スイス拠点のビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)が発表する「Smart City Index(スマートシティ・インデックス)2021」では、ノルウェーのオスロ(3位)、フィンランドのヘルシンキ(6位)、デンマークのコペンハーゲン(7位)と、北欧の3都市がトップ10にランクイン。NECが支援する「The Digital Cities Index (デジタルシティ・インデックス) 2022」では、コペンハーゲンが1位となった。
国連の経済社会局(UNDESA)が発表する「世界電子政府ランキング」でも、デンマークが3回連続でトップを独走中。この結果を見る限り、北欧のデジタル化は大成功といえる。
「進化する北欧イノベーションの今」を届ける本連載。今回は、デジタル政府やスマートシティの優等生、北欧と日本の違いに着目したい。
インタビューしたのは、2022年12月に『北欧のスマートシティ: テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』を出版し、北欧研究所主宰、及びデンマーク ロスキレ大学准教授を務める安岡美佳さん。北欧諸国が重要視するデジタル化の哲学やプロセス、マインドとは――。
世界をリードする北欧と対象的に、日本のデジタル化の評価は決して良いとはいえない。スマートシティ・インデックス 2021では、東京が84位、大阪が86位。デジタルシティ・インデックス 2022では、コペンハーゲンの数値が80.3に対し、東京は60.1にとどまる。世界電子政府ランキング 2022は14位だ。
日本経済新聞の調査によれば、今から10年前に実施した地域実証実験や調査のうち、7割弱で成果が残らなかったという。理由はいくつかあるが、「利用者が増えない」「ニーズとマッチしていない」という内容が目立っていた。では、なぜ使われないものが生まれてしまうのか。安岡さんは「体験設計のプロセスが軽んじられているのではないか」と指摘する。
北欧のデジタル化では、『参加型デザイン』と呼ばれるメソッドが古くから取り入れられている。これは、そのシステムやサービスを使う当事者をはじめとしたステークホルダーが設計の初期段階からデザイン活動に参加するもの。ここでいうデザインとは、ビジュアルだけではなくUX(ユーザーの体験)も含まれる。
「参加型デザインは、日本で一般的なマーケットリサーチよりも深く当事者を知ることができる。当事者が活動する様子を時間をかけて観察したり、当事者と何度も議論を重ねてニーズを深堀りしたり。立場の異なる人を集めて議論することで、肯定や反対意見だけじゃなく、その視点をどちらも取り入れたまったく別の意見も出てくる。議論を重ねるなかで肯定派の意見が変わってくることもある。なぜ、このようなプロセスを踏むかと言うと、立場の異なる人の深いニーズを理解するのは、おそらく不可能だから。他者が想像して出した答えは、大体当てはまらない。多様性が増した現代社会では、なおさら難しい」(安岡さん)
日本企業や自治体の取り組みを多く取材してきた筆者にとっては、腑に落ちる回答だった。企業や自治体は、新たなシステムや仕組みを作る前にアンケートを取ったり、当事者インタビューをしたりするが、もっと深く寄り添わなければ、真の課題は見えてこないのだろう。
北欧が大切にする「参加型デザイン」のプロセスには、それなりの時間を要する。例えば、デンマークでは2001年にデジタル戦略が打ち出され、約20年間かけて紙ベースの作業がデジタル化された。今日では、さまざまなデータが自動で蓄積される仕組みも完成している。
「デンマークの電子政府においては、最適解を見つけるまでに少なくとも5年や10年の歳月を費やしている。それを踏まえると、1〜2年の短期間でDXを進めようというのは無茶な話だろうと感じる」(安岡さん)
なぜ、北欧諸国はデザイン設計にこれほどの労力をかけるのか。それは、根底に「人間中心主義」の哲学があるからだと思う。電子政府においても「市民のためのICT、IoTの活用」が掲げられ、すべての仕組みに当事者の視点が反映されている。当事者が使いやすくなければ、最先端技術を搭載したところで価値にならないのだ。
そのうえで、しっかりと枠組みを作って国全体の底上げに注力する。この点もまた、日本と北欧の違いだと安岡さんはいう。
「日本では、柏の葉など独自戦略でスマートシティを進める自治体がいくつもあり、注目している。一方で、北欧は一部の地域だけが先進的な取り組みをしている例は少ない。正直おもしろみには欠けるが、枠組みを生かして国全体のデジタル化がアップデートされている印象がある」(安岡さん)
続いて安岡さんが触れたのは、北欧のリーダーシップについて。これからのリーダーは「先頭に立ってメンバーを引っ張る」のではなく、「メンバーの力を引き出すためにサポートに徹する」スタイルが中心になっていると安岡さん。
ひとつ、わかりやすい事例として、フィンランドで首相を務めるサンナ・マリン氏の主張をあげたい。フィンランド発のスタートアップイベント「Slush 2022」にゲスト出演したマリン氏は、以下のように主張した。
「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻では、欧州全体がエネルギー問題で大きな打撃を受けている。ロシアのエネルギーに依存しすぎたことは、私たちの明らかな過ちだった。一朝一夕には変えられないが、私たちはこの依存関係をきっぱりと断ち切るべきだ」(サンナ・マリン氏)
このセッションで、マリン氏は何度も「失敗」という言葉を繰り返した。その態度はとても堂々としていて、見ているこちらも清々しい気持ちになったほどだ。日本では失敗を隠したいという心理が働くためか、自らの失敗を堂々と主張することは少ない気がする。隠蔽(いんぺい)体質などと言われるのも、それゆえではないだろうか。
「この背景には、おそらく『行政と市民は一つのチームである』というマインドがあるのではないか。だから『私とあなた』ではなく『私たち』と呼びかける。『外の敵と戦うために、みなで団結しよう』というメッセージを込めているのだろう。デンマークで首相を務めるメッテ・フレデリクセン氏もいろいろな場面で、『一緒により良い社会を作っていこう』と話している印象がある」(安岡さん)
現在、北欧ではほとんどの行政手続きがオンラインで完結し、現金を持ち歩く必要がないほどキャッシュレスが浸透している。交通量や大気の質といった街中のデータを取得し、街づくりに活かす取り組みも始まっている。
さらには、北欧内で医療データを連携する実証実験なども行われているという。これが実現すれば、例えばデンマーク人がノルウェーを旅行中にケガをしたとき、その人の医療データにノルウェーからでもアクセスできる。より安心で便利な社会になるわけだ。
日本のデジタル化は国全体で見ると北欧には及ばないものの、2月6日からオンラインで転出届、来庁予定ができるようになるなど、徐々に進展が見られている。安岡さんに「日本のデジタル化に期待すること」をたずねてみた。
「日本は技術力が高く、緻密に物事を進める力に長けている。独自のアイディアでデジタル化に取り組む企業や自治体も増えている。その中には、私がエグゼクティブスーパーバイザーを務めるスマートシティインスティテュートなどのように、技術ありきではなくウェルビーイングにフォーカスする考え方もあり、そこに期待を感じている。個人的には『人の幸せ』を軸にしたKPIが立てられるようになればと思う。マイナンバーカードの発行枚数などではなく、『マイナンバーを持った人が、どれだけ幸せになっているか』を指標にしてほしい」(安岡さん)
この答えには、思わず深くうなずいてしまった。フリーランスである筆者は、すべての取引先にマイナンバーの提出を求められ、中にはコピーの写しを郵送するよう促す企業もあった。生活を便利にするはずのマイナンバーによって作業が増え、便利になった実感はまだない。より深く「人間の幸せ」を追求していく姿勢を、政府にも企業にも求めたい。
小林香織
フリーライター/北欧イノベーション研究家
「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】などの記事を執筆。2020年に拠点を北欧に移し、デンマークに6ヵ月、フィンランド・ヘルシンキに約1年長期滞在。現地スタートアップやカンファレンスを多数取材する。2022年3月より東京拠点に戻しつつ、北欧イノベーションの研究を継続する。
公式HP:https://love-trip-kaori.com
Facebook :@everlasting.k.k
Twitter:@k_programming
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
「程よく明るい」照明がオフィスにもたらす
業務生産性の向上への意外な効果