量子コンピューティングの進歩は間もなく行き詰まり、大企業は開発計画を凍結し、投資家は新興企業への投資をしぶる「量子の冬」がやって来るという説がある。
「冬は近づいている」と言うのは、ドイツのミュンヘン数理哲学センター(MCMP)の物理学者で、複数の著書を持つSabine Hassenfelder氏だ。同氏は11月に公開された動画の中で、「過大な期待が生み出したバブルはいずれはじける。遅いか早いかの違いだけだ」と述べた。
この言葉が正しいことを示す兆候もある。2022年に量子コンピューティングの市場は大きく混乱し、有望な技術を持つとされる上場企業3社の株価が急落した。新興各社は生き残るために統合の道を選んだ。Global Quantum Intelligenceのアナリストによれば、これまでに8件の合併が行われ、企業統合の流れは確実に存在するという。
しかし、12月に開催された量子コンピューティングのビジネス応用に関する国際会議「Q2B22」では、悲観論の気配はほとんど感じられなかった。業界企業からは、量子コンピューターが実用化に向けて着実に進展しつつあることが報告され、博士号を持つ大企業の研究者からは研究成果が披露された。ある研究は、研究と投資の凍結に対する懸念は解消されつつあることを示していた。
量子コンピューター向けのソフトウェア/サービスを開発するQC Wareが開催する同会議の場で、Global Quantum Intelligenceのコンテンツ最高責任者(CCO)Doug Finke氏は「量子の冬が来るとは思わない。しかし、凍傷を負う者は出るだろう」と語った。
量子コンピューターは、量子力学の現象を利用して、スマートフォンやノートPC、スーパーコンピューターといった古典コンピューターでは到底できないような計算を行う。しかし、強力な量子コンピューターが量産され、広く利用されるようになるのはまだ何年も先の話だ。
しかし、古典コンピューターの性能が頭打ちになりつつある今、量子コンピューティングの進歩は期待感を持って受け止められている。量子コンピューターは一般的な計算業務には向いていないが、電池の高寿命化、財務計算の高速化、航空機の効率化、創薬、人工知能(AI)の加速など、私たちの生活を変える大きな可能性を秘めている。
量子コンピューターの開発に取り組む企業や研究者は、「量子の冬」がもたらすリスクをはっきりと理解している。今では爆発的に普及しているAIも、かつては何十年も傍流にあった。Q2Bで行ったインタビューでも、初期のAIの轍を踏まないために、過剰な期待をあおらないよう注意していると答えた人が何人もいた。
「誰もが『AIの冬』について話している」と言うのは、量子コンピューターメーカーQuEra Computingの最高経営責任者(CEO)Alex Keesling氏だ。「人々はAIの経験から得た教訓をもとに、発信するメッセージに注意を払っている。過度な期待がもたらした『AIの冬』を繰り返さないためだ」
Q2B22では、量子コンピューターの実用化に向けたアイデアが次々と披露された。現在の量子コンピューターでは、こうしたアイデアのごく簡単なテストしか実行できない。しかしJP Morgan Chase、Ford Motor、Airbus、BMW、Novo Nordisk財団、現代自動車(ヒョンデ)、BPといった大企業は、量子コンピューティングの研究開発チームや概念実証プロジェクトに投資することで、将来の発展に向けた土台を築こうとしている。
新興企業と、量子コンピューティングの可能性に賭ける大企業(IBM、Google、Amazon、Microsoft、Intelなど)は、ハードウェアとソフトウェアの両面で量子コンピューターの研究開発に取り組んでおり、米国、フランス、ドイツ、中国、オーストラリアといった国々では、政府の資金がこうした研究開発を下支えしている。
古典コンピューターは1か0のいずれかを表すビットで演算を行うが、量子コンピューターの基本的なデータ処理要素である「量子ビット」は、これとはまったく異なるものだ。量子ビットは「重ね合わせ」という概念によって、0と1だけでなく、2つの状態の線形結合を実現できる。また、「もつれ」と呼ばれる現象によって量子ビットは相互に関連付けられ、古典ビットが一度に記憶できる量よりもはるかに多くの計算状態を保持できる。
今日の量子コンピューターの問題は、量子ビットの数が限られていること(IBMの最新の量子コンピューター「Osprey」で433個)と、その壊れやすさにある。量子ビットはノイズの影響を受けやすいため、計算を失敗しやすく、処理できる演算の数が限られる。最も安定した量子コンピューターでも、1回の演算で誤った結果が出る確率は1000分の1以上だ。このエラー率は、古典コンピューターと比べると、とてつもなく高い。量子コンピューティングでは、通常は統計的に有用な結果を得るために何度も計算が繰り返される。
現在使われているマシンは「NISQ」と呼ばれる、ノイズの多い中規模の量子コンピューターだ。この種のマシンが、テストやプロトタイピング以上の処理に必要な性能を有しているかはまだ分からない。
しかし、量子コンピューターメーカーはこぞって、量子ビットの安定性を高め、誤りを訂正できる長寿命の「論理的な」量子ビットからなる「フォールトトレラント(耐障害性)」の時代に向かおうとしている。これは量子コンピューターが真価を発揮する時代だが、その実現にはおそらく5年以上はかかるだろう。
量子コンピューターが成熟するためには、多くの課題を乗り越えなければならない。そのひとつが誇大宣伝だ。
Googleは2019年に「量子超越性」を実証したと発表し、注目を集めた。これは実用性のない学術的な問題の計算において、量子コンピューターが古典コンピューターを上回ったというものだ。カリフォルニア工科大学の理論物理学者で、量子コンピューティングを長年提唱してきたJohn Preskill氏は、誇大宣伝の問題に繰り返し警告を発してきた。現在は、多くの企業がより実用性の高い「量子優位性」に注目し、より現実的な計算問題において、量子コンピューターが古典コンピューターよりも優れていることを証明しようとしている。
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