正直なところです。

 そしてご多分に漏れず、人口減少や少子高齢化による過疎化が進んでいます。以前、消滅可能性都市(※2014年に日本創成会議が発表した、2010~40年にかけて、20~39歳の女性人口が5割以下に減る市区町村)にも挙げられ、そのなかでも消滅の可能性が高いと指摘された町です。実際、町民人口における65歳以上の方が50%を超えるのも、もうじきという見込みです。

 国でもデジタル推進を打ち出していますが、デジタルやIT分野に精通した専門家は町にいないですし、専門家の方を招くとしても、容易に呼べる環境ではありません。昨今では、急速なデジタル化の推進や進行によって、日本国内におけるソフトやハード、人材も含めて需要が供給をはるかに上回る状況です。デジタル推進に関するコストがどんどん高くなっている状態なので、小さな自治体が自力で用意するには、ハードルが高すぎる状況になってしまいました。

 さまざまなことを検討していましたが、そんなときに神さんが松崎町に移住されたんです。そして神さんと話しをしていくなかで、前職のつながりを持っていてNHとISIDの協定の話しが持ち上がりました。こちらから見たら、渡りに船ぐらいに思って締結まで進んだというのが、背景と経緯になります。

2022年9月に静岡県松崎町で行われた包括連携協定記者発表会より
2022年9月に静岡県松崎町で行われた包括連携協定記者発表会より

――デジタル人材の育成や確保は、やはり都心部のようにいかないというのが実情でしょうか。

深澤氏:一言で育成といっても、分母にあたる人口が少ないですから。いろんな方に育っていただきたいという一方で、デジタル人材に特化した対策というのも取れませんし、その環境を整えること自体も難しいです。またデジタル人材を求めたとしても、小規模な自治体で財政的にも厳しいと、直接的に採用は難しいですし、誰かに来ていただいても、扱い方がわからなくて持て余してしまう心配もあります。それであれば、専門家が集まっている外部の企業なり団体を活用させていただくのがいいだろうと。その選択をしたというところです。

――神さんに伺いますが、在住者として感じるデジタル推進の課題はなんでしょうか。

神氏:まず松崎町に来て率直に感じたのは、25年ぐらい前の東京のような世界観がここにあると思ったんです。1990年代末ごろというのは、インターネットが本格的に普及し始めるような過渡期にあったかと思いますし、その環境に似ていると。

 自治体におけるデジタル推進に向けての課題というのは、町全体に関わることだと思っています。もっと便利になることが、本当にたくさんあるので、課題というよりはもったいないと感じたんです。そして自分が住んでいく上でお手伝いできるとしたらその部分だろうと思っていて、お話しをさせていただきました。

 例えば、町の施設がオンライン上で予約や空きの確認できないこととか。今であれば携帯ひとつでできるでしょうと。こういう細かいものが積みあがっている状態です。逆に言えば、それを丁寧にクリアしていくことで、町全体としてもっと便利になって、時間も効率的に使える可能性があります。

深澤氏:町として最先端ではなく、遅れているところがあるのは事実ですし、承知しているところです。新型コロナの流行がきっかけでテレワークが急激に浸透してますし、政府が地方創生として打ち出しているデジタル田園国家構想(※「心ゆたかな暮らし」(Well-Being)と「持続可能な環境・社会・経済」(Sustainability)を実現していく構想)もあります。地方の田舎と呼ばれるような場所でも、便利であることは同じように享受できるべきという考えは理解しています。

 でも現実問題としてハードルが高い。デジタル機器に触れる機会がなかった地域性、そして高齢化が進んでいて抵抗感もあります。確かに10年、20年経過すれば、デジタル機器に慣れた世代が高齢者になるので、自然と良くなっていく部分もありますが、それをただ待つわけにはいきません。財政も規模も小さい自治体にとっては負荷が高く、懸念されているところです。

風待ち港として発展した、松崎町の“外”を活用する考え方

――ちなみに深澤さんが町長に就任した際、感じた課題や町の発展に関してはどのように考えていたのでしょうか。

深澤氏:もともと役場の職員をしていまして、そこから選挙に出馬して2021年12月に就任しました。そのときから外部人材の活用は考えていました。人口の分母は少なく、力も財政にも乏しい。さらに知恵もあるかと言われると厳しい。そんな自治体ですから、外部の方を活用させていただきながら、一緒に発展させていきたいという考えは持っていました。

 その根底にあるのは、松崎町の歴史として、下田市と同じように商業港で発展した歴史があります。かつて海運が盛んだった時代に、上方と江戸の間にあったこともあって、風待ち港として栄えていたんです。文化交流としていろんな人や物が交じり合いながら、経済が発展していきました。それが第1ステップと呼べるものです。私たちが生まれ育った昭和や平成世代においては観光をメインにしています。これも外から人が来ていただいて発展することですし、第2ステップにあたります。

 今回は第3ステップかなと。デジタル時代における令和の風待ち港を理想として掲げて、風が吹き続けるように外から人が来ること、そしてたくさんの人との交流を通じて、町としての発展を図っていけたらという思いがあります。実際、副町長の木村は、静岡市から無理やり引っ張ってきた、というぐらいに来ていただいて課題解決に取り組んでいますし、神さんが外から来たことによって、こうした取り組みまで進められるようになったので。

 人と人が交流することによって、その先にある組織なり、グループや仲間、私の立場で言えば自治体同士でつながってくることによる効果はあります。うまくつなぎ合わせられれば、松崎町にとってプラスになっていくと。その積み重ねを大切にしていきたいと考えています。

 私自身、周囲に対して町に対する想いを発することはあります。でも何かを実行するにはテクニックも必要ですが、ひとりでは絶対にできません。いろいろな方を頼っていかなければいけない。昨今では急激に社会が変わっていて、ここでしっかりしないと相当遅れてしまうのだろうという危機感はあります。

 住んでいる方ひとりひとりが、地域の一員としてちゃんと機能していかなければ、消滅に向かってしまうという危機感は持っていますが、かといって下向いたことばかりを喋っているのは、これから育っていく人たちに対して失礼ですから。もっと夢とかチャレンジする機会をいかに提供できるか、その意識になってもらえるか、それを残していく責任はあると感じています。

――木村さんは外から来たということですが、松崎町に対する印象はありますか。

木村氏:伊豆半島のなかでも、ほかとは違う独特の街並みや空気感があるというのは実感してます。比較的農地も多く、景観も豊かですね。その一方で、風待ち港として交流を大事にしてきた歴史はありますが、それが現代にいかされてない、うまく機能してないということも感じています。外に対して情報発信ができていなくて、それがデジタル化の遅れ、情報が入ってこない状況にもつながっているかなと。

 役場のことでいうのであれば、デジタル化そのものもそうですが、仕事のやり方が20年ぐらい遅れていると実感してます。と同時に、DXの時代だからと期待されているところも含めて、20年ぐらいの遅れを一気に取り戻さなければいけない状況という、ギャップが大きいということも課題ですね。

――NHとISIDとの連携が発表されてから、打ち合わせや話し合いも行われていると思いますが、そのなかで感じることはありますか。

深澤氏:やはり情報とつながりをたくさん持っていらっしゃると感じます。特に、自治体との事例と実績をたくさんお持ちであることは、必ずしも同じ取り組みをするわけではありませんけど、自治体としてできることできないことの判断がしやすく、話しが進めやすいです。松崎町特有の環境についても、いいところや課題となっているところ含めてご理解もいただいています。

 やはり、神さんが移住していただいていることは大きいです。木村もそうなんですけど、外から見た視点があって、指摘された20年、25年遅れているという感覚を持っているということは、課題となっているところがわかりやすく、解決に向けて取り組む上でありがたいことです。

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