2022年の半導体市場を振り返ると、3つのキーワードが浮かび上がってくる。1つ目は「地政学的な再編」、2つ目が「市場のスローダウン」、そして最後に「将来への投資」が来る。
地政学的な再編とは、台湾、韓国、中国という東アジアに最先端のプロセスノードを製造する工場が集中していることに欧米の政府が気付き、それを欧米に戻す動きを加速したことだ。市場のスローダウンは、各社の第2四半期(4月〜6月期)〜第3四半期(7月〜9月期)にPCやスマートフォン向けのSoC、そしてその周辺部分などの製品を中心に、出荷数が前年同期に比べてマイナスになっていること。
需要が弱くなっているのにもかかわらず、半導体メーカーは2024年に向けて工場建設を加速するなど強気の投資を行なっていることが「将来への投資」となる。その背景には現状は短期的に厳しい経済状況にあっても、今後半導体の需要はより増えていくことはあれ、減ることは考えられないと半導体メーカー各社は考えているからだ。
つまり、現状起きていることは、その予想される数年後のより大きな需要というパイを、できるだけ自分のために大きく切り取っておきたい、そういう投資合戦ということだ。
5月にIntelがテキサス州ダラス市の巨大空港「ダラス・フォートワース空港」近くで開催したプライベートカンファレンス「Intel Vision」で、Interl CEOのパット・ゲルシンガー氏は「今半導体産業は戦略転換点に来ている」と述べ、半導体産業全体として戦略を転換し、新しい時代に入っていくべきだと述べた。
戦略転換点(Strategic Inflection Point)は、同社創業者の一人であるアンディ・グローブ氏の著書のタイトルともなっている言葉で、市場の環境が変わっていることをいち早くつかみ、それに合わせて国家や企業の戦略も変えていくべきだという意味になる。ゲルシンガー氏が戦略転換点という言葉を使って半導体産業が変わるべきだと訴えた背景には、欧米の政府が半導体産業の国家戦略的な重み付けを変えて、半導体が「戦略的製品」と位置づけ直したことがある。
欧米の各国政府がそうした国家戦略を変更した背景には、コロナ禍と同時に発生した半導体逼迫という事態がある。半導体が足りなくなれば、欧米政府にとって(そして日本政府にとっても)重要な産業である自動車産業が操業停止になるという事態を目の当たりにして、その半導体生産の大部分が台湾、韓国、そして中国という東アジアに集中しているという事実に気付かされたからだ(米国政府によれば75%が東アジアに集中しており、米国は10%)。台湾が中国との、韓国が北朝鮮との火種を抱えていることは秘密でもなんでもないし、中国は今「デカップリング」と呼ばれる日米欧の経済から切り離しがされるかどうかという瀬戸際にある状況だ。
そうした地政学的な制約の中で、東アジアに大震災が発生したり、戦争が起きたりなどのことを考えれば、「何かがあったら自分たちの経済活動や安全保障にも甚大な被害が及びかねない」と欧米政府が考えるのも無理はないだろう。
このため欧米政府は、そうした半導体製造の施設を、自国に呼び戻す政策を実行している。米国では「CHIPS法」(Chips Act)と呼ばれる法案が国会を通過し、今後5年間で500億ドル(約7兆円)という国費を投じて米国に半導体製造工場を建設する取り組みが行なわれる。IntelやMicron Technologyなど米国の半導体メーカーが巨費を投じて建設する工場の補助金として使われることになる。
また、TSMCやSamsung Electronicsなどの台湾や韓国のファウンダリー(受託半導体製造メーカー)も米国に工場を建設することを加速しており、12月6日には米国アリゾナ州で行なわれた工場の開所式には、TSMCの創始者であるモーリス・チャン氏の他にも、AMDのリサ・スーCEO、Appleのティム・クックCEO、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOなど多数のゲストが参加して盛大に行なわれている。
だが、そうした半導体メーカーの華々しい発表の裏側では、「市場のスローダウン」という難題が発生している。Intelが発表した2022年第3四半期(7月〜9月期)の四半期決算では、売上が前年比20%ダウン、粗利益率(Gross Margin)が42.6%と前年比13.4%ダウンという衝撃的な決算だった。特に粗利益が50%を切ったことは、これまで60%台があたり前だったIntelの決算としては異例な数値で、大きな驚きの声が上がることになった。
そうした決算はIntelだけでなく、データセンター市場でIntelの強力な競合と考えられているNVIDIAも同様で、やはり2022年度第3四半期決算では売上は対前年比17%ダウン、粗利益率は53.6%と対前年比11.6%とこちらも大きく下落している。
IntelやNVIDIAといった半導体産業を代表する企業がこうした決算になった背景には、いずれの企業も昨年同期はコロナ禍による強い需要という「追い風」が吹いていたためであり、いわゆるアフターコロナという状況に突入しつつある現状では、企業のIT投資も、巣ごもり需要も一巡したため、こうした決算になったと考えることができる。
だが、いずれの半導体メーカーも強気な姿勢であることは共通だ。Intelにせよ、NVIDIAにせよ、こうした市場のスローダウンはあくまで一時的な現象だと考えており、今後への積極的な研究開発への投資をやめようとはしていない。例えば、Intelは売上も素利益率も前年同期比から減っているのに、研究開発にかける費用はむしろ増やしており、今期の60億ドルの研究開発費は前年同期比10%アップとなっている。
短期的に需要が弱くなることは織り込み済みで、「将来への投資」を行なうというのは半導体メーカーだけでなく、日本に多数ある半導体素材メーカーも同様だ。昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が合併して2023年1月に正式に発足するレゾナックが11月に東京で記者会見を開催した。
昭和電工 取締役 常務執行役員 最高戦略責任者 真岡朋光氏は「現状はコロナ禍による巣ごもり需要の揺り戻しや、積み上がった在庫の消費などが発生している。確かにそうした側面はあるが、半導体産業全体として長期的に見ればベースラインは底堅いと考えている」と述べ、短期的には需要の揺り戻しなどが起きている側面はあるが、長期的な半導体需要は底堅いと説明している。
そうした方向性は半導体製造メーカーも同様だ。Intelはすでに2021年に発表し着工を行なっていたアリゾナ州の工場(Fab 52/62)に加えて、2022年には米国オハイオ州、そして欧州のドイツに追加の半導体工場を建設していくことを発表している。これらの工場は、Intelが自社製品だけのために建設するのではなく、Intelの競合他社を含む他社製品の受託生産にも利用される。
アリゾナ州に建設していた工場の落成を祝ったばかりのTSMCも、2026年から生産を開始する計画の、新しい工場棟建設をその落成式の中で明らかにしている。TSMCの発表によればその新しい工場棟では3nmのプロセスノードで生産を行い、米国の半導体メーカーの需要に応える見通しだという。今回落成した2024年から稼働する見通しの工場(4nmのプロセスノードで生産される)と合わせて400億ドルの投資をアリゾナ州に対して行なうとTSMCは明らかにしている。
このように、半導体産業全体としては足元の需要はやや弱含みになっているのに強気の投資を行なっている背景には、長期的には半導体の需要は強くなることはあれ、弱くなることはないと考えられているからだ。半導体は既に自動車、白物家電など、PCやスマートフォンといった伝統的なIT機器以外にも無数に使われており、今後はそれもさらに増えていくと考えられている。その意味で、今後10年で右肩あがりに需要は増えていくと半導体産業の誰もが信じており、そこに疑い持つ者は誰もいない状況だからだ。
そのように誰もがパイが大きくなることを信じて疑わない現状の中で、今半導体産業で起きていることは、誰が生き残るかという戦いではなく、誰が最も大きなパイを獲得するかという戦いなのだ。これが半導体産業で2022年に起きていたことだと言ってよい。それが形(数字)となって現われるのは、2020年代の後半ということになるだろう。
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